5-14(140) 坊や
長くなりそうだったので二回に分けます
キャシー姉妹が落ち着いたところで、僕は名乗るのが遅れてしまったことを謝った。僕も二人に声をかけられて面喰っていたんだと嘘を吐いて。それから、お決まりのように繰り返される僕が回復したことへの祝福と成長に対する驚きの言葉。姉が僕の手を取り、自分の手の平を重ねて「私より大きいわぁ」とはしゃぐ。
“旦那”の正体が僕だと判ると、姉から色気と艶は消え、キャシーの緊張と怯えも見られなくなった。なんだか、一昔前を懐かしむような雰囲気。姉が僕のことを「ダニーちゃん」と呼んで、より鮮明にかつての記憶が蘇る。確か姉の方の学級では当時、名前のあとに“ちん”を付ける渾名が流行っていて、姉はミーシアだから「ミーちん」と呼ばれていたんだったかな。そうそう、お姉ちゃんと呼んでいたのはそれよりもっと前のことだ。ミーちんという渾名について確認すると、姉は「あらぁ、懐かしいわぁ」と感嘆していた。
そんな感じにひとしきり喋ったところで、僕は退散する旨を告げた。なお、僕が羽織っていた上着のせいで、すでに僕が女を買うために街を彷徨っていたことはミーちんにより看破されているのだが。
「じゃあ、僕はもう少し当り障りのない女の子を探す旅に出るわ。」
「は? 今日はセッ……、コホン、そういうことを、しに来たんでしょ? ここに妙齢の乙女がいるじゃない。」
「いや、無理だよ。」
「無理というか、私としてはむしろちょうどいいと思ったんだけど。ほら、ダニーちゃんとキャシー、前は付き合ってたし、仲も良かったんだから。」
「子供のころの話じゃん。」
「この子ね、一昨日から一緒に声かけてんだけど、どうしても怖がっちゃって、なかなか商売にならないのよ。でも、ダニーちゃんとだったら、上手くやれると思うんだよね。」
「はあ。」
ミーちんの言葉を適当に聞き流しながら、キャシーの方を見ると、彼女は俯いて石畳に視線を落としている。薄明かりに照らされた彼女の耳は若干赤く染まっているように見えた。それを見て、僕も自身の頬が熱くなっているのに気づき、その恥ずかしさにより却って頬の赤味が増していくように思われた。
「ダニーちゃんはいまが盛りとばかりに咲く花と、いままさに花開かんとする蕾と、どちらに興をそそられる? キャシーと、妹と、どちらがお好み?」
キャシーか……、ミーちんか……。
「み、ミーちん。」
僕はゆっくりとミーちんの顔を覗き込みながら言った。
「え? なんで私なのよ。人の話聞いてたぁ?」
ご指名したにもかかわらず、なぜかプリプリしているミーちん。「ちょっと来てッ」とおもむろに腕を引かれ、路地のさらに奥の方へ誘われる。そこで二人してしゃがんで密談が始まった。
「キャシーはお気に召さないかい?」
「いや、器量もいいし、お気に召さなくはないんだけど。」
「じゃあ、さっきの私ってのは冗談ってことでいいんだね?」
「いや、それは本気だよ。だって、確かにキャシーはキレイになった。だけど、ミーちんはもっとキレイになってた。」
「馬鹿ッ。おだてたってなにも出やしないよッ。ん、どこ見てんだよ? スケベ。」
「ご、ごめんなさい。」
そんなこと言われたって、そんなに胸元を強調してる方が悪いぜ。ミーちんが思案するも考えがまとまらないといったように溜め息を吐いた。
「それに、僕も初めてだし、キャシーといざ事に及ぼうとしても、結局なにもせずに終わる気がするんだよ。」
ミーちんのキレイな瞳が僕を見つめる。
「ホントに、私でいいの?」
「うん、ミーちんがいいんだ。」
「判った。いや、でも、一つお願いがあるんだけど……。」
ミーちんからのお願いというのは、今宵の行為にキャシーを同伴させるというものだった。行為が終わったあとにでも、キャシーに男ってのはこんな感じなんだというのを講釈したいんだとさ。で、僕とキャシーに異存がなければ、そのままキャシーと事に及べばいい、と。これは、あわよくば二人分儲けようって腹だな。ミーちんも転んでもタダでは起きないというか、効率良く考えてるというか。
まさか間違いは起こすまいと思い、僕がそのお願いを聞き入れると、「ありがと」と言って微笑むミーちん。
先程からの懐かしい雰囲気と交わされる会話のギャップを不思議に思う。僕とミーちんのいまの関係は、事件前とほぼ変わらないが、僕とキャシーは事件前が親密だっただけに、それが壊れたまま一度として修復さえ試みられていない状況であれば、これから互いの距離感などを新たに模索しなければならない。ただちに元鞘とか、付き合う以前の関係から再スタートというわけにはいかない。それらを踏まえると、“妹の友達の男の子”と“友達の姉”という昔ながらの関係でいられるミーちんと事に及ぶ方が、よりエロいと思ったのだ。ミーちんとエッチとか、以前の僕からしてみれば信じられない事態だッ。
じゃ、まずは食事に行こぉ~というミーちんの提案を受けて、僕は両手に花というか、そのときの気持ちとしては両脇を借金取りに固められた感じだったんだが、もう逃げられないと覚悟して大通りを歩き、レストランに入った。
これまで僕の生活とは無縁だった夜の街のレストラン。店内には客も結構いて、意外なほど賑わっている。僕は女を買うというのが初めてだから、ここでも勝手が判らない。思考の八割ほどはのちのミーちんとの行為で占められてしまっているし、ミーちんが提案することを一々そういうもんなのかと聞き入れるほかないといった感じ。食事を摂りながらも、お金のことが気になって内心ヒヤヒヤしていると、ミーちんが察したのか、妹もいるしここの支払いは割り勘だから安心して、と言う。ミーちんの方は場慣れしているのか、僕にもキャシーにも気配りを怠らず、注文も率先してするし会話も適度にこなす。なに一つ不満はないのだが、酒の飲み過ぎだけが不安だった。いざ部屋へ入って、酔い潰れの介抱に精を出すんじゃ泣けちゃうからな。
食事の途中、ミーちんが顔馴染みなのであろう男から声をかけられていた。ミーちんは手慣れたもんで「今日はこちらの可愛い旦那とデートなのぉ、っていうか、私の友達だよ」と適当にあしらっている。そんな様子を緊張しながら見てたわけだが、キャシーの方もあまり喋らないから、やっぱり緊張しているのだろう。不意に肩に手を置かれ、驚いて振り返ると先程ミーちんに声をかけていた白シャツの男の姿。「今日はがんばれよ、坊や」だってさ。子供扱いはこれまでもあまりイイ気はしなかったが、この場では坊やと呼ばれるのも仕方がないように思われ、「今日はまだ坊やだけど、明日からは坊やじゃなくなるからな」と口応えすれば、男は愉快気に笑って「その意気だぜぃ」と僕を茶化す。夜も更けているというのに、なんだか賑やかな場所だよ。
ミーちんが時計を確認して、そろそろいい時間だと言って店を出た。そうして案内されたのはただのアパートで、一階に酒場が入居している。いくつか階段を上がり、部屋へ入ってランプを点ける。ミーちんがキャシーに部屋の隅で待っているように告げてから、僕のそばに来ると小声で「さっきはありがとう。お世辞だったかもしれないけど、嬉しかったよ」と、僕の首に腕を回しながら囁く。そして、大人の時間が始まった。




