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5-20(146) やっつけた

繁忙期で更新遅くなりました

今回なんかちょっと長いです

 クマ子は思ったよりも索敵能力に優れていた。ケルンの街に着くと、ラクダ色の外套の男は人目を避けるように薄暗い路地に入り込んだってのに、クマ子は僕たちが追いつくのを待ちながらも、決して男を索敵網から逃さない。目で見なくても音で判る、とクマ子は言う。

「重傷を負っているだけあって、歩き方に特徴があるからねッ。」

 またずいぶんとえげつないことを朗らかに言うものだと思う。というか、特徴もなにも、遠くの微かな歩行音が聴こえるというだけで凄いのだが。

 クマ子のおかげで男が街の病院に入っていくところまで確認できた。

「ちッ、治療代より棺代の方が安上がりだろうに。」

 病院を見ながら、ジークさんが舌打ちする。

「なんか、ジークさんいつもと感じが違うね。」

 最近、変わる必要がないとか聞いたと思ったんだけど。

「仙道として動くときは仙人モードに入ってるからな。ちょっと気性が荒くなるんだよ。っていうか、それはま、冗談として、いまはな、巨大なマフィアに無謀にも立ち向かう一人の男を演じてるだけなのさ。」

 なんだ、演技か。よかった。

「じゃあ、いいんだけどさ。ちょくちょく怖いから、その無謀な男を演じて言うときはさ、言葉の最後に“これ演技”って言ってよ。」

「すっげえダサそうだけど、いいぜ。その方が楽しく仕事ができるかもしれない。これ演技。」

「って、いきなり演技ブッ込んでこなくていいんだけど? 」

「いや、なにしろいまは仕事中だからな。仕事中は気を抜かない。これプロ意識。」

「え、これって仕事として請け負ってる感じなの? これ素朴な疑問。」

「いや、特に仕事ってわけじゃないが、まあ、オレが演じてる男ん中では、仕事としてやってるって設定なわけ。……好きでやってるわけじゃないんだぜ、面倒だが、仕事だからやってんだぜ、やれやれだぜ、みたいな。これ妄想。」

「いや、ホントやれやれだよ。これ適当。」

「やれやれついでに言えば、オレの設定の中ではこの仕事が終わったらダニーとこと大団円を迎えることになっている。これ未来予知。」

「うん、みんな無事なら、それは高確率で実現すると思うよ。これマジ。」

「そんときはウイリアムやカトリーヌさん、ダニー、スティーブと抱き合って喜ぶわけ。そして、気持程度の報酬を寄越されるんだ。オレはいいって言ってんのに、それじゃ申し訳ないってウイリアムの奴がさ。で、そこまで言うならってオレが折れたら、食べ切れない量のバターピーナッツが後日ウチに届くっていう。これ笑うところ。」

「設定にもオチを付けるとこは好感が持てるよ。これホント。」

「でな、惜しいのはダニーとスティーブが男ってとこだ。どうせ助けるなら、かよわい女の子の方が様になるだろ? だからオレの設定ではダニーとスティーブは女の子になってる。これ叶わぬ希望。」

「男で悪かったけど、そこまで設定を練り込むとただの変態だから、気をつけて。これ建て前。んで、ジークさんみたいな変態はこの仕事が終わったらさっさと自首して。これ本音。」

「ッ……、っていう、い、いままでの話がすべて演技なわけ。これいつものジークおじさん。」

「ふふ、最初のおっかない一言から先は全部いつものジークさんって感じだったよ。ただ、ちょっと意外な一面も知れたけどね。」

 弱気を助け悪しきを挫く、なんて、案外子供が憧れるようなシチュエーションを想像したり、とかね。これまでの付き合いじゃ、そんなの全然判らなかった。大人なジークさんに僕が追いつかないとって思ってたけど、まさかジークさんにも僕より幼い一面があったなんてね。

「おい、ちょっと誤解してないか。オレはあくまで、幸せな親子を不幸にする奴らが許せないだけなんだよ? 設定はおまけだから。これ紛うことなき本心。」

「幸せ……か。確かに、僕たちは幸せなんだろうな。僕でさえそう言えるくらいには、この街はにっちもさっちもいかない奴らで溢れ返ってらぁ。」

「そんなのと比べなくたって、子供思いの親に兄弟思いの兄、弟、さらに美味しいバターピーナッツが揃ってるんだ。これ以上のことはない。」

「不幸なのは親思いの子供がいない点だけだな。」

「ふん、口だけなんとでも言ってろ。ホントはそうでもないくせしやがって。」

 ラクダ色の男がなかなか病院から出てこなかったから、僕とジークさんはしばらく世間話に興じていたが、話題もなくなると、病院の方を見たり、クマ子を見たりと、暇を持て余すようになっていった。病院には定期的に人が出入りして、商売繁盛といった様子。クマ子は捨てられたぬいぐるみのように口も利かずにジッとしていて、寝ているのか起きているのか判らない。寝てたらどうしよう、と不安になる。仙八宝せんのはっぽうの卵に触れてみるが、変わりなし。日がゆっくりと傾いていく。黄昏の中、家路に着く人々。宵の口のケルンの街。原始的な意味で、一日が終わりを告げる。教会の鐘の音が街に響き渡る。ふだんはこんな些細な事柄は意識の外を掠めていくだけなのに、道端に佇んでいると、いろんなことに改めて気づかされる。たまにはこんな時間を持つのもいいかもしれない。とはいえ、わざわざ意味もなくじっとなんてしていられないけれど。だから結局、こういうことに目を向けるのはこんなときだけっていうね。



