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4-14(123) 葵ちゃんご乱心⑤ (R15)

R15

とりあえずこれでご乱心終了です

 私が一生懸命がんばっているところへ、近づいてくる人の気配。

 ギシギシと床板を踏み鳴らしながら、なにやら話している。

「……まさか葵ちゃんがを襲うとか。逆ならありそうだけど。」

「逆はないさ。なにしろ玲衣亜には動機がないッ。」

「それを言ったら葵ちゃんにも動機がないじゃん?」

「いや、葵ちゃんは玲衣亜のことを慕ってたし、もしかすると秘めた思いとかあったのかもしれないじゃん。」

「でもホントだったら凄いよね。僕だったら返り討ちに遭うのが目に見えてるから、怖くて襲えないね。」

 やすしさんにさんだわ。私のことを喋ってる。襲うとか……アオかッ。姿がないと思ってたら、私と玲衣亜さんのことを覗いてたのねッ? それで靖さんと伊左美さんに玲衣亜さんの救出を要請した……と、そんなとこだろうか。アオめッ、人の気持ちなんて判りもしない妖精のくせしてッ、告げ口とはやってくれるじゃない? 二人がわざとらしい大声で喋ってくれてるのは、おそらく様子を見に来たことを私に知らせるための優しさに違いない。私も凶行に及んでる現場を目撃されては、もう生きてけないだろうし。

「あ、ヤバい。」

「どうしたんだ? 急に座り込んで。」

「僕、戦線離脱します。もう立てません。」

「なに訳判らんこと言ってんだよ。ほら立って、行くよッ。」

「いや、もうってるんですけどね。」

「え? 座ってんじゃん。」

「伊左美ぃ、男なら察しておくれ。あんまりアオが襲う襲うって言うもんだから、つい想像しちゃったら、ね?」

「マジか? っつうか、おくれってなんだよ。」

 またあの二人が変なこと言ってる。

 でも、どうしよう? そうだ、温泉へ行こうッ。



 夜中のなんもない温泉。月明かりが濡れた岩場をテラテラと照らし、真っ白な湯気が勢いよく温泉から立ち昇っている。チャポチャポと水面の揺れる音。ササァと木々が風に揺れれば、オオーンという物悲しい犬の遠吠えが山一帯に木霊する。さっきまでとは雰囲気が一変。山奥の只中に私と玲衣亜さん二人きり。頭上には満点の星空。



 今夜はこの星空を私と玲衣亜さんで独り占めだ♪



 早く、早く脱がなきゃッ。

「玲衣亜さん、寒いでしょうから温泉に浸かっててください。」

 肩を貸して玲衣亜さんを湯船に案内して、その傍らで衣服を脱ぎ去る。脱衣所なんて必要ないんだ。裸になると、月明かりの下の解放感に心が震える。なんて清々しいんだろうッ。まるで人としてのあらゆる束縛から解き放たれて、一匹の獣になった気分だ。さあ、私の可愛い可愛い玲衣亜さん……イチャイチャしましょ♪



 チャポッ……静かに湯船に足を踏み入れ、玲衣亜さんに肩を寄せる。

「私も裸になりました。」

「温泉だからね。」

 あら? 態度が軟化してない?

「み、見てくれます?」

「さっき見たし。」

 つ、冷たいッ。

「じゃあ、触ってくださいッ。」

 バシャッ。

 玲衣亜さんの手がまだ動かしづらいことを想定して、私の方から玲衣亜さんに抱きつく。

「あ、葵ちゃん……。」

 玲衣亜さんの腋の下に腕を滑り込ませて、背中を引き寄せる。

 玲衣亜さんの滑らかな肌が私の肌に吸い付くみたい。擦り付けるように腰を上下に動かすと、なんだか敏感なところも含めて気持ちイイッ。全身で玲衣亜さんを感じてるって感じッ。手なんて所詮モノを掴んだりするためだけの部位だった? 手はふだんからいろんな場面で酷使されちゃってるから、すっかり逞しくなっちゃって、なんにも感じられないんだものッ。手じゃダメッ。感じるのは手じゃなくて、身体なんだッ。この全身に伝わる感覚を味わってしまうと、もうほかの行為じゃ満足できないッ。ぎゅうぅってしたいッ。もっともっとぎゅうぅってしたいのに、右手がないじゃんッ。馬鹿野郎、お前、やっぱり手は必要じゃないかッ。

