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5-12(138) お誘い

「ダニー、カルロスちゃんよぉ。」



 僕の部屋のドアを開けて、母が僕を呼ぶ。「あいつら、今日は酒場に行くっつってんただけど、なんだろ?」と、ジークさんに言い訳しておいて、部屋を出る。それから母に「カルロスちゃんって……」と、いまも子供のころと変わらず“ちゃん”付けで友達を呼ぶことを暗に非難すると「カルロスちゃんが来てるわよ。こんな時間になんだろうね?」とまったく非難の意が伝わっていない模様。母の中ではおそらくカルロスは一生カルロスちゃんなんだろうな。



「おう、どしたん、カルロスちゃん。」

 玄関先で待っていた赤ら顔のカルロスに声をかけると、「ダニーちゃんに耳寄り情報を持ってきたんだ、ちょっといいか?」と外へ出るようにハンドサインを示すカルロス。


「耳寄り情報って……いまジークさんが来てるから、そんなに長話はできないぜ?」

「え~、ダニーがちょっと外したって大丈夫だろ?」

「いや、僕に話があるっつって来てるからさ。」

「ジークさんと? ダニーが?」

 よほど珍しいのか、カルロスが目を丸くする。

「そしたらいいわ。すぐ終わるから、ダニーの部屋行こうぜ。」

 あ、帰らないんだ?

「いいけど、ジークさんもいるぜ?」

「判ってる、判ってる。いいよ、問題ない。お邪魔しまぁっす。」

 僕が先導するより先に部屋内に入っていくカルロス。勝手知ったる幼馴染のウチって感じだな。

「こんばんは。お邪魔します。」

「おお、こんばんは。……カルロォス、顔が赤いぞ。」

「へへ。」

「酒もいいが、飲み過ぎるなよ。」

「判ってますよ。」

 カルロスの挨拶を受けて父がカルロスに釘を刺す。

「ダニー……。」

 続けて僕に忠告か?

「酒はいいが、付き合い程度にしとけよ。」

「そういうことはもっと手間賃上げてから言ってよ。」

「ん、ああ。」

 ちょっと罰が悪そうな父。でも本当にいまの賃金じゃ満足に遊べやしないんだから、仕方ないね。



 僕の部屋でカルロスは本題を切り出したわけだが、大した用件ではなかった。明晩、ケルンの街に遊びに行こうと誘いに来ただけらしい。

僕には遊ぶ金がないんだと断ってみたが、事態は火急を要するのだと聞き入れてくれない。火急を要する遊びってなんだよ? 要領を得ないもんだから、横合いからジークさんが「また悪さしようとしてんだろ?」と口を挟む。するとカルロスの野郎、「これはダニーの恋愛の決着に関わる問題なんだッ」と一人で舞台役者にでもなったかのような大仰な言い回し。おい、誰がいつ恋愛したんだよ? どうやらカルロスの頭ん中じゃ、僕はどこぞの誰かと恋をしているらしい。一度カルロスの頭ん中に油でも差してやらなきゃいけないなと、半ば呆れながら聞いていた。ま、聞いているうちに得心したんだが、どうやらケルンの街中でキャシーを見かけたって言うんだ。



 キャシーという女の子はかつてのクラスメイトなんだが、僕が三年前の拉致事件に巻き込まれるまで、それこそ病に伏せるまでかな、僕たちは恋人として付き合っていたんだ。ま、お互いに子供だったから付き合うといっても、なにか特別なことをするわけではなく、ただ一緒に過ごす時間が長かったってだけ。彼女の裸を見たこともあるが男の子と同じだったし、当時はあまり女というのを意識してなかったからなんとも思わなかった。僕が病に伏してからもちょこちょこ見舞いに来てくれていたが、一年もしないうちに音沙汰がなくなり、恋人という関係も自然消滅した。これに関しては仕方ないと思う。だから、特別彼女のことを恨みに思ってたりはしないのだが。



