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4-15(124) 今後について

 朝、とらさん屋敷からそう遠くない藪の中に爺様から召喚された。私ったら転移の術でいろんなとこに行ったり来たりするもんだから、連れの帰りの便のことをよく忘れちゃうんだよね。で、虎さんたちにはもう挨拶は済ませたのか聞かれたから、ありのまま、さんに言伝を頼んだと話す。

「それで、みんなはなにか言ってた?」

 寝起きのまま虎さん屋敷で召喚してもよさそうなものなのに、あえて人気のない藪まで来てから、というのが気になる。もしかすると私が痴女だのなんだのって噂を立てられているかもしれない。だとしたら、もう虎さんたちに会わせる顔がないよ。

「ああ、玲衣亜が気分が悪くなったからそれを葵が介抱してたら葵も気分が悪くなったから先に帰ったと……。」

「おお、おお。なるほど?」

「伊左美と靖さんはそう言ってたが、なにも悪さはしてないだろうな?」

「悪さなんてしてないよ。」

 さん、やすしさん、ありがと。アオとはあとでお話しなきゃね。



 そんなこんなで、一応、私も爺様も肩の荷が一つ下りた感じ。一つだけで、全部じゃない。今後の課題は天さんとお話することと、トーマスさんを鍛えること。ほかに、私の住まいと仕事探し。

 町長さんに別れを告げて以来町には戻っていないけれど、どういう状況になってるんだろう? ちょっと戻るのが怖い。だけど、これからどこで暮らすにせよ、一度テイルラント市の家の様子は確認しておいた方がいいと爺様は言う。テイルラント城での合戦が終わり戦況が好転してからというもの、町の再建のために多くの人足がテイルラント市に集まってきているらしいのだけど、その人たちにかかれば元々誰それの土地だった荒れ地を知らぬ顔で自分のモノにしてしまうことなど朝飯前だっていう。だから注意する必要があると、こういうことらしい。今日が一月六日で、合戦から数えると一ヶ月と二週間弱経ってるから、そう悠長には構えていられないかもしれない。ほらッ、こうしてまた一つ肩の荷が増えたッ。

「でも今日はいいわ。今日はなにもしない。昨日一昨日で三年分くらい疲れちゃったから。」

 言いながら紅茶を啜る。爺様の家に爺様と私だけがいて、ゆったりとした時間が流れている。テーブルの上には小説を開いている。ページに目を通してみたり、考えごとをしてみたり、昨日までの出来事を回想してみたり。これまでの日常ともちょっと違って、なんか変な感じ。異世界のゴタゴタがあって爺様との距離が縮まったなぁと思う。父さんは相変わらず私をほっぽってどっか行ってるし。ああ、トーマスさんを父さんから解放しなきゃ。鍛える云々以前に問題があるわね。なにから手を着けなきゃいけないかメモしとこうかしらん? まずは生活の基盤作りが最優先だけれど。前みたいに単身気ままに暮らすか、改めて話す機会の多くなった爺様のとこに転がり込むか、それとも自由奔放な父さんと共に暮らすか……いずれにせよ、テイルラント市の家を見て来なきゃ始まらないか。

 といっても、今日は爺様の家から出ないけど。今日は誰にも会わないわ。



 翌日、テイルラント市の家を見に行ってみた。パッと見、町全体の様子は以前と変わらず、なぜか半壊の私の家だけ雨風にやられてしまって廃屋としての格を上げていた。しばらくしたら自然と同化しそう。そんなことを思いながらシケた家を眺めていると、近所のおばちゃんに見つかって家に招かれてしまった。家にはおじちゃんと孫もいた。息子夫婦は街の方へ行商に行っていて留守みたい。

「ウチはおかげさまでみんな無事でいるけどねぇ、こないだの戦でたくさんの人が討ち死にしちまったんだよ。与一さんとか兵ちゃんとこの息子さんとか、数え上げたらキリがないんだから。」

 おばちゃんからの近況報告。まず知らされたのは戦死者の多さ。町の男手の大部分がやられてしまって、いま、町は深刻な後継者不足に陥っているらしい。市への問題提起により養子縁組斡旋策が検討されているようだが、町としてはもう一歩踏み込んで、国を挙げての一大プロジェクトであるテイルラント市再開発事業費の一部でも引っ張れないかとがんばってるみたい。ちょっと卑しい気がしないでもないけど、悲しみに泣き暮らすよりはイイかな。あと、「葵ちゃんも早くいい人を見つけて、町に引っ張ってきなさいよ」って、勘弁してよねッ。早かろうが遅かろうが、どうでもいいでしょッ。

 戦時に町を離れていた私はすでに余所者になってしまったんじゃなかろうかと、一時は気を揉んでいたのだけれど、おばちゃんと話すうちにそんな不安もなくなり、本腰入れて家の修繕に向けて動こうかという気になった。

