5-21(147) ケルンの街
リヴィエ一家の一〇人をやっつけた翌日の新聞は、一面にその事件を掲げていた。どこから情報を得たのか、材木置き場の件からその後の三名の変死まで取り上げられ、マフィア同士の抗争を推測した記事もあった。さらにその翌日にはリヴィエ一家の歴史やケルンの街におけるリヴィエ一家の錬金術を紹介する記事まで特集が組まれた。一夜にしてリヴィエ一家も有名になったもんだ。なんだかよく判らないが、あいつらはみんな自分はリヴィエ一家の一員だという証明書でも携帯して出歩いているんだろうか。あんまり名誉な肩書でもなさそうなのに、当人は自身の人物に箔が付くとでも勘違いしているか、その肩書で以って素人を脅して商売しているのか。いっそのこと顔に“リヴィエ”とか“悪”とか書いておけばいいのに。
どうやら一〇人殺害の事件を受けて警察もようやく重い腰を上げて捜査を始めるらしい。街中での惨劇に街の人たちも不安を感じているから、早く事態を鎮静化させなければ警察の沽券に関わるからな。新聞の情報がすべてではないが、いまのところ警察がジークさんやお姉さんに辿り着く心配はなさそうだ。現時点で最も犯行を疑われているのはマロン一家というマフィアで、リヴィエ一家がケルン市を席巻するまで、ケルン市を縄張りにしていた奴ら。そういえば、一年ちょっと前に両者の抗争が激化し、市民も数名、抗争に巻き込まれて命を落としたという記事を読んだ気がする。当時は他人事だったが、いまは記事の内容と僕も少しばかし関わっている。いまもケルンの街にいるリヴィエ一家の中に、誘拐事件のことを聞き及んでいる者がいないことを願う。できればこの事件が火種になって、再びリヴィエとマロンのドンパチが始まれば申し分ないのだが。
ジークさんとも記事について話したいところだけど、いま彼を訪ねるのは軽率かもしれないからな。用心するに越したことはない。
それから一ヶ月間はマビ町で大人しくバタピー製造業務を手伝っていた。いつ訪れるとも知れない暗殺者を警戒しながらだったから、正直、気が休まる暇がなかった。とはいえ、家族のみんなも事情は知っていたから、独りで思い悩むことにならなかったのは救いだった。
ケルンの街中では警察が犯人を上げる前に、リヴィエとマロンの辻斬り合戦がスタートしていた。気が早いというかなんというか、ここまでくると適当に理由をでっち上げて暴れたいだけなんじゃないかと勘繰りたくなる。死体は確かにリヴィエとマロンの人間のものだが、誰がやったか判らないからという理由で、警察もなかなか両者の水面下の抗争に介入できないようで、精々警告するのが関の山。そうやって手をこまねいているとそのうち市民にまた死傷者が出るっていうのに、暴れるぞと仄めかしているだけの血気盛んな猿を檻の中に閉じ込めるのはどうやらNGらしい。誰かを死傷せしめてみせて初めて血気盛んな猿くんも功を為したと認められ、ようやく檻の中での安息を得ることができるという仕組み。馬鹿げてんなぁ。
もちろん僕はマビ町在住だから、余所の街の事情なんて対岸の火事を見物する如く暢気に見守ってりゃいいのかもしらんが、なにしろケルンの街にはミーちんとキャシー、それにマトスだっているんだ。知り合いの暮らす街でドンパチされたんじゃ、そりゃあ事の成り行きが気になるさ。ミーちんもキャシーもマビ町に戻ってきていないし、マトスも出たっきりだ。なのに親族であるカルロスやおじさん、おばさんが楽観的なんだから、僕がマトスを心配してるのが馬鹿々々しくなるよ。ま、マトスにしろミーちんやキャシーもマビ町に避難してこないってことは、結局のところ、ケルンの街に暮らす当人でさえ、まさか自分が巻き込まれるとは考えていやしないんだろう。ケルンの街は広いし人も何千人といるんだから、確率としては巻き込まれる可能性の方が低い。うん、マトスはきっと大丈夫さ。ミーちんもキャシーも。心配はいざ問題が発生してからすればいい。はは、これじゃ、どこかの警察様と変わらないな。
今回の抗争で僕たちへ辿り着くルートはほぼ遮断されたとみていいだろう。状況からして、リヴィエ一家はマロン一家を根絶やしにする良い言い訳ができたとでも思っているのだろうし。ま、どちらに軍配が上がるにせよ、悪者の総数が減るから良い傾向だ。んで、減ったぶんだけまた余所から悪者が流れ込んでくるんだろう。僕ぁすべてお見通しだ。見通せないのは自分の行く先だけさ。さて、どこへ行こうか。そろそろ計画を立てないと、いつまで経っても家を出ていけそうにない気がする。
久しぶりにミーちんにも会いたいな。ケルンの街の治安悪化が僕の杞憂だったとするなら、明日にでもケルンの街に行ってみようかな。
ケルンの街はふだんと変わらず、特に警官が警戒態勢を敷いたりしているわけではなかった。僕の想像では至る所に制服を着た警官が突っ立ってるはずだったんだが、期待外れだな。これではまた辻斬りが起きても、なんの対処もできないだろう。まだマフィア同士の抗争ってことで静観しているのであれば、それはそれで一つのやり方だとは思うが。
ミーちんとキャシーが住んでいるというアパートを訪れると、ドアから顔だけ出したミーちんがちょっと待っててと言う。なんでも部屋がトッ散らかってて足の踏み場にも困る有様だから、外で話そうというのだ。しばらくして出てきたミーちん。先日の挑発的な恰好とは変わって、今日はふつうの女の子というスタイルで、僕の知っているミーちんに近い感じ。
「最近はこの辺も物騒になってきてね……。」
歩きながら、ミーちんが忌々しそうに言った。
「リヴィエとマロンの奴かい?」
「そう。おかげで商売上がったりさ。いい迷惑だよ。」
「そう? なんかパッと見、街の様子もいつもと変わらないようだけど。」
「昼間はね。夜になると、みんな家の中に避難しちまって、鼠一匹出歩かなくなるから。」
「ああ、そういう。」
確かに白昼堂々辻斬りはないよな。
「頻繁にやり合ってるわけじゃないけど、夜は特にね、いつどこで撃ち合いが始まるか判ったもんじゃないから。ホント、この街も物騒になってきたよ。」
物騒なのは元からじゃん?
