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5-16(142) 転移した

 夕方、ジークさんがウチを訪ねてきた。先日の来訪からまだ三日しか経っていなかったため、“強くなりたいか?”の問いに対する答えを用意できていない。というか、申し訳ない話だがすっかり失念していたのだ。工場の清掃などの業務が残っていたが、両親の許可をもらい外出させてもらい、ジークさんに案内された先はケルンの街の宿の一室だった。部屋へ入ると、そこにお姉さんともう一人、誘拐事件のときにジークさんと一緒にいた男がいた。あのときと同じく顔を隠しているが、おそらく同一人物とみて間違いないだろう。なるほど、お姉さんがケルンの街を訪れていたから、僕を呼び出したわけか。

 部屋へ入り、三年前の拉致事件から僕を救ってくれたことについて、まずはお姉さんにお礼を言った。するとお姉さん、僕たちの救出のために最初に行動を起こした人たちが別にいて、お姉さん自身はそれに乗っかっただけだから、お礼ならその人たちに言ってと、僕の出鼻を挫く。お姉さんの情報自体ほとんど知らないのに、お姉さんの知り合いのことなんて教えてくれないだろうと、僕の直感が告げていたからだ。試しに尋ねてみたものの、やはり教えてもらえなかった。だから改めてお姉さんにお礼を言う。お姉さんにしか感謝の気持ちを伝えられないんだから、ということで。

 お姉さんは微笑んでその気持ちを受け入れてくれたけど、同時に僕に謝罪してきた。リヴィエ一家の件について、思ったよりも殲滅するのは難しく、現時点では目標を変更しようと考えている、と。なんでも、お姉さんは当初、一家というくらいだから、一つの家もしくはアジトに一〇数人集まって暮らしているのだと思っていたのだという。ところが、少し調べてみたところでリヴィエ一家の規模の大きさやボスへ辿り着くことへの難しさが判り、殲滅を断念せざるを得なくなったらしい。「いままで偉そうにしてきて、ごめんなさい。私ね、ホント言うと、こういうの超苦手なんだ」とお姉さんが儚げな笑みを浮かべて言った。偉そうだなんて思ったことは一度もないんだけどな。

 それから、今後の方針を説明された。誘拐事件の事後処理に関しては捕縛した犯人に聞き取りを行ない、今後の想定されるリスクを洗い出し、可能な範囲でリスクを少なくしていく、というもの。すでに犯人から事件を知る者について数名の名前が挙がっているという。犯人たちが材木置き場で死亡したという情報を得て、その数名がどう動くか。単純に僕たち家族に対し復讐を考えるか、それとも警察に訴え出るか。いずれにせよ、彼らには悪いが、情報の拡散を防ぐために、口を塞がせてもらわなくてはならない。

 結構物騒な話だったが、これも僕たち家族のことを考えてのことであれば、材木置き場でのような失言はもうしない。

「そいつらは誘拐に直接関わっていないけど、僕は、誘拐を仕出かすような奴らを輩出したリヴィエ一家自体、最初にお姉さんが言ったように、潰さなければならないと思ってる。だから、そいつらだって一緒さ。一般人の平和のためにも死んでくれた方がいいんだよ。」

 「ん、腹が決まってるならいいんだ」とお姉さん。で、これから一人ひとり成敗しなくてはならないわけで、犯人への聞き取りだけで居場所を特定できる人物はともかく、名前だけしか判らない人物については情報収集から始めなくてはならない。その間にもどんなことが起こるか判らないから、僕にも周囲の警戒は怠らないでほしいようだ。といっても、一日中家の周囲を警備していろというわけではなく、日常生活を送りながら、身辺に怪しい者がいないかとか、そういったことに敏感であればいいとのこと。なにか異変が起きたり違和感を覚えることがあれば、第一にジークさんに伝えて対応すれば間違いない、と。

 思えば、こちらから攻め込むことばかりに気が行ってしまって、攻め込まれることに鈍感だったな。お姉さんとジークさんに甘えてしまって、呆けてしまっていたようだ。

「じゃあ、話変えるね?」

 僕がこれまでの話を理解したことを確認すると、お姉さんは言った。



「ジークさんから話は聞いてると思うけど、ダニーは、強くなりたい?」

 いまなら言える。強くなりたいと。なにしろ、リヴィエ一家に対する警戒を僕にも任されたのだ。となれば、ジークさんが扱うような不思議な能力があった方が、いざというときのためにいい。