 それからまもなく、ラクダ色の男が手首を包帯でグルグル巻いて病院から出てきた。病院から一〇分ほど歩くと、男は塗装の剥げかかった古めかしい建物に入る。クマ子が僕たちに待っててと言って、男のあとを追っかけていく。まもなくクマ子は戻ってきて、部屋の中の様子を話す。男が入っていった部屋の中にはラクダ色の男を含めて男ばかりが一〇人いて、そいつらもリヴィエ一家の人間なのだという。部屋は二階にあり、階段は一つ。部屋には出入り口が一つ、窓が南向き、東向きの二面にいくつかある。出入り口のドアの鍵はクマ子が解錠している。で、そいつらによれば、ラクダ色の男が跳刀により斬られた話を受けて、材木置き場での六名殺害と行方不明一名、続く殺害三名もジークさんの仕業だという考えを強めたらしい。そりゃ、地面に突き立てられた曲刀が自ずと跳ね上がるなんて芸当を見せられたら、ほかにも六人を同時にやっつけられる技なり持っていても不思議はないと思うだろうさ。もちろん、相手はジークさんをジークさんであると認識してはいないだろうが、間違いなく僕のウチが殺害に関係していることは看破しているはずだ。ま、知ってしまったが最後、全員の口を塞がなくてはならない。とはいえ、一〇人か。

「オレはウイリアム一家を守るために行くけど、お前はどうする? これ演技。」

 ちッ、ビビっているのが顔に出てたか? っていうか……、ああ、仕事な設定だから恰好着けてるのか。

「行くさッ。僕んチのことだぜ? 僕が行かずに誰が行くッってなもんだぜ。」

「いいのか? 前にも話したが、仙道っつったって、銃弾を貰えば死ぬるんだぞ。これ演技。」

「判ってる……そうさッ、そのための奇襲じゃないか。奴ら、僕たちが来ることも知らないし、まして鍵が開いてるなんて想像もしていないだろう。ジークさんもいるんだ。先手を取れば相手の攻める間なんてないだろ? あと、怖いこと言うとき以外は“これ演技”って言わなくってもいいよ。いいよっていうか、言わないでおいて。」

「ふん、自分で頼んでおいてそれかよ。ま、先手を取ればある程度は争いになる前に片付けられると思うが、それでも一〇人もいりゃあ、まったく、ってわけにはいくまい。」

 一発なら大丈夫なんてことはないからな。一発……運が良ければ、たった一発で負けちまえるんだから、用心にもなるよな。ん?

「ジークさん、アレを使おう。アレがあれば、きっと僕も拳銃持ってるのと変わらなくなるぜ?」

 ジークさんに視線で示したのは、工事現場の敷地内に転がっていたコンクリのガラ。ガラをズタ袋に入れて持ってって投げつけてやれば、やっつけるスピードも上がるはず。そうと決まれば奴らがばらける前に行かなきゃッ。



 まずクマ子に敵の配置を教えてもらう。第一目標はあらかじめ決めておいた方がいいとジークさんが言ったからだ。決めた位置を見ればそこに敵がいるからなにも考えずにそこに投げろとジークさん。狙いは腹か胸。時速二〇〇キロの剛速球をブチかましてやる。

 薄暗い階段を忍び足で上がる。ジークさんに目配せして、目一杯の速さでドアを開くと瞬時にジークさんが部屋に飛び込み、僕もそれに続き部屋に入る。敵が慌てふためく様子が耳にはいるが、僕は僕でやることがあるから、余計な音は気にしない。決めておいた方向を見ると、人がいたから、そいつに向かってコンクリガラを投げる。ガラは机に当ってワンバウンドするとそのまま敵の胸に当った。ちッ、狙いが低過ぎたか。でも一瞬苦しそうにしたからとりあえず次、隣の奴だッ。そこからはとにかく立ってる奴に滅茶苦茶に投げてやった。こちらが投げれば相手も机の下とかに姿を隠す。手を緩めれば相手の銃弾が飛んでくると思うと、アホみたいだが無暗に投げ続けるのが最善だと思った。

 ほんの少しの間だったと思うけど、僕の投げるコンクリガラがいろんなとこにぶつかって激しい音を無駄に響かせている間に、決着はついた。なんだかんだ、自在に操れる跳刀の方が遮蔽物の多い場所での戦いには向いてるんだ。僕たちは静まり返った部屋を歩き、全員の死亡を確認していった。第一目標の男は胸が陥没して亡くなっていた。陥没した部分に血溜りになっている。いまさらになって、この男が手で胸を押さえて呻いたときの表情が思い出される。初撃から何分? お前はどれくらいの間苦しんだんだ? いや、もう終わったことだ。最早そんなこと、気に掛ける必要はないか。それよりも……。

「これからどうするの? 材木置き場のときと同じで、現場はこのまま放置でずらかる?」

「ああ、結構大きな音も出たし、窓にも血が飛び散ってる。早く出ていかないと、誰かが様子を伺いに来ないともかぎらないからな。」

 そう答えながら、ジークさんは机の引き出しの中の物を取り出している。

「そんなの取り出して、なにするの?」

「ああ、一応、なんかかっぱらって行けばさ、それ目的の犯行、つまりが同業者による犯行に見せ掛けることができるんじゃないかと思ってな。」

「へえ、やっぱりやり慣れてる人はよく気がつくね。」

「馬鹿言ってないでさっさと行くぞ。幸い、オレたちは返り血を浴びてないし。」

「うん。」

 僕はズタ袋をひっくり返してコンクリガラを床にぶち撒けると、ジークさんが取り出した帳面や拳銃なんかをズタ袋に詰め込んで部屋を出た。このコンクリガラを見て、犯人は工事関係者だとかってならないかな? なるわけないか。それから階段を下りて、建物の出入り口から外の通りの様子を窺ってみたが、通りを行く人たちは誰もこの建物の二階のことなんか気にしていないようだった。

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