「日が落ちる前に帰った方がいい感じ?」
「あ、それはダニーの用件次第かな?」
笑顔で答えるミーちん。含みのある言い方をされるとドキドキしちゃう。
で、なんかマトスが働いている店にやってきた。
マトスとミーちんは同級生で、付き合いも古い。とはいえ、マトスの口振りからミーちんがこの店に来るのは初めてらしい。マトスは家出して街に出てきた口だし、ミーちんも商売柄、友達の店には来づらかったのかもとか思いつつ、ではなぜ今日はここに来たのか尋ねてみると、どうやら僕がマトスのことも心配していたからだって言うんだ。マトスの近況を知るにはマトスの店に来るのが一番だろうって。そんなッ? 僕のために、いままで寄り着かなかったマトスの店に足を運んでくれるなんてッ。この女、できる……じゃない。ちょっと嬉しい。いや、結構嬉しい。もう惚れそう。
「海坊主が捕まったって聞いたんだけど、知ってる?」
ミーちんがマトスに尋ねる。海坊主も二人と同い歳だからな。
「ああ、もうそろそろパクられて二ヶ月になるかな。どこのとは言わないけど、製鉄工場に忍び込んで鉄を盗もうとしたところで御用になったんだって。」
「そうなんだ。鉄みたいな重いモン盗もうとするから、お縄になっちまうんだ。もう少し軽くてお金になるモンを盗もうとか考えなかったのかしら?」
「その辺は判んないけど、ま、ふつうに考えりゃ泥棒稼業なんざ長続きしやしねえよ。監獄署から出てきたときに、真っ当な仕事に就いてくれりゃいいんだけどな。」
そう答えて席を離れるマトス。ほかの客もいるし、料理もしないといけないから僕たちに付きっきりってわけにもいかないんだ。マトスが席を離れたところで、ミーちんが僕に問う。今日はミーちんか、キャシーかと。なんて厭な聞き方だ。頼むからそんな聞き方しないでくれとお願いして、今日はミーちんに会いに来たんだと伝える。
「そしたら、日が暮れる前にウチに戻れば、帰らなくっても平気だねッ。」
もう色っぽいやら可愛らしいやらで僕のハートはてんやわんやになった。
しばらくすると客の姿もほとんどなくなり、今度は僕たちの席にどっかりと腰を下ろすマトス。壁掛け時計を見るともう午後二時だ。
「ねえ、カルロスは元気かい?」
煙草に火を点けるマトスにミーちんが尋ねる。
「ああ、元気だよ。いまは真面目に家の畑を手伝ってるってさ。あいつ、いまでもここにもときどき顔を出すんだよ。」
「兄弟仲良さそうでいいね。」
「キャシーは? 元気してる?」
「元気は元気だけど、そっちみたいに仲は良くないね。」
その言葉に一瞬ドキリとする。まさか、二人の不仲はあの晩の僕のせいじゃないだろうな。
「キャシーはミーシアと違って、大人しい子だったからな。アレだよ、いまの仕事が厭なんじゃない?」
「仕事は好き嫌いでするもんじゃないだろ?」
「つっても適正ってのがあるだろ? 女工とか給仕とか、洗濯屋とかさ、あの子にはもっと地味な仕事の方が向いてんじゃない?」
正直なところ、僕もマトスと同じ感覚だ。キャシーに娼婦は向かないと思った。
「でぇもぉ、最近ようやく客を取り始めてさ、なんだかんだ商売の方は卒なくこなしてるみたいだから、適正はあるんじゃない?」
「アホか、若いうちはなにもしなくたって男の方から寄ってくるってだけさ。それと適正とは別問題だから。」
「まあ、それはあるかもね。」
二人の会話に耳を傾けながら思う。あの晩、亡霊のような顔をして苦しんでいたキャシー。そんなキャシーが、いまは客を取っている。いろいろ考えを巡らせると、胸が苦しくなった。だあ、ダメだ、忘れよう。