「うん、強くなりたい」と、頷きながら答えた。すると、「じゃあ手始めに」と、なぜか髪の毛を引っ込抜かれた。その一本の髪の毛を見ながら、なぜか満足そうに笑みを浮かべるお姉さん。

「じゃあ、早い方がいいから、明日の正午にケルン駅前に来て。駅前広場がある方。なにか約束とかはない? 大丈夫?」

「明日の正午って方は大丈夫なんだけど、ええっと、強くなるって、具体的になにをどうすればいいの? あと、所要時間とか、どこへ行くのか、とか、事前に聞いておきたいんだけど。」

 出立の前に両親にも事情を話す必要があるし。お姉さん、話を飛ばしすぎだよ。

「ああ、そうね。そりゃ、気になるわよね。当然の質問だわ。」

 お姉さん、なぜか無暗に感心している。

「時間はさほどかからない。ま、でも明日の午後九時ごろまではみといて。午後九時には、帰宅できると思う。あと、場所だけど、ちょっと遠いところよ。具体的には言えないのだけれど、とにかく遠いところ。でも、すぐ着くから安心して。」

「遠いところなのに、すぐ着く……。」

 まるでなぞなぞのような言葉だったので、遠いのにすぐ着くことが可能である条件などを疑問符を浮かべながらも思案してみる。いや、意味が判らない。僕がよっぽど腑に落ちないといった顔をしていたのだろう。ジークさんが「アレだ、ダニー。フランチェスカさんの話でハア?ってなることは大体、不思議な力で説明がつくから」と解説してくれた。

「じゃあ、遠いのにすぐ着くってのは……。」

「もちろん、不思議な力のおかげなわけよ。」

 いや、なんの説明になってないんだが。というか、いまの話で思い出したッ。

「キャミーさん? フランチェスカさん? 僕はお姉さんをどう呼べばいいんだい? もちろん、僕は本名で呼んでも構わないんだけどね。」

 ちょっと意地悪っぽく尋ねてみる。お姉さん、目を丸くしてる。お姉さんはきっといろんなことを忘れながら生きてんだろうな、と思う。ちょっと羨ましい。いや、そんな想像したら失礼か。

「ああ~、ホントにごめん。マジで、ごめん。」

 言いながら額に手を当てて仰け反るお姉さん。

「ダニーは最初からきちんと自己紹介してくれたのにね。私ったら、ごめん、警戒心が強くなってたんだわ。」

「ああ、ちょっと変な自己紹介だったけどね。」

「うん、だから最初はダニーも嘘の名前を名乗ったんだと思った。」

「ふふ、そう人を疑うから父さんに殺されかけるんだよ。」

「自分だって撃たれてたくせに。まあ、いいわ。」

 お姉さんが姿勢を正した。

相楽さがらあおいといいます。改めて、だけど、よろしくお願いします。」

「あ、こちらこそよろしくお願いします。」

 お姉さんが軽く頭を下げるから、釣られて僕も頭を下げる。あれ? なんでこんな丁寧なんだ?

「ほ、本名?」

「そうよ。」

「ありがとうございます」と、なんとなくだが僕はもう一度頭を下げた。

 それからマーカスさんにも顔を隠す必要がないことを告げて、マーカスさんとも話をした。みんないろいろと抱えてるんだろうけど、秘密主義が過ぎるぜ。


 翌日の正午、ケルン駅前でお姉さんたちと合流した。ジークさんとマーカスさんもいる。「ジークさん、仕事大丈夫なん?」と尋ねると、「今日空けた分は明日取り返すから大丈夫」とのこと。僕のために無理をしていなければいいんだが。

「じゃ、行くよ~。」

 てっきり鉄道を使うものだと思っていたのに、なぜか駅から離れてゆくお姉さん。一時間近く歩き続けて、街はもう遠く、いまは周りを木々に囲まれた森の中。そして、立ち止まったと思ったら、今度はアイマスクの装着を指示された。ふう、まだまだ秘密にしておきたいことがあるんだなと呆れるが、すべてを知ることが決していいわけじゃないのだと、考えを進めてみる。すると、ジークさんはアイマスクをしているんだろうかと、余計なことまで考えてしまう。いかんいかんと小さく首を振る。「ちょっとそのまま待っててね」と近くでお姉さんの声がする。

 三分もしないうちだったと思う。なんだか背筋がゾクっとしたかと思うと、「まだ、まだそのままだ。ちょっと待ってな」と今度はマーカスさん。まもなく「もう取っていいよ」とお姉さんの声がして、アイマスクを取ってみると……そこは森の中だった。ん、でも少し雰囲気が違う、かな?

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