7-4(154) キュンキュン
「やっぱええわ。」
「ええ?」
見ていないことになってるのに、内緒だと言われればついつい人に話したくなっちゃうのが人の性。でもさっきのいまで話しちゃうのっていくらなんでも早過ぎない? いや、そういうことじゃなくって。問題は人選だ。話す相手は伊左美でいいのか? 当初は話す相手は伊左美をおいてほかにいないと思っていた。なにしろ彼はにゃあにゃあ語にも猫耳にも一家言持ってる奇特なお方だし、彼に知らせれば喜ぶと思ったんだ。だけど、喜び勇んだ伊左美が隣の家に突撃しないともかぎらないしね。
「そこまで話しててそりゃないんじゃねえの?」
伊左美が抗議してくる。ふん、なに言ってんだか。
「え? まだなにも話してないじゃん。大丈夫、大丈夫。たいした話じゃないから。」
「じゃ、言えし。」
「話せるときがきたらば、ね。」
こういうとき頼りになるのはやっぱ玲衣亜さんでしょ。
コンコン。
玲衣亜の部屋は無断立入禁止だからノック必須。
「なんよぉ?」
部屋の方から玲衣亜の声がしたところで、ドアを開ける。
「入るよぉ。」
って言いながらもう入ってるんですけどね。
まあ、部屋には部屋着に着替え終えた玲衣亜がいるわけで。
「ねえ、玲衣亜って口固い方だっけ?」
「うん、そこらの姉ちゃんたちよりはふつうに固いよ。どしたん?」
「これから話すこと、誰にも言わないって約束して。」
「う~ん、それは内容次第かな?」
「ええッ? 話が違うじゃん。」
「基本的に口止めされた話は誰にも言ったりしないんだけどね。ただ、う~ん、例えば、いまから靖がする話を知っていなきゃならない人が私のほかにいたとして、その人がその話を知らないでいるなら、伝えるかな。とか。」
「なるほど。じゃ、問題なさそうだからいいや。実はね、今日店に来てた男の子いるじゃん……。」
僕は玲衣亜に男の子を隣の部屋に送り届けたことと、そこで見たことを一部始終、玲衣亜に話した。
「は? そんな奴おらんでしょぉ。」
猫耳だのにゃあにゃあ語の使用だのが俄かに信じられないのか、玲衣亜から疑惑の眼差しを向けられる。だけど、玲衣亜はそう言いつつも箪笥のところへ歩いていき、なぜか引き出しから猫耳カチューシャを取り出してきた。
「ついにこのカチューシャを使うべきときがきたのね。」
ん? なに言ってるのかな?
「いつどこで使うんだよ。使いどころが判らないんだけど。ってかそれまだ持ってたのね?」
「そりゃ、まだ改良の余地があるし。」
「か、改良っすか。」
「で、これを使ってね、お隣にご挨拶に行こうかと思うの。」
「やめてッ。」
「なんで?」
「なんで? じゃないよね? 玲衣亜、僕を殺しにかかってるよね?」
「んなつもりはこれっぽっちもないのだけれど。」
「だって、バレるじゃん。」
「と、いいますと?」
「僕が玲衣亜に猫耳のこととか喋ったってお隣さんにバレちゃうでしょ?」
「靖って意外と心配性だよね?」
「なんだよ。」
「お隣さんは靖がお隣さんだってこと知らないんでしょ? だったら、お隣さんである私が猫耳してたからって、まさか靖から情報を得たなんて思わないでしょ。」
「それも否定できないけども、とりあえず今日はもう日も落ちたし、ご挨拶するにしても明日以降にしてよ。」
「わかってるにゃ。」
「久々だけど、くっそムカつくわぁ。」
「にゃ? にゃ? いいじゃぁん。」
その無駄に得意気な顔も腹立つんですが。
話す相手を間違えた。二択だから片方正解とはかぎらない。両方不正解だってこともある。いや、喋らないって選択肢もあったことを考えると三択問題だったわけか。玲衣亜め、まさか同じ発想を有する仲間が増えたとでも思ってんじゃなかろうか。とにかく玲衣亜の暴走をと、止めなきゃッ。
「伊左美、さっきの話だけど、ついに話すべきときがきたようだ。」
「は? その言葉、文章おかしいからな。“さっき”の話を“ついに”って変だろ?」
伊左美め、ちょっとご機嫌斜めだな。ま、僕が原因なんでしょうけども。
「そうやってすぐ揚げ足ばっか取るんだから。状況は刻一刻と変化していってるのッ。」
「そしたら、話して。」
僕は伊左美に男の子を送り届けたところから玲衣亜が猫耳カチューシャを着けてお隣さんに挨拶しに行こうとしているところまでを伊左美に説明した。
「ふッ、さすがは玲衣亜といったところか。」
「感心してる場合じゃないんですが。」
「ま、軽率だよな。」
「そうなんだよ。」
「にゃあにゃあ語を使うってのがよく判らないが、相手は仮にも猫耳なわけだろ? であれば、相手が獣人である可能性も視野に入れるべきだな。」
「獣人って、あっちの世界の奴?」
「そう。連邦が転移の術のカードを見つけて、こっちにやってきた、とかな。」
「それはありそうね。」
「だから、なにも考えずに動き出すのはちょっとね。よく考えたうえで“猫耳ご挨拶”をぶちかますんだったらいいんだけどさ。」
「そうそう、そういうことだよね。そこんところをちょっと伊左美から玲衣亜にビシッと言ってやってよ。」
「おう、任せとけッ。」
意外にも伊左美の方が冷静に物事を判断できてる感じ。ああ、最初っから伊左美にだけ話しておけばよかったのか。
伊左美さん、早速玲衣亜のいるリビングへ突入する。
おおっと、玲衣亜、なぜか猫耳カチューシャを装着しているじゃないか。なんなの? 予行演習のつもり?
「玲衣亜。」
伊左美が玲衣亜に声をかける。そうだ、伊左美。ビシッと言ってやれッ。
「なにかにゃ?」
キュン……❤
ドカッ。
「あーッ、面倒臭え!」
気づけば僕は伊左美を蹴飛ばしていた。だって、聞こえちゃったんだもの。伊左美の胸のときめく音が。キュン……じゃねえんだよッ。てめえ、なにも変わってねえじゃねえかッ。
ゴロゴロゴロ……。
ああ、遠くで雷鳴が。これは嵐の予感だわ。




