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5-17(143) 仙道になった

 幾条もの木漏れ日が射す薄暗い森の中。森だけど、先程までいた森とは違う。そして目の前にはお姉さんとジークさん、マーカスさん、そして……一人増えてるッ?

「彼があの日、ジークさんに背負われていた少年か。」

 先程までいなかったお爺さんがお姉さんに確認するように尋ねる。少年と言うのは、おそらく僕のことで、あの日というのは、きっと僕とジークさんをお姉さんたちが助けてくれた日のことだろう。そしてこのお爺さんはその場に居合わせていた。

「はじめまして、ダニーといいます。」

「はじめまして。オレはこの姉ちゃんの爺さんだ。よろしく。」

 なるほど、お姉さんの祖父ならば僕たちの救出に関わっていたとしても不思議はないし、お姉さんからその後の僕のことも聞いていたかもしれない。

「歩きながら少し話をしようか。」

 お爺さんはそう言うと背を向けて森の中を移動し始めた。歩きながら、仙人の桃や仙道、仙道が扱う武器・仙八宝せんのはっぽうのことなどについて僕はお爺さんから聞いた。その内容は衝撃的なものだったが、これまでに不思議な力をまのあたりにしてきたから、お爺さんの話を疑いはしなかった。唯一、疑念を抱いた点を言えば、それはこの僕が仙道になり、専用の武器を扱えるようになるのかという一点のみ。他人の話は信じられるのに、自分のこととなると信用できないとは我ながら情けない話ではあるが。あと、ここはどこかと尋ねてみると、仙人の里だと、珍妙な名前を答えるお爺さん。仙人の里についてさらに追及すると、狸に化かされて不思議な場所に迷い込んだとでも思えばいいと笑う。う~ん、ケルン市の外れの森にそんなところがあったとは。はたまた、本当に幻を見せるつもりなのか。



 しばらく歩くと森を抜けて、久しぶりに日光を浴びたかと思うと、眼前には湖が広がっていた。四方を木々に囲まれて、山間の湖にしては怖いほど澄んでいる。「これ、仙人の泉っていうんだ」と言って爺さん、湖、もとい泉へと近寄っていくので僕もそのあとを追う。泉の前に着くと、お爺さんは泉の水をお椀に掬って僕に飲んでみろと言うので、促されるままに飲んだ。うん、美味しい。

「これでたぶん、仙道になってるよ。」

 お姉さんが隣に来て僕に告げる。

 え、もう?

「早くない? っていうか、特に変わった感じしないんだけど。」

「すぐ極端に変わったりはしないんだ。徐々に新しい感覚が身体に馴染んでいく感じで、一週間ほどで違和感もなくなるはずだ。オレはそうだった。」

 経験者であるジークさんがそう言うなら間違いないか。

「そんなもんなんだ。じゃあ、さっき聞いた仙八宝だっけ? それはアレなの? 完全に仙道になったときに勝手に出てくる感じ?」

「うんにゃ。ちょっとここで待ってて。取ってくるから。」

 お、用意してあるのか?

 言うが早いか森の中へ入っていくお姉さんの後ろ姿を見送り、僕たち三人は話を続ける。

「ジークさん、仙八宝を出してくれるかい?」

 お爺さんの言葉に従い、仙八宝を取り出すジークさん。

「こいつは持ち主の手から離れて数年経つと、もう元の武器にはならなくなってしまうんだ。その代わり、新たな持ち主を受け入れるようになる。これからダニーくんにはそれをやろう。」

「仙八宝ってそんな簡単に人にあげていいものなんですか?」

「もちろん、簡単にはあげられる物じゃない。大抵の場合、相手が仙道でないかぎりくれてやっても意味のない物だしな。それに、例え相手が仙道だとしても、二つ目の仙八宝を成形できる仙道は稀なんだ。だから仙八宝を誰かに渡すっていう状況といえば、師匠が弟子に渡すときくらいかな。あとは相手を殺して奪うとかで、持ち主が変わることはある。ま、ダニーくんの場合はちょっといままでにないパターンかもしれないが、そう案じることはない。実はちょっと前に大量の仙八宝が持ち主不在になってしまってな。いま、仙八宝は仙道の人数と比べて余ってる感じだから。」

 おいおい、大量の仙八宝が持ち主不在になったってどういうことだ?

