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5-7(133) 不思議なこと

 眠気を誘う温かな午後。

 意気揚々と現われ、自己紹介と来意を告げたお姉さんだったが、間が悪かった。

「そりゃご丁寧にどうも。ちょうどよかった。今朝方、久しぶりに銃を引っ張り出してきたんだがね、こいつがちゃんと使えるかどうか、キミで試してみるとしようか。」

 父が人を喰ったような言い回しで銃をお姉さんに向けて構える。

「ええッ??」

 目を丸くして驚愕するお姉さん。

「キミ、さっきなんて言ったよ? ダニーの友達だと?」

 銃を向けたままお姉さんににじり寄る父。

「いえ、間違えました。ダニーくんじゃないです。ええっと、誰でしたっけ?」

 お姉さんが両の掌を胸の前に突き出して、父を制しながら後退する。

「ああッ? ダニーじゃないだとッ?」

 あ、僕が偽名を教えたもんだと思ってるから、話がなんとなくちぐはぐになってるッ。

「そ、その子なんですけど、なにくんでしたっけ?」

 お姉さんが僕の方に視線を向ける。

「なんだぁ? 最近の詐欺師は嘘も満足に吐けないのか?」

「誤解ですッ。お父さん。」

「う~ん、その響きは悪くないね♪」

 唐突に頬を緩める父だったが、すぐに元どおりの顔に戻る。

「大方、息子を騙してなにか悪さしようとしてたんだろう?」

 切り替え早いな、おい。っと、感心してる場合じゃない。お姉さんを助けないとッ。

「父さんッ、その人はホントに僕の友達なんだッ。話を聞いてあげてッ。」

 パアンッ。

 突如、拳銃の発砲音がリビングに鳴り響く。

「黙れッ、ダニーッ。お前は騙されてるんだッ。」

 ええッ? 見ず知らずのお姉さんには銃口向けるだけで、息子である僕には威嚇射撃するのッ?

「最近動けるようになったばかりの世間知らずのお前に、こんな可愛い子を落とす甲斐性があるはずないだろう。」

「まあッ?」

 あ、お姉さん少し照れてる。

「おと~さ~ん。」

 そして、母が軽蔑の眼差しを父に向ける。ゴホンゴホン……と父、咳払い。

「すまん。急なことでちょっと前後不覚になってたんだ。ダニー、話してみなさい。」

 発砲までしておいていまさら理解ある父親を演じられてもなぁ。まったく。



 というわけで、父と母にお姉さんを紹介した。僕が病に伏していたころに見舞いに来てくれていたってことは言わなかったが。僕の紹介を受けて、ようやく父も渋々ながらもお姉さんのことを僕の友達だと認めてくれたので、ここで弟救出大作戦についてお姉さんに尋ねてみた。

 お姉さんの話によれば、弟がまだ生きていることが前提ではあるものの、取引現場にて弟の姿を確認できれば、そのときに敵対勢力の動きを封じ、弟を助け出せるのだという。では、どうやって敵の動きを封じるのか? そんなことは不可能ではないのか? 父も疑念を抱いているし、僕もお姉さんのこの言葉については、さすがに疑わざるをえない。いつものおちゃらけた会話を楽しんでるわけじゃないんだ。お姉さんも時と場所くらいわきまえてるよな? いや、登場の仕方からしてわきまえていないか……大丈夫かよ? 冗談を言うにはタイミングが悪いぜ。



「犯人たちの動きを封じる方法についてあまり具体的にはお話しできませんが、方法はあります。みなさんには想像もつかないかもしれませんが……世の中にはまだまだ、みなさんの科学では解明できない不思議なことがあるのだと思っておいてください。」

 お姉さんが自信満々かつ似合いもしない事務的な口調でそう言うと、父が「不思議なこと、とは?」と疑問を口にする。するとお姉さん、「例えば……」と言いながら、出来の悪い小さな熊のぬいぐるみを取り出した。

