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序-13 (13) 決めちゃえばいいんだよッ

 坂道を下りながら思う。

 はきっと、僕のことを尾行してたんだ。でなければ、こんな坂道を登ろうなんて思うはずがないし、この広い街で偶然出会うはずがない。尾行の理由が、僕が行方をくらまさないように見張るためなのか、純粋に僕の身を案じて追いかけてきたのか、定かではないけれど。いずれにせよ、異世界に残るか、向こうの世界に帰るかの回答は、まず一番に玲衣亜に伝えるべきだよね。



 すぐ目の前を歩いているはずの玲衣亜の背中が遠いわ。なんて声を掛けたらいいのか判らない。愚図々々してたら、もう街中に来ちゃったね。人並みを縫うように歩いていると、いま通り過ぎた人と玲衣亜とがまるで同じ他人のように思えてくる。もう見失いそうだよ。



 五時を過ぎたからだろう。昼どきも往来までごった返していた居酒屋にはさらに人が溢れ返り、荒々しくも楽しげな喧噪を周囲に撒き散らしている。

「玲衣亜ッ。」

 僕はそれを見て、ついに玲衣亜を呼んだ。

「ちょっとだけ、この居酒屋で飲んでいかない?」

 玲衣亜が怪訝な表情を見せる。明らかに時間を気にしているといったふう。

「少し、話がしたいんだけど。一杯だけだから。」

 お願いッ。いま、伝えたいんだよ。

「いいよ。人もたくさん入ってるみたいだし、いいお店なんだろうから。」

 承諾はしてくれたものの、玲衣亜の口調はとても静かなものだった。



 濛々(もうもう)と紫煙が漂う店内。

 僕たちは文字どおり、群がっている人たちを掻き分けてカウンターへ進む。

「ウイスキーを二杯。」

 グラスを受け取り、僕たちは壁際まで行って壁に背を預けた。グラスの一つを玲衣亜に渡す。

「話って?」

 玲衣亜がグラスを傾ける。僕も景気づけにウイスキーを一口飲む。横目で玲衣亜の方を見てみると、彼女は一息にウイスキーを飲み干していた。

 ブフッ。はあ? マジで?

 思わず口に含んだウイスキーを吹き出してしまった。吹き出した先には、汚れた作業着姿の男。

「すいません、すいません。」

 僕は咄嗟にグラスを足元に置いて、謝りながら、持参の手拭いで男の衣服を拭く。怒っているのだが、それをどんな形で発散させればいいか決めかねている様子の男の目。男の連れであろう人たちには笑う者もあれば男に同調して僕を睨む者もある。

 罵られるか、暴力か、恐喝か? 僕はヒヤヒヤしながら、ひたすら男の衣服を拭く。

「すいません、一杯奢るから、勘弁してもらえないでしょうか?」

 男はうんともすんとも言わない。とりあえず、カウンターまで行ってウイスキーを一杯買う。男にグラスを渡すと、男は黙ってそれを口に含み、喉を鳴らす。そして最後の一口。男はウイスキーを僕の顔に思いッ切り吹きかけた。くぅ~、目に沁みるッ。さっきまで男の衣服を拭いていた手拭いで顔を拭く。

「これでなかったことにしてやらぁ。」

「そうですね。これで、おあいこだ。」

 僕が答えると、男はそれ以上なにも言わず、舌打ちをして居酒屋を出ていった。玲衣亜はそんな情けない一幕を見て呆れているようだった。

「私にももう一杯。」

 玲衣亜がそう言って空いたグラスを二つ差し出してくる。

「ええ? これ僕の分じゃんッ?」

「知らないよ?」

 店に入って、初めて微笑む玲衣亜。

 僕は改めてウイスキーを二杯注文した。



「で、話なんだけど。」

 改めて切り出す。

「簡潔にお願いします。」

 なんだか玲衣亜の態度が、いままで以上に素っ気ない。大方、向こうの世界に戻ることにしたとか告げられると思っているんだろう。僕はこのあとの玲衣亜の反応に少し期待しながら言った。

「僕、この世界にいるよ。」

「ホントに?」

「うん、本当に。」

 そう言うと、玲衣亜はさっと顔を僕から背けた。

「玲衣亜?」

 しばらくして、玲衣亜が僕の方を見た。玲衣亜の口角はやや上がり、プルプルと引きつっている。

「私、こう見えて……どう見える?」

「え? 呑ん兵衛?」

「もうッ。違うよッ。いや、靖がそう言ってくれて、ちょっと嬉しいんだッ。」

「ちょっと?」

「そう、ちょ~ッとッ。」

 玲衣亜は眉間に皺を寄せつつも満面の笑みを浮かべて、親指と人差し指で輪を作って、ちょっと具合を示した。それは、ちょっとっていうか、微塵もって感じだったけど。

 玲衣亜に失望されたくないからって考えが、一抹もなかったといえば嘘になるけど、なんだろう。この好きな人に告白したときのような、胸が弾む感覚。

異世界に対しての楽しみと不安、緊張感、ちゃんと玲衣亜に最初に伝えることができたっていう達成感。いろんな思いが、僕の感情を昂らせた。決めてしまって、ほっとしたっていうのもある。

 店内の色が鮮やかになった。

 音が軽やかに聞こえるようになった。

 矢鱈めったら、ドキドキする。



 そうして、大切なことを思い出した。

 時計に目をやる。すでに時刻は六時〇〇分ッ。

「ヤバいッ。」

「何時なん?」

「もう一時間も過ぎてるんだけど。」

「はは、大丈夫だよ。言ったじゃん、少しくらい遅れても平気だって。」

「玲衣亜の少しってどれくらいよ?」

「まあ、私はおおらかな方ですから?」

「つまりアテにならないってことかッ。」

「かもね。」

 玲衣亜がグラスを僕に手渡してくる。

「じゃあ、そのグラス戻しといてね。ごちそうさま~。」

 そう言うと玲衣亜は僕を残してそそくさと居酒屋をあとにした。

これで序章終りです。

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