 それよりもいま問題なのは、目の前にいるカルロスっていう馬鹿野郎の方だな。彼によれば、彼女は今日、彼女の姉と一緒に街に立って、花を売っていたのだという。多少驚きはするものの、別にいいじゃんって感じ。農家を継ぐ道もあれば、窃盗団に入ったり、監獄に入ったりする道もあるんだから。花を売る道を歩き始めたって、そんなに騒ぎ立てるようなことじゃない。ジークさんも「いまは少なくなったかもしらんが、昔は女工や洗濯女なんかがよく通りや酒場なんかで男を引っ掛けてたよ」と、昔を懐かしむように話している。ほら、ふつうなんだよ。



 ところがカルロスときたら、キャシーの初めてはダニーでなきゃダメだとかなんとか主張している。いや、初めてはもう終わっただろうと思うのだが、カルロス曰く、まだ間に合うかもしれない、と。そんなの僕の知ったことじゃないッ、知らないったら知らないんだッ……と思ってんのに、なぜか明晩、一緒に街に行くことになってしまった。


 

カルロスが滔々と訴えてくるんだよ。今日、みんなで酒場を出たあと、カルロスを除くほかの連中は女を求めてどこかへ行ってしまったと。もちろん、これにはカルロスも誘われたらしいのだが、お子様な彼は心の準備ができていなかったらしく、一人で逃げ帰ってきたらしいんだよな。で、よく判らないが僕と一緒ならがんばれるッというのが、お誘いの本当の理由のようだ。それこそ断ってもよかったんだが、これも人助け、人付き合いだと考えると断わり切れなかったんだよ。ジークさんは僕たちが話すのを面白そうに聞いてたけど、カルロスに誰にも言わないように口止めされてたな。本当にカルロスも世話が焼ける奴だよ。



 カルロスを見送ったあと、ジークさんとの真面目な話を再開する。僕が強くなりたいかどうか……という問題は先送りさせてもらったが、なぜこのタイミングでジークさんが僕にこの話をしたのか、まだ直接的な回答を得ていない。おそらく、お姉さんが無茶をやろうとしてることが関連しているのだと推測しているのだが。



 その点に焦点を当てて尋ねてみた結果、やはりリヴィエ一家というのが一筋縄ではいきそうにないから、できれば仲間を増やしたい、というのがジークさんの考えだと判った。なお、この件についてはお姉さんにも話していないらしい。お姉さんに内密で話を進めていることの方が、リヴィエ一家云々よりも大問題な気もするが、ジークさんによればお姉さんは意外と責任感が強く、頑固で、正義感も強いから、彼女を交えると一向に話が進まないと、こういうことらしい。ジークさんとしては、リヴィエ一家の動向を観察して僕たちを襲うような動きがなければ、それで誘拐事件については幕引きしたいらしいのだが、お姉さんは一度言い出すとジークさんの意見など聞かないからというので、やむを得ず僕に話を持ってきたようだ。

「ダニーにもいろいろ考えがあると思うが、一応、そのへんも踏まえて検討してみてくれや。」

 最後にジークさんはそう頼んできた。

「うん、だけど、明日はとりあえず青春してくるから、答えはまた後日ね。」

「おう、明日はしっかり楽しんでこいや。」

 そう言って僕の頭を撫でるジークさん。ちょっと、僕の頭ってそんなに触り心地がいいのかッ?



 そして、ジークさんを見送ったあと、リビング。

「父さん、ウチの工場の手間賃って前借りできたりします?」

 明日のために、父にお願いしてみる。

「なんに使うつもりなんだ?」

「ちょっと友達との付き合いで。交友費って奴だよ。」

「どれくらい要るんな?」

「よく判んないけど、結構。」

 すると、父は一週間分の手間賃をポンと渡してくれた。

「ダニー……カルロスとは小っちゃいときから一緒だから、お前らは兄弟みたいなもんだと思ってるんだが、また変なとこで兄弟にならないようにしとけよ。」

 ん? なに言ってるのかな?

僕が疑問符を浮かべていると、父はニヤッと笑みを浮かべてリビングをあとにした。

 とりあえず、父に感謝だ。父さん、明日は立派に戦ってみせますッと、父の後ろ姿を見送りながら誓った。

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