表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/283

5-8(134) 救出した

 救出できたなら儲け物ということで、お姉さんに取引現場の日時など詳細を伝えて、あとはすべきこともないので黙って当日を待つばかり。お姉さんが期待を持たせるようなことを言ったから、一方で弟が殺されてしまうことへの不安感も増していく。なにしろお金は用意できないんだ。僕たち一家は当日までこれまでと変わらず仕事をして、弟の戻ってくるこない関係なく、それはずっと続いていく。この日常を支える土台を壊すわけにはいかない。それでも弟よ、まだ殺されていてくれるなよ。せめて、最後の悪あがきだけでもさせてくれ。



 引き渡し当日の朝早くにお姉さんは二人の男を伴って家を訪ねてきた。その男の人たちはお姉さんの知り合いで、今回の弟救出大作戦の手助けをしてくれるらしいが、二人ともサングラスに鍔の深い帽子、スカーフで顔を隠しているため、いかにも怪しいといった雰囲気を醸し出している。



 そんな二人とお姉さんを伴って取引現場を訪れる。

 場所はレイル河の畔にある材木置き場。いくつもの倉庫が軒を並べ、その脇に多くの木々が積まれている。材木運搬業務のない日は閑散としていて、置き場と道の境に張られたロープには“関係者以外立ち入り禁止”の札が提げられている。子供の時分は勝手に入ってよく遊んだものだが、今日は子供の姿も見えない。ふふ、天気がいいせいか、場違いなことを思い出してしまったな。

 立ち入り禁止の札を無視して敷地内へ侵入しようとする僕たちに対して、お姉さんが待ったをかける。お姉さんが例のクマ子と小声で話をすると、まもなくクマ子が上空へ浮かび上がった。驚きつつも、僕は状況がよく飲み込めず、ただクマ子やお姉さんたちの様子を見守った。クマ子が地上に戻ってくると、今度は二人の男がクマ子とともに別行動を開始。二人は来た道を少し戻って、材木置き場からやや離れたところで土手から河の方へ下りていく。僕たちはしばらくの間、材木置き場の入り口からその様子をじっと見ていた。

「それじゃあ、私たちも行きましょうか?」

 お姉さんの言葉に促され、ロープをくぐって敷地内へと侵入して、目的の場所である一番倉庫へ向かう。犯人からの通知によれば、ここで引き渡しを行なうことになっているのだが、僕たちが倉庫に入ったとき、まだ犯人たちの姿はなく、弟の姿もなかった。ただ、加工された材木が積まれた倉庫内の入り口付近に、これみよがしに我が家宛てのA三サイズの紙が床に広げられていた。



“現金を置いたら、速やかに材木置き場から出てください。キミたちが出ていくのと現金を確認でき次第、スティーブくんは解放します。出ていくときはまっすぐに来た道を戻ってください。余計な動きを見せれば、取引は中止します”



 つまり、犯人たちとのご対面はないということだ。そして、犯人たちは僕たちの動きを監視している。倉庫が幾棟も並び、脇には材木の束。身を潜める場所なんていくらでもあるんだ。きっといまも犯人は第一倉庫の出入り口をどこかからか見ているに違いない。これだけ警戒しているということは、警察と繋がりがあるという話は嘘っぱちだったんだ。

「キャミーさん、どうしたらいい?」

 父がお姉さんに問いかける。

「クマ子がここに来る手筈になっています。しばらく待ちましょう。」

 それを聞いた父はとりあえずといった具合に提げてきた鞄を下ろす。この鞄の中に現金が入っているというていなんだ。中には札束が入っているけれど、表の一枚以外はただの紙切れ。札束を手に取れば紙質の違いからすぐに偽物であることが露見するお粗末な作りの物だ。

 一分一秒がすごく長く感じられる。

「さっさと出ていかないと、犯人たちに怪しまれるんじゃないか?」

 父が焦り気味に尋ねる。尋ねられなくても、そんなの、誰だって思っていることだ。お姉さんだってそれくらい考慮しているんだ。父の焦る気持ちも判らなくもないが、いま、そんなくだらないことを聞かないでくれよッ。お姉さんは黙ったままだ。父になにを言っても無駄だということを知っているみたいに。弟を心配するあまりに、いまの父はきっと、なんて言って聞かせたって愚図る子供のようになってんだから。



 どれくらいの時間が過ぎただろうか。実際にはそんなに時間は経過していないのかもしれないけれど、クマ子がスーッと宙を浮きながら戻ってきて、お姉さんの口から弟の救出成功の報せを聞いたときは、もう今日という日が終わってしまったかと思うくらいだった。