「三年前に大きな戦があってな、その戦でたくさんの仙道が死んだんだよ。もちろん戦死者の仙八宝の回収作業は行なわれたんだが、さすがに戦後の焼け跡からすべてを回収するなんて真似はできなくて、あとになって戦場から出てくるのもあったわけだ。葵はたまたまそれを二つ見つけていた。ジークさんと、ダニーくんにあげたら仕舞いだがね。ま、葵は仙道じゃないから持ってても意味がないしな。」

 三年前、戦……森、拉致犯に連れられて歩いた場所……。お爺さんから発せられる数々の単語を呼び水に、過去の記憶が僕の頭にフラッシュバックする。あのとき、数日間歩き続けた場所は確かに存在していて、犬や猫のような耳を持つ奴らも存在していた。そして、多数の仙道たちによる戦。仙道のことをこともなげに話すお爺さん。ここはケルン市のどこかでもなければ、狸が見せる幻などでもない。ここはケルン市から遠く離れた異国の地で、三年前に僕たちが連れてこられたのと同じ場所? 僕は三年前、どこにいた? ひょっとすると、ここからそう遠くない場所にお姉さんが暮らす家もあるのではなかろうか。記憶の断片とともに様々な推測が飛び出てきて、収拾が付かない。

「ジークさん、僕たちが三年前の拉致事件のときに連れて来られたのって、この辺なの?」

「いや、正直言って、そこまでオレは知らないんだ。」

 このお爺さんは場所に関しちゃジークさんにさえ教えていないようだ。僕は出会ったばかりだからともかく、ジークさんにさえッ。お爺さんを見る目につい力が入る。

「へえ、いろいろご丁寧に教えてくだすったりくださらなかったり、なんか露骨ですね。」

「露骨? なにが?」

「いえ、こちらの話ですよ。いまのはジークさんに言ったんです。お爺さんにじゃありません。」

 どうせいま尋ねてみたって、教えてはもらえないだろ? ごめんなさい、ジークさん。ちょっと困らせちゃったかな。でも、僕たちが三年前にどこにいたか……というんが、みんなの仇を見つけるには重要だと思うんだ。

「ふん、露骨ついでに言っとくが、貴方たちに伝える情報を選んでいるのにはちゃんと理由があるんだ。貴方たちの欲しがっている情報には、知っておくべきことと知らなくていいことの二種類あって、オレは前者の方を話してるだけだ。」

 ちッ、お爺さんがあからさまに怒っている。もう僕は嫌われたな。

「申し訳ありません、生意気を申しまして。ダニーには私の方からよく言っておきますから。」

「いや、いい。餓鬼ってのはそんなもんさ。そのくらいで、ちょうどいい。」

 人の気も知らないで生意気もなにもあるもんかッ。ジークさんは不思議な強さを得てなお、みんなの仇討ちについて微塵も考えたりしないのだろうか? 僕たちを拉致した奴らは死んだかもしらんが、ほかにも裁きを受けなければならない奴はいるだろ? あ、もしかするとジークさんは実害をなにも受けていないから、僕ほど執着心がないのだろうか。いやいや、違う。馬鹿なことを考えるな。ジークさんは大人で、本心がどうであれ心の内に隠しておくのが上手いだけなんだ。

「ごめん、ジークさん。すいません、お爺さん。生意気を申しました。」

「ふ、さっき言ったろ? 気にするなよ。」



 しばらくしてお姉さんが戻ってきて、仙八宝を渡された。。ジークさんにやり方を聞いて、仙八宝を成形しようと試みたけど、なんの変化も起こらない。どうやら仙八宝を成形するには、まだこの身体を仙道の力に馴染ませる必要があるようだ。つまり、まだ時期尚早ってことらしい。ジークさんの場合は仙道になって五日ほどで成形に成功したという。僕のは何日後に形になるだろう? どんな武器が出てくるだろう? そんなことを考えると、やはり胸が弾んでしまう。現時点では、特に護身以外に使う算段はないけどな。

 まもなく、僕たちはお爺さんに別れを告げてケルンの街に戻った。

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