5-13(139) 名乗った
なんか変な感じです(^^;
気がつけばいつも余計なことを!
(─)
日が昇る。コケコッコーって鶏がなくじゃん? ホッ、ホホー、ホホーって山鳩が鳴くでしょ? 朝だよ。一日の始まりだよッ。
日が沈む。ゴーン、ゴーンって教会の鐘が何回か響くじゃん? ザワザワ、グエグエって蛙がド下手な合唱するでしょ? 夜だよ。一日の終わりだよッ。
創世のときから続く、変わることない自然と動物、人の営み。
今日はいい汗掻いたわぁ、早く風呂入って飯食って寝るべやぁ、っていう……。
(ダニー)
ちょっと待ったぁッ。大事な一日をそんな簡単に終わらせてたまるかよッ。科学技術の進歩は日進月歩。今日も今日とて世間では革命的な技術が生み出されているんだッ。もう原始時代じゃないッ。ケルンの街は街灯とお店の明かりで輝いて、夜も眠らないッ。そう、日が昇ろうが沈もうが一日は二十四時間ッ、これが現代社会の常識だろ? ってか、お前誰だよッ? 今宵は特別なんだよぉッ。
(─)
え、通りすがりの靖という者ですが。
(ダニー)
誰だよッ? 僕はお前のことなんて知らねえよぉッ。勝手に出てくんじゃねえよ。
(靖)
と言われましてもぉ、夢の中のこととてご容赦願いたいところでして。
(ダニー)
夢ッ? 夢なのかッ。じゃあ、まだ今日は終わってないッ?
(靖)
安心しろ。今日はまだ始まっていない。
(ダニー)
よかったッ。
(靖)
いや、もしかすると、いまは明日の夜なのかも、しれない。
(ダニー)
どっちだよッ。
(靖)
お前が最後にベッドに入ったのは、何年何月何日の何時何分何秒なんだ?
(ダニー)
昨日の晩だよッ。
(靖)
ふふ、昨日っていつなのかな?
(ダニー)
なにその思わせぶりな台詞?
(靖)
キミとは一度、僕という一人称を賭けて勝負しなければならぬと思っていたのだッ。
(ダニー)
え? え?
(靖)
さあ、ここはキミの夢の中だ。なんでも好きな武器を想像して具現化したまえ。唐突だがここで決着をつけようじゃないかッ。
(ダニー)
ま、まさか……他人の夢を支配する能力ッ?
(靖)
そんなのは知らんが、形だけ職長をする能力くらいは持ってるぞ。そして、キミも桃を食べたんだろう? 早く僕のいる高みまで上ってくるがいいッ。いくぞッ。
(ダニー)
うわあああああッ。
────────────────
チュン、チュン。
朝だ。
なんか酷い夢を見たような……、く、思い出せないッ。頭、大丈夫かな?
「おはよ~、今日何日だっけ?」
なぜかはっきりしないが、今日の日付が気になってしまった。
「今日? 今日は四月の二十五日よ。」
「昨日、ジークさん来たよね?」
「来たけど、ええ? 大丈夫なんッ? 熱でもあるの?」
さすがに母が驚いて尋ねてくる。
「大丈夫、ちょっと悪い夢見ただけだから。」
「ならいいんだけど。」
ふう、なんだかよく判らないけど胸のつかえが取れたみたいでスッキリ。
うん、別に鶏の鳴き声も山鳩の鳴き声も聞こえない。ホッ。
日が沈む。ゴーン、ゴーンって教会の鐘が何回か響く。バターピーナッツ工場も近隣の迷惑を考慮して稼動を止める。ザワザワ、グエグエっていう蛙の合唱は……聞こえないッ。まだ一日は終わらないッ。というか、これからが本番だッ。
工場の清掃まで終えたところで、父に告げる。
「ちょっとこれからカルロスと遊んでくるから。で、特に悪さしようっていうんじゃないんだけど、もしかすると帰り遅くなるかも。下手したら朝とか、ね。」
弟の一件もあったから、遅くなる可能性については明確に伝えておく。万が一にも心配させてしまうと厭だからな。
「判ってるよ。」
やけに物分りのいい父。あまりいい感じはしないんだが。
「でさ、あと、ちょっと上着借りていっていい?」
「ああ? 上着なんかどうするんない?」
「いや、夜だからさ、まだ少し寒いじゃん。」
「そんなこと言うが、自分のがあろうが。」
「あるんだけどさ、アレ、ちょっと生地が薄くってあんまり防寒性能高くないんだよね。」
「つっても春だぜ? ダニー。」
「そうなんだけど、お願いだから。」
「お前、無駄にいい格好しようとしてんじゃないだろうな。」
「いや、僕は父さんの格好に憧れてて。」
「はッ、なに心にもないこと言ってんだ? 判ったよ、貸してやるから、気をつけて行ってこいよ。」