「とりあえず弟くんの無事を確保して、あとは犯人たちを撃退して終わりって感じみたい。……ここにいるのは危険かもしれないから、ひとまず外に出ましょう。」

 ああ、この場所に僕たちがいることを犯人たちが知っているからか。

「動くなッ。」

 お姉さんが外へ出ようと言った矢先にこれだ。倉庫の出入り口には黒服の男が銃を手に持って立っていた。だが、恐怖を覚える間もなく、次の瞬間には男は前のめりに倒れた。男の後頭部から背中、腰のあたりにかけてなにかで切り裂かれた痕があり、そこから血がドクドクと溢れ出ている。倒れた男の足元の床には、血塗れの曲刀が突き刺さっている。曲刀の先に一つの影が揺れたので視線を上げると、そこにはお姉さんの知り合いの男が立っていた。男はお姉さんに小さく会釈すると、床に刺さっている刀を引き抜いて倉庫から離れていった。

 僕たちも男のあとを追うように外へ出る。周囲を見回してみても、閑散としているだけでなにもなさそうだ。迷いなくスタスタ歩いていく男についていくと、道の先にもう一人の男が弟と並んで歩いているのが見えた。先程、お姉さんから弟の無事については聞かされていたものの、実際に生きているのを見ると改めて嬉しくなる。本当に無事でよかったッ。



 男に引き連れられてきた弟は僕たちに視線をくれず、相当罰が悪そうな感じ。父は男と弟と相対したところで、まず男たち二人とお姉さんにお礼を言って頭を下げた。それからそっぽを向いている弟の頬をつついて、それでも反応を示さない弟の頭に手を載せて優しく撫でると、困ったような笑みを僕に向けた。父は、弟をどう扱ったものか判らないんだ。おお、ついに言いたいことも言えなくなっちまったッ。親子にしてこの有様ッ。せめて、怒鳴りつけなくてもいいから、小言の一つくらい言ってやれよ。僕は父を一瞥して弟に近寄った。

「ヘイ、血塗れじゃないか。どこ怪我したんだ?」

「怪我はないよ。」

 拗ねたようにボソッと呟く弟。

「よかった。じゃあ、みんなにお礼を言わなきゃいかんぜ?」

「べ、別に助けてくれとか頼んでないし。」

「ふん、嬉しいくせにッ。いいかいスティーブ、こんなにたくさんの人がスティーブのために危険を覚悟して駆けつけてくれたんだぜ? 信じられないけど、スティーブの日頃の行ないがよかったんじゃない?」

「馬鹿言うなや。」

「おうおう。まあ、いいよ。とにかく、お礼だけはきちっと言えや。」

「もう言ったよ。」

「お姉さんにはまだ言ってないだろ?」

 ツンケンしていた弟もここに至って素直になり、お姉さんの前で頭を下げる。それに対し、「どういたしまして。もう家族を困らせちゃダメだよ……って、私が言っても説得力ないか」とはにかむお姉さん。お姉さんも家族には頭が上がらないのかもね。

「では、あちらに参りましょう。」

 お姉さんに案内された先には、黒服の男が倒れていた。よく見ると足が変な方向に曲がっていて、苦痛からか顔が汗ばんでいる。

「犯人の一人です。これから彼にいろいろ尋ねて、もし今回の誘拐に黒幕がいたり、彼がなにかしらの組織の構成員の一人だとかしたら、将来の禍根を断つべくすべてを根絶やしにしますので、ご安心ください。」

 お姉さんは微笑んでいるが、わざわざそんなに大事にしなくたっていいんじゃないか?

「なにもそこまでしなくても……。」

 僕が言いかけると、すかさずお姉さんがきつめの口調で口を挟む。

「そこまで? はあ? お兄ちゃんって、優しい子だと思ってたけど、ただの馬鹿だったかぁ。」

「え?」

 そんな言い方されると、心が砕けそう。

「すでに犯人の六名が死亡して、もしかするとさらに一名が死ぬかもしれないわけ。仮にこいつらの背後になんらかの組織があるとしたら、必ず報復に来るわ。ただ誘拐に失敗したってんなら、弟くんを殺して終わりでしょうね。お兄ちゃんとお父さん、お母さんはこれからも平穏無事に暮らせたことでしょうよ。でもね、いまの状況は違うでしょ?」

 確かに、違う。ただ取引が中止されたわけじゃない。

「こちらが、相手をやっつけてるの。相手も馬鹿だから復讐だなんだと称して、まるで自分の振るう暴力が正義であるかのように錯覚しちゃってさ、喜び勇んでお兄ちゃん一家をやっつけに来るよ。」

 それは……困る。考えが足りなかった。もう、後戻りはできない。ゴールはお姉さんの言ったように、相手の殲滅。

「それでいいの?」

「いいわけないじゃん。」

 僕はポケットからナイフを取り出すと、地面に転がっている黒服の男の折れた脚にナイフを突き立てた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