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4-16(125) 家が直った

 てんさんの最近の体調とか、医者はなんと言っているのかと尋ねたりしながら、話が落ち着いたところで爺様が切り出す。

「じゃあ、れん。たまには二人でちょっと散歩にでも行こうか。」

 あ、私と天さんを二人きりにしてくれるのね?

「ああ?」

 こうさん、なんだか腑に落ちないといった調子で聞き返す。

「いい天気だし、散歩するには丁度いい気候じゃないか。」

「いやいや、そこじゃないんだよ。なにが悲しくて爺さんと連れ立って散歩しなきゃならないんだ?って話。こういう場合、ふつうは葵ちゃんと散歩ってなるんじゃない?」

「それは、蓮が爺だからさ。」

「爺二人でどこへ行くでもあるまい。天国にでも行くか?」

「お望みとあらば連れてってやるさ。ほら、行くぞ。」

「私は行かないよ。」

 ダメじゃん。

「ちょっと葵が蒼月そうげつさんに込み入った用事があるんだ。」

 そうだね。理由を伝えないと判ってもらえないっスよ。

「用事って?」

「込み入ってるんだから、話せるわけなかろう。」

「ふふ~ん、そんなだから葵ちゃんは爺キラーだって噂されるんだよ。」

 じ、爺キラーですとぉッ?

「は? 誰がそんなことを。」

「専ら私の中で話題になってるんだよ。」

 お前ん中だけか~いッ。

「ふん、くだらないこと言ってないで、判ったら行くぞ。」

「私は行かないよ。」

 そしてまた振り出しに戻る。なんだこりゃ?



 結局、爺様の努力の甲斐あって、二人は悪態を吐き合いながらも出かけていった。

「それで、込み入った用事ってのはなんだい?」

 うるさい二人がいなくなり、天さんがようやくか、といったふうに尋ねてくる。

「はい、こないだお見せした転移の術に関して、天さんのお考えを伺いたく思いまして。」

「ああ、……爺さんからはどこまで聞いてるのかな?」

「以前いた相楽さがらはじめという転移の術師は異世界との交流を推し進めようとした罪により処刑されたと、聞いています。」

「ほかには?」

「ほかは特に。ただ、転移の術を使えることを人に教えるな、術を使うところを誰にも見られてはいけないとだけ。」

「うむ……。」

「天さん、私が転移の術を使ったのを見てすごく驚いていたようでしたから、あのときは正直、もうダメだと思いました。なのに、天さんは誰にも私のことを話さず、ずっと黙ってくれてますよね? 黙ってるっていうのが、即ち、セント・ラルリーグで転移の術を使えることが白日の下に晒されるとマズい、という証明だと思うんですが、では、なんで黙ってくれているのかなって。」

 天さん、腕組みしたまま、まるで置物のようにピクリとも動かない。しばらくして顎がモゴモゴと運動を始める。もうすぐ声が発せられるんだろう。そして、その言葉はたぶん、とても言い難い内容なんだ。こうした挙動に接すると天さんも本当に衰弱したものだと思う。元から爺さんだったけれど、以前はここまでじゃなかった。

「葵さんは一とは違うからね。」

 え? そんだけ?

「それに、命の恩人を裏切るような真似はさすがにしないよ。」

「そういうことでしたか。ありがとうございます。」

 “裏切る”って言葉が耳に痛い。なにしろ私と爺様は私が転移の術を使ってみせるまでは天さんを騙していたのだから。

「少し、相楽一の話をしようか。」

 天さんが唐突に一ちゃんの話題に触れたので、私は黙って拝聴することにした。



 相楽一は天才肌の大酒飲み。深酒で酔ったところ、気づけば別の世界にいた、というのが異世界への第一歩だったらしい。当時、一ちゃんが行方不明になったことがあり、消息が途絶えて数年後、爺様に召喚されて帰還した一ちゃんが異世界に行っていたと証言。そこから一ちゃんと爺様による異世界の調査が始まったという。だけど、ある時期、問題が生じたために異世界の調査は凍結される。これはおそらく爺様も話していた異世界人との間で起きた争いのことだろう。で、凍結決定後も一ちゃんは調査を続けるため、改めて異世界調査チームを作ろうとしていた。とはいえ、爺様の協力がなければ異世界へ行きたくとも行けまいと議会はタカを括っており、しばらく一ちゃんの不穏な動きも黙認していたらしい。ところが、しばらくして異世界とこちらを何者かが行き来している痕跡が発見される。そこで一ちゃんに尋ねたところ、馬鹿正直に異世界行きの事実を認めたうえに、議会の再三に渡る注意を受け入れないものだから処刑が決まったと。