「ありがとうございますッ。」
我が父ながら有能だわ。
「貸すには貸してやるが、吐いたり道端で寝転んだりするなよ?」
「当たり前じゃん。」
ふん、最後の一言は余計だぜ、親父。
というわけでカルロスと合流して、街までやってきた。いままでは何の用もなく、通り過ぎるだけだった夜の街。今日はそこを舞台に遊ぼうというので、自然と胸も高鳴る。ふう、今日は我ながらノリがおかしいから、クールダウンしなければ。ここからは大人の時間なのだから。
「おじさんの上着、様んなってんじゃん。」
「ちょっとジジ臭くないかな?」
「それくらいの方が羽振りのいい旦那に見えていいぜ。」
「そうか。」
ふだんと格好を変えたのは少しでも自分を大人に見せるためだ。カルロスも今日はいつもよりおめかししている。いつも格好着けているカルロスだが、女の子とどうこうしようという段になっては勝手も判らず、彼も彼なりに精一杯背伸びしてるんだろうな。
カルロスの案内で昨晩キャシー姉妹が立っていたという路地に向かう。大通りは街頭のおかげでやや明るいが、路地ともなると街頭もまばらで、至る所に暗闇が沈んでいる。路地の手前でカルロスは「オレがいるとなにかと不都合だから、こっからは別行動な」と言って、一人、こちらを振り向きもせずに大通りを歩き出した。おお、一人になるともう尻込みしてしまうんだが。とはいえ、ここでなにもせずに引き返したのでは、カルロスに笑われてしまう。胸に手を当てて覚悟を決めると、僕は路地の暗闇へ踏み出した。
キャシーは? キャシーはいるか?
目を凝らして、足元に注意しながら狭い路地を進む。頭上に輝く窓の燈火が心細い心を暖めてくれるよう。それにしても人の影が見当たらない。あらゆる動物がこの闇に飲まれてしまったんじゃないかと、空恐ろしい妄想が頭を過ぎる。路地を彷徨ってみたが、キャシーとは会えなかったよというカルロスへの言い訳が浮かぶ。もう今夜は客を捕まえてしまったのではなかろうか?
「あ、旦那。ちょっと、旦那。」
艶のある猫撫で声に、背後から呼び止められる。人違いだったら恥ずかしいが、ここにいまいるのは僕だけだ。振り向くと、目の前に二人の女性が立っていた。一人は胸元の空いた黒のドレスに身を包み、一人はそのへんの町娘が着ているような素朴な服装。
「ねえ、どう? この子、私の妹なんだけど、まだ男を知らないの。」
黒のドレスの方が僕に言い寄り、視線で素朴な方を示す。
「今晩、あの子を旦那の好きにしていいわ。ねえ、ちょっと二人で遊んでいきやしないかい?」
黒のドレスの方が姉で、妹がキャシーか。キャシー……しばらく見ない間に大人らしくなったな。姉は余程男慣れしているのか、僕の手を取り、その手を自らの手の内で弄びながら話を続ける。僕はああとかうんとか曖昧な返事を繰り返すばかり。時折、僕に寄りかかるように体重を乗せられると、胸の柔らかい感触が腕に伝わる。いま、僕は姉の方にこそドキドキしてるんだが。キャシーの姉にしても初対面というわけじゃない。かつてはキャシーとともに一緒に遊んでいた仲なのだ。思い返せば、僕の初恋はキャシーじゃなく、キャシーの姉の方だったのかもしれない。子供心に僕は彼女と話すのに緊張したり、また話すのが嬉しかったりしたものだ。僕の気を惹こうとする姉とは対照的に、キャシーは緊張の面持ちでときに僕と姉の方を見つめたり、路地端に視線を投げたりしている。
「もう、キャシー。あんたもなにか言いなよ。あんたが黙り込んでちゃ、旦那も判んなくなるだろ?」
そう言って姉はキャシーの腕を引いて僕の目の前にキャシーを立たせる。
「ほら、あんたからもお願いしなよ。ごめんなさい、この子ったらまだ初心なもんだから、殿方とどう話していいか判らないのさ。ま、だからこの子が生娘だってのは間違いないからさ。」
僕の頭一つ分背の低いキャシーが僕を上目遣いに見上げている。ちょっと表情が強張っているから、あながち姉の言う生娘だというのも間違いではないのかもしれない。ああ、ダメだ。そんな顔で見つめられると、どんどん僕の意気地って奴がなくなっていくんだ。
「キャシー、お姉ちゃん……。」
僕が言葉を漏らすと、姉が怪訝な顔をした。
「ん?」
「僕、ダニーなんだけど、判る?」
自己紹介すると、路地の暗闇に二人の小さな悲鳴が響いた。




