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5-19(145) 敵襲



 足早に階段を上がってくる音に続き、ドアが開く。

「ジークさん、誰かが工場を訪ねてきてるんだが、見たかい?」

 部屋に姿を見せたのは父と母だった。僕はジークさん、お姉さん、マーカスさんと一緒に二階の部屋から外の様子を窺っていた。先程までラクダ色の外套にハンチング帽、サングラスという出で立ちで、マビ町では見かけない風体の怪しい男がウチの周りを物色しているのが見えていたから、十中八九、工場を訪ねてきたのはその男だろう。父も母も不安そうな眼差しを僕たちに向けている。「ちょっと様子を見に行ってくる」とジークさんは父に伝えてから、僕を連れて階下へ向かった。

 男はリヴィエ一家の者である可能性が高い。そうでなくとも、こちらはピリピリしてんだ。相手がそうと意図していなくたって、不穏な動きを見せればタダじゃ済まさないとジークさんは僕に言う。もちろん最初に警告はするが、多少汚れることは覚悟しておいてくれってさ。ま、男がリヴィエ一家の者だとしたら、よほど間抜けでないかぎり、ウチに仲間が惨殺された件について話を聞きにくるとか、そんな面倒なことをするはずがない。奴らは殺人を屁とも思っちゃいないんだ。メリットや理由があればやるし、なければやらないだけだ。実行犯が監獄に入ればそれで終わり。組織としては毛ほども痛くはないときてやがる。本来ならああいう輩とは関わりを持たないのが一番なんだが、とジークさんは言った。目を付けられたらそこでアウトなのだとか。

「オレが行く」と言って、ジークさんが工場の扉の前に立つ。ジークさんの手には仙八宝せんのはっぽうである跳刀ちょうとうが握られている。臨戦態勢で臨んでいるわけだが、出会い頭に発砲されることを考えると不安で仕方ない。こんなときだってのに、僕の懐に忍ばせた仙八宝はまだ卵のままだ。いざとなれば、徒手空拳で応じるしかないな。



 ガチャ。


 ドアノブを回し、ドアを蹴り開けるジークさん。ラクダ色の外套姿の男が扉の向こうに姿を現わすと同時に、ガンッという激しい音を炸裂させて跳刀が男の足元に勢いよく突き刺さった。

「動くなッ。オレがいいと言うまで、微動だにするなよ?」

 言うが早いか男の身体から鮮血が舞い散り、玄関が血飛沫で彩られる。男が懐に手を入れたから、ジークさんが男の足元に突き刺さった跳刀を上方に飛ばしたんだ。

「動くなって言ったろ? あんたが保険会社の外交員か銀行の営業か郵便の配送員か耳が聴こえないのかそんなのは知ったことじゃない。オレは動くなと言ったんだぜ? なら、動くなよ。」

 一瞬の出来事だった。男のラクダ色の外套の胸から下が赤く染まり、右手首が千切れかけている。ジークさんはそんなのお構いなしに男の襟首を持ち上げると、そのまま工場内に男を放り投げて、倒れた男の懐を探るとまもなく拳銃が出てきたので、それを皮切りに男への尋問が開始された。



 男はリヴィエ一家の人間だった。組織の者が六名死亡、一名行方不明になり、その後も立て続けに三名が変死を遂げたことを受け、僕たち一家が一連の殺害になにかしらの形で絡んでいると見て、男は僕たちの身辺を調べていたらしい。だが、決定的な証拠を掴むには至らず、直接家を訪ねて伺いを立ててみようとした、というのだが……。表面上、穏やかな言葉を使っているものの、ジークさんにやられていなければきっと立場が逆転していただけで、平和的にお話するだけとはいかなかったろう。こいつらは、そういう奴らだ。やられちまったあとで吐く言葉なんて信じられるものか。信じれば馬鹿を見るだけだ。

 いま目の前の事象だけを切り取れば、ジークさんの方こそまさに鬼とよぶに相応しいわけだが、ジークさんは正義のために戦っているだけだからな。だから、この光景に怖れ慄くな。主人公が悪役をとっちめてるだけなんだ。そして、どんな残忍な悪魔もやられる瞬間は悪魔にやられる子供のように弱々しくなるってだけさ。

 まもなくジークさんに促されて二階のみんなを呼ぶと、父がまずバターピーナッツを炒る機械の稼働を止めて、クンクンと鼻を鳴らしてから「焦げた」と場違いな言葉を発した。「ふん、その分の金額はリヴィエ一家から回収すればいいさ」とジークさんが父の言葉に応じる。その返事にハッとしたような顔をする父。「そ、そこまでしなくていいよ。って、なんでそんなに強気なんだ?」と驚いている。それを見てニヤリとするジークさん。使いどころさえ間違えなければ、力があるってのはやっぱり恰好いいなぁ。



 それから父と母には席を外してもらい、お姉さんとマーカスさんも交えて今後の動きについて話し合った。結果、弟の無事の確保と、ラクダ色の外套の男を泳がせて僕たちを狙っているであろうお仲間たちの殲滅を同時に行なうことになった。弟の方にはマーカスさんが向かうことになった。まだ学校の授業は終わらないから、いまのところ無事だとは思うが、学校の外で仲間が待ち伏せしている可能性だってある。昨日までなにもなかったからといって安心はできない。ラクダ色の外套の男が今日になって行動に移したのと同じく、今日という日を選ぶ奴がいたって不思議じゃない。むしろ、そのように事前に打ち合わせていることも考えられるのだ。マーカスさんは弟を保護したらとりあえずウチにて待機してもらう。お仲間のお仲間がウチを新たに襲撃しないともかぎらないしな。

 そこまで決めてマーカスさんは一足先に外へ出ていった。僕たちは男に病院に行くように勧めて、男を追い出した。僕たちも外へ出て、工場の扉付近から男が遠ざかっていく様子を見守った。ただ、クマ子だけは男のあとに付いて行っている。僕たちはクマ子に中継してもらいつつ、男の死角から尾行しようという算段。これなら尾行もバレっこないように思われたが、お姉さんは「私には前科があるから」とか言って、結局ウチで僕たちの帰りを待つことになった。



 早くも血で血を洗う争いが勃発してしまったわけだが、なんか、仙道の力があれば僕たちだってジークさんを筆頭にマフィアを気取れるんじゃないかと思った。

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