 大変だったのは処刑が決まってからで、一ちゃんも転移の術で逃げるから、捕えるまでに一苦労したみたい。

「こないだ、葵さんに助けられたときのことだけどね。葵さん、今度は私のことも処刑しますかって捨て台詞吐いて飛んでったでしょう。あの姿が一とダブってしまって。ホントに驚いたよ。アイツも逃げるときに、処刑できるものならしてみなよって、挑発して飛んでったから。おお、同じだって。」

「わ、私は特に、挑発したつもりはなくて……。」

 笑みを浮かべて愉快気に話す天さん。自分がどんな顔して逃げたかなんて、覚えていない。ただ、一ちゃんと私の姿をダブらせるなんて、女性に対して失礼じゃないかなっていう。

 それに天さん、驚いたと言ったけど、たぶん驚いたのはデジャブのせいだけじゃなくって、それは同時に爺様に嘘を吐かれていた事実が発覚した瞬間でもあったから……じゃないかな? ま、実際のとこは判んないけどね。

「あ、思い出した。あのときどこかの家を壊したような気がするんだが。」

「ええ、そうですね。」

「そうか、そうだよな。被害はどれほどあったか判るかな?」

「物損だけですからね。取り返しがつかないってことはありませんので、ご安心ください。」

「ふう、人が巻き込まれなかったのは不幸中の幸いだな。」

「ですが、住人は住む家がなくなり途方に暮れています。つきましては、修繕までの面倒を見ていただければ嬉しいのですが。」

 それから家の修繕に関する事務的な話をして、気がつけば結構いい時間になっていた。なのに、まだ爺様と黄さんは戻らない。二人が戻ってくるかどうかも知れない二人を待ってもいられないので、用が済んだところで私は天さんの屋敷を辞した。



 梅の花が芽吹き始めたころ、家の修繕が完了した。

「じゃあ、いままでお世話になりました。またちょくちょく来ると思うけど。」

「ああ、今日が出立の日だったな。ん、お茶入れてやるからちょっとそこ座りな。」

「うん?」

 爺様の家から出て行こうとした矢先、爺様に呼び止められる。

「紅茶でよかったんだっけかぁ?」

 炊事場の方から爺様の声が届くと、とりあえず私もリビングから大きな声で「うーんッ」と叫ぶ。なんか変に気を遣われてるみたいで怖いわ。どんな話をされるんだろ?

 リビングで爺様が用意した紅茶を啜る。ちょっと濃いけど、美味しッ。

「葵、いまなんぼになったんだっけ?」

「え? 孫の歳も覚えてないの?」

「いちいち覚えてられるかよ。」

「二十二よッ。」

「じゃあ、今年二十三かぁ。」

「先月二十二になったばかりなんですが。」

「そうか。そろそろいい歳なんだから、いい男がいたら捕まえとけよ。」

「うっさ。」

「ふ、うるさく聞こえるかもしれんが、年寄りの言うことはよく聞いときな。葵がオレや親父のようならなんも言わないんだが、母親が一般人だからな。」

「判ってるよ。」

「判ってんならいいんだ。」

「で、話はそんだけ?」

 で、そのあとも異世界に遊びに行くのはいいけど虎さんたちとはあまり関わるなだとか、異世界へ行くとき以外は転移の術をできるかぎり使用するなだとか、ありがたい小言をいくつか頂戴した。

「悪いな。孫の歳も覚えちゃいない爺だが、一応、孫の心配はしてるんだぜ?」

「うん、それも判ってる。」

「それじゃあ、気をつけて帰れよ。」

「あら、気をつけるもなにも、転移してくんだから怪我しようがないわよ。」

「お前、言ったそばからいきなり術使うのか?」

 あ……。

「ごめんごめん、こっちで使うのはこの一回切りだから、ね? 今回だけは見逃してッ。」

「はあ。オレが言った意味が判ってないようだな。」

 やば、爺様が怒り始めていらっしゃるッ。

「じゃ、じゃあ。もう行くからッ。」

 バタンッ。

 玄関ドアを出るが早いか、すぐにテイルラントの家まで転移する。

 ルームトゥルームなら安全だと思うんだけどなぁ。爺様には判ってもらえそうにないけど。

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