7-2(152) 手押し相撲
ストーリーは着実に進んでいっております
男の子を押しつけられたことを話すと、気の利くチーフが僕に先に上がる許可をくれた。いえいえ、そういう意味で話したんじゃないんです。男の子と同じ方面へ帰る人に男の子を押しつけたかったんです……と念じてみても、チーフには伝わらない。いえね、直接そんなこと言うと、僕が厭な奴だと思われそうだから、言外に伝えてみようとは試みたんだけどね、難しいね。
エプロンを畳んだりなんだりしてると、背後から男の子の楽し気な喚き声が響く。見れば、男の子はウチの店員二人と一緒に遊んでいるじゃないかッ。ほあッ。ここで一つの問題が浮き彫りになる。店員が終業時刻間際だからと遊んでいるのはこの際不問にして、あの二人の年齢はともに二六歳。さっきまでは僕より四つ下だったのに、いまは二つ上になっている。これまで僕は彼らのことを呼び捨てにしてたんだけど、いま呼び捨てにしたらどうなるんだ? 怒られる? それとも“さん”付けした方が??ってなる?
「ヘイ、カール、ポール。なにしてんの?」
慣れた言い易さからとりあえず呼び捨てにしてみる。
「ええ? なに? ちょっと仕事できるようになったからって、もう調子に乗ってるんですか?」
「まあまあ、こいつはそういう奴だから。嫌いじゃないけど。でもときどき、はあ?ってなるよな。」
なるほど。設定が変更されたことでこういうところには影響が出るのね。でも呼び捨てにも怒らないし、カールとポールとの関係は以前と変わらず良好らしい。
「あ、すいません。言い間違えました。そうそう、カールさん、ポールさんでしたわ。」
「あら? 近づいたけど、惜しい。あと一文字ッ。」
え? 惜しい? あと一文字? どゆこと? 様? 様とか?
「ああ、そうでした。何度もすいませんね。カールちゃんにポールちゃん。」
「なんで“ん”を残して“さ”を変えようとするんですかね?」
「これだよ。基本なめてるからな。絶対オレのこと先輩とか思ってねえよ。」
二人と話してもからかわれるだけで埒が明かないので男の子に尋ねる。
「なにして遊んでもらってたの?」
「手押し相撲ぉ。」
「ああ、あれ楽しいもんねぇッ。お兄ちゃんともやる?」
「うんッ。」
よしよし、僕が本当の手押し相撲を教えてあげるよッ。
「じゃあ、財布出して。」
「お財布?」
「そう。」
手押し相撲を心から楽しむためには、お金が必要不可欠ッ。
「はい。」
財布の中を見ると五クー入っている。お小遣いとかかな?
「じゃあ、一クーもらいます。んで、僕がぁ、一〇クー出すよ?」
人から出してもらったお金を賭けて戦うんじゃない。身銭を切ることに意味がある。
ゴンッ。
そのとき、頭に電流走るッ。痛いッ。
「なに小っちゃい子からお金取ってるの?」
振り返れば玲衣亜さん。事情も聞かずに殴るなんて酷いッ。
「別に取ったわけじゃないし。この子とね、いまから手押し相撲するんだけど、これはタネ銭ね。勝った方がこの十一クーを取れるっていう。」
ゴンッ。
痛いッ。また殴った。くっそ、今日スリッパ買い行こッ。叩かれても痛くない柔らかスリッパを僕は所望するッ。
「もうッ。子供にそういうこと覚えさせないの。」
「いや……。」
「いや?」
「いや?、なんでもないよ。そしたら、この一クーはお財布ちゃんにしまって、と。」
玲衣亜に怒られちゃったから、大人しくお金は男の子に返しとこうね。
「このお兄ちゃん、お金がかかってないと遊べないみたいだから、お姉ちゃんと勝負しよっか?」
「うんッ。」
うう、お兄ちゃん、立場ないっすよ。
「靖、オレは判るよ。」
僕の肩を叩きながら理解を示すカール。
「そうだよ、なんでもお金かかってた方が楽しくなるんだから。」
ポール、そのとおりだよ。ホントは玲衣亜も判ってるんだ。
玲衣亜と男の子の勝負は何度かの打ち合いの末に玲衣亜が勝った。ホントに玲衣亜ったら大人気ないんだから。
「ええ? 勝負なんだから、相手が子供だろうがなんだろうが手ぇ抜くわけないじゃん。」
さすが玲衣亜さんだわ。男の子の方は負けたのが口惜しかったのか、まだ遊びたそう。
「じゃ、今度は僕が相手しちゃるッ。」
こうして僕と男の子の勝負の火蓋が切って落とされた。
「靖、気をつけて。」
たかが手押し相撲なのに、玲衣亜が僕のことを心配してくれてる。
「この子、なかなか手強いかもよ?」
手強い? 手押し相撲の駆け引き的なことが上手いとか、そういうことかな?
男の子と相対する。
小さい。こんな子に負けるはずがないんだよなぁ。負けてあげよっかなぁ。どうしよっかなぁ。
「レディ、ファイッ。」
カールが勝負開始を告げる。
バシィッ。
僕と男の子の手の平が打ち合わされる。インパクトの瞬間、信じられないほどの力が僕の手の平に加わり、身体のバランスが崩れてしまって……負けた。え?
カールとポールは大笑い。玲衣亜はだから言ったのにって顔してる。おお、もう泣きそうなんだけど。でも僕も大人だ。相手に賛辞を送ったら、黙って立ち去るんだ。
「オレらもなにげに負けたからな。」
横合いからカールとポールが慰めてくれる。うん、ありがとう。
「兄ちゃん、強いね。もう僕から教えることはなにもない。道中、気をつけてね。キミなら無事に家まで辿り着けるさ。」
僕と男の子は固い握手を交わす。
「じゃ、表まで送るよ。」
ゴンッ。痛いッ。三度目ッ。三度目ッ。
「ちょっと待ってよ? この子僕より強いんだよ? 付き添いなんていらないじゃん。むしろ僕の方が守られちゃうでしょぉッ?」
「そういう意味じゃなくて、元々その子が馬に蹴られたから送ってくんでしょ? 強いとか弱いとか関係ないからね。」
お、おお。そうだったわ。
男の子に手を差し出すと、素直に握り返してくる。
別に仲良しこよしで歩こうってんじゃない。この子がまた馬車に突っ込まないように捕えてるだけだ。なにしろ子供って奴はすぐに動き回るからね。でも、僕より腕っ節が強いかもしれないこの子を、僕はよく制御できるだろうか?