「基本、ぬいぐるみは喋ったり動いたりしません。ですが、私の手にかかれば、ぬいぐるみも喋ったり動いたりするんです。」

「おいおい、冗談だろ?」

「嘘じゃないよッ、ホントだよッ。」

「あ?」

 いま、お姉さんじゃない女性の声がした。

「私は喋る熊のクマ子だよッ。」

「ふ、なかなか上手いじゃないか。腹話術だろ? それ。」

 父がそう指摘するが、僕もそう考えていた。ぬいぐるみが喋るなんてありえない。その間にも、お姉さんは熊のぬいぐるみに顔を近づけてなにか喋っているみたい。その仕草も演出の一つなのだろうか? トン、トン、とお姉さんがテーブルで拍子を取り始める。それからお姉さんの口元が動くが、言葉は出ていない。ただ、口を動かしているだけ?

「これは決して、腹話術などではありません。現に、私の唇の動きと言葉と、全然違うでしょう。」

 おお、なんかお姉さんの声……ではないけれど、なんか声が遅れて聴こえてきてるっぽい。パチパチと父と母が拍手を贈っている。

「あらまぁ、上手いもんだねえッ。」

「ブラボーッ。」

 二人とも感動したみたい。

「どうするの? みんなクマ子ちゃんのこと腹話術のお人形だと思ってるみたいだよ?」

 そうクマ子に話しかけるお姉さん。もうただの腹話術師にしか見えないんだが。

「所詮は自分の常識の範囲内でしかモノを見れない、ケツの穴の小っちゃな人たちってことだねッ。」

「もうッ、女の子がケツとか言っちゃいけませんッ。」

「だったらなにかね? お尻のホールとでも言えばよかったのかね?」

「なぜ穴まで言い直したし。」

「そりゃ、あなた、穴の方がッ……アアッ、グ、カッ……。」

「ちょ、それ以上喋るなし。」

「ケホ、ケホ。口を押さえるんじゃなくて首を絞めて黙らせるとは、さすがキャミーちゃん、やることが一味違うねッ。」

 これは一人でネタを披露しているのか、それともホントにクマ子と喋っているのか、どっちだ? まもなくお姉さんはクマ子から視線を外し、僕たちの方を見る。

「と、いうわけで、判っていただけましたでしょうか?」

 お姉さんの問いかけ。

「え、ええっと……なにを?」

 母が聞き返す。

「オレは判ったよ。彼女は腹話術の天才だ。」

 父が得意気に言う。

「いやいや、そういうことじゃないと思うんだけど。」

 一応、父に向けて言う。

「むむむ、どうにも信用していただけないようですね。」

「こうなったら奥の手だよッ。二人同時に話せば、私の存在を否が応でも信じずにはいられまいよッ。」

「しようがない、いくよッ。」

 そして、お姉さんはなぜか歌い始めた。で、クマ子がお姉さんとハモった。は、ハモっただと……ッ? いや、それよりもなぜ一々やることがネタ臭いのか。父も二人のハーモニーに苦笑いを浮かべている。

「フィナーレよッ。アオッ、ゴーッ。」

「いっきま~す♪」

 お姉さんの掛け声とともにクマ子が動き出す。え、動くのッ? 小刻みにステップを踏むクマ子。かかとになにか仕込んであるのか、テーブルを踏む度にカッカッと軽快な音が鳴る。まるでタップダンスのようだ。リズムを刻みながらクマ子は前進していき、テーブルに置かれた瓶を蹴って宙返り、そのまま足を前後に大きく開いてキレイに着地を決めた。なにこれ?

「マジか。」

「ウッソ?」

 父と母も唖然としている。

「と、いうようにですね、世の中にはまだまだ未知の現象が存在しているわけです。お判りいただけました?」

 聞かれるまでもなく、それは判った。そして、このような不思議な力を用いて弟を救出しようというのがお姉さんの提案だったわけだ。あまりイメージはできないけれど、お姉さんなら本当に弟を救出してくれるかもしれない。クマ子を操る以外に不思議なことができるのであれば、だけど。

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