 国境を挟んでの戦が連邦をテイルラント城付近まで誘き寄せるための陽動戦だったことは話さないでおく。町のみんなが知ってるのか知らないのか、知らないけど……知らないなら、知らないままの方がいいよね。短期決着のための生贄にされたなんてさ。

 配送業の方はといえば、戦前よりも物量は増えているとのことだけど、肝心の馬がないから、すぐに再開というわけにもいかない。細々としたことまで考えると、少々面倒臭くなる。周りのみんなの方が激動だったからつい気にならなかったけど、私も結構いろいろと失ってしまっている。その代わり爺様が身近になり、父さんの居場所も掴めて……また見失って……、アオもいて、って得たものも多いか。



 これまでの生活に戻るんだ。適度に仕事をしながら時折り異世界に遊びに行くっていう感じの、悠々自適な生活。これからはアオもいる。トーマスさんは……ふだんは父さんに預かってもらって、日時を決めて特訓みたいな感じが一番世話なくていいかしら? まだ特訓といっても、なにするかも決めてないし。なんかこう考えてみると、チーム靖と一緒にいたころほどではないにせよ、これはこれで刺激がありそうでいいんじゃないかな。爺様も特に私が町に戻ることに対して反対はしなかった。元々放任主義だったからね。父さんはきっと爺様に似たんだわ。放任主義というか、もうほとんど放ったらかしになってるけれど。



 その日の晩に行方不明になっている父さんを爺様に召喚してもらい、これからのことを話した。父さんはいまは元連邦側の町だった地域で小役人みたいなことをして働いてるらしい。

「自由気ままにあっちこっち行けて羨ましいわ」と嫌味を言えば、「なに言ってるんだ? 葵に紐で繋がれてないだけで、父さんは父さんでいろんなところから紐で繋がれてるんだ。自由なんかじゃないさ」と。「なるほど」と理解を示すと、「安心しろ。父さんと葵は紐で繋がっちゃいないが、血で繋がってるから大丈夫」と冗談染みたことを言う。なにが大丈夫なんだか。ちょっと呆れたので、遠くの親戚より近くの他人って言葉を教えてあげると、「父さん泣きそう」と泣き真似してた。果たして父さんと真面目な親子の会話をできる日は来るんだろうか? ていうか、父さんはどんな性格してんだろう? あまり関わり合いになりそうにないから、元気でいてくれればそれだけでいいんだけどね。



 今後の方針も決まり、粗方事務的な作業も終えたところで、最後にして最大の難関。天さんとの話し合いをなんとかせねば。これが一番気不味いが、避けては通れぬッ。

 天さんに転移の術を披露してから一度、爺様と共に謝罪に行ったことがある。そのときはあまりこの問題を掘り下げて話すことができなかった。その帰りに、転移の術を披露した当時の状況を爺様に話したところ、滅法叱られて泣いちゃったっけな。天さんが衰弱した責任の一端は私にあるかもしれないと、爺様は言うんだ。

 そのへんも気になるしね。天さんとは話しときたいんだ。

 天さん、病床に伏せってる状態だから、きちんとアポも取って、日取りを決める。少年Aに取り次ぐと、翌日どうぞってことになった。私のアポが死神の来訪みたいに天さんに受け止められてなければいいんだけど。考え過ぎか? もう、爺様が余計なことを言うからッ。

 で、翌日天さんを訪ねてみてビックリッ。天さんの部屋に私の天敵、黄さんがいるじゃないかッ。なんで黄さんがいるんだよぉッ。少年Aの襟首捻り上げて詰問しなきゃッ。こういうのをダブルブッキングって言うんじゃねえのかよって。

「やあ、今日はお見舞いですかな?」

 ですかな? じゃないしッ。

「こんにちはぁ。ええ、お酒と桃を持ってきましたので、お加減だけどんな具合か見られれば、すぐお暇しますんで。」

「おう、今日は日が悪かったなぁ。」

 爺様も唸っている。

「日が悪いとはどういうことさ? いや、蒼月そうげつさんの前だ。今日は諍いはやめとこう。」

「ふん、れんも大人になったじゃないか。」

 なにやら大人な対応の黄さん。

「蓮殿、ご無沙汰しております。」

「ああ、アオ。久しいな。元気にしてたかい?」

「はい、おかげさまで。」

 アオが畏まって挨拶している。私との態度の差は一体なんなのッ?

 黄さんとの挨拶を済ませると、いよいよ天さんに挨拶する。

「こんにちは。本日はお時間を割いていただき、ありがとうございます。」

「ふ、暇を持て余してるんだ。気にしなくてもいいよ。」

 うう、今日は本題を切り出すのやめとこうかしら?

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