 そんなことを思いながらも、抱き締めてからというもの、私は玲衣亜さんの首筋や耳を舐めたり吸ったりしっぱなし。願わくばずっとこうしていたい。

「玲衣亜さん、ここには正真正銘、誰もいません。万が一にも人の目に触れるってことはないんです。後生ですから、今夜ばかりは、今夜だけは……。」

 一体、なにをお願いしようというんだ? 私のモノに? 私と付き合って? 愛してください? 違う違うッ、いまのこの状況は私が強引に導いたもので、玲衣亜さんの気持ちは蚊帳の外だったからね。いまさら愛し合うなんて実現しないんだから……。

「なによ?」

「え?」

「だから今夜だけはって……なんなん?」

 ちょっと、考えるけど、玲衣亜さんの気を惹ける回答なんてすぐに浮かばない。

「玲衣亜さん。」

「ん?」

「今夜だけは、ですね、私に、あなたを、愛させてください。」

 ちょっと緊張で声が震えがちだし上擦ってる。若干弱気になってきてるのは酔いが醒めてきたからッ? これも温泉の効能? 発汗作用って奴? はッ……玲衣亜さんはッ?

 バシャッ。

 水面が跳ねる音と共に、きつく抱き締められる。玲衣亜さんのMr.の効果もいつのまにか切れてたみたい。くぅ、苦しいッ。このままベアハッグで事切れるのか。この体勢じゃあ、転移の術も意味がない。

「……いいよ。」

 耳元に玲衣亜さんの吐息がかかる。すごくくすぐったくてジ~ンと痺れが身体中を駆け巡るみたい。って、んッ?

「今夜だけは、私が愛してあげる♪」

 おおおッ? このベアハッグってそういうことだったんですかッ? これまで私がどんなにがんばっても到達し得なかった密着感。ぎゅうぅってのはこういうのをいうんだッ。切なくなるほど圧迫されてる。玲衣亜さんが本気で抱き締めてくれてるッ。もう昇天しそうッ。いろんな意味で。

「ちょ、ちょっと、苦しいです。」

「あら、ごめんね。」

 絡められてた腕の力が弱まり、ようやく玲衣亜さんの顔を真正面から見据える。

 私のことを愛してくれると言った玲衣亜さんの顔。とらさん屋敷での鬼の形相が嘘のように霧散して、そこには微笑みを湛えた女神が。

「き、キス、したいです……。」

「うん。」

「舌、入れますよ?」

「う、うん。」

 玲衣亜さんの唇にそっと触れて、ゆっくりと舌を入れる。玲衣亜さんの舌が私の舌を舐めるようにチロチロと動いてる。柔こい。クチュクチュ鳴る音、熱い吐息、短く漏れる声……すべてが私を感じさせてくれる。ようやく玲衣亜さんに受け入れられた。ああッ、アタマがとろけそうッ。玲衣亜さんッ。好き、大好きッ。



 なんやかんやあって、いまは星空を鑑賞中です。玲衣亜さんの心変わりは、山の冷気に触れて冷静になると同時にいろいろ思うところがあったから、ということらしい。なかなか人に伝える気のない回答だったけれど、その言葉からアレコレ玲衣亜さんの考えを読み解くのはやめておく。どんな思いの下であれ、結局は行動がすべてだから。今日という日を私は嬉しく思う。



 お別れのときが刻一刻と近づいてるけど、ケリ着けるのは自分だからね。夜の間は二人の時間……なんて気がしないでもないけど、朝帰りはさすがに玲衣亜さんに申し訳ないし。

「じゃあ、そろそろ行きますか?」

 この言葉ってときどき言いづらいんだよね。いや、よく考えたらいっつも言いづらいか? 名残惜しいときも、さっさと撤収したいときも。

「え? じゃあ、行ってきて。」

 はい?

「服がないし、部屋の様子も判らないしさ。」

 それもそうか。部屋の中にみんなが集まって玲衣亜さんの捜索会議を開いてる可能性もあるもんねッ。というわけで、私一人で屋敷の様子を伺い、玲衣亜さんの衣服も取ってきました。屋敷へ戻る準備も整ったところで、お別れを告げる。

「あら、なんか一生会えないみたいな言い方ね。またいつかどこかで会うでしょ?」

 私の言い方があんまり大仰だったからか、玲衣亜さんちょっと呆れ気味。とほほ。玲衣亜さんは人並み外れてるからね。これはしようがない。

「ええ、また何年後かに会うこともあるかもしれません。でも、知ってます? 私、一年経つ度に一つずつ歳取るんです。」

「知ってる。私も。」

「ふッ、なに言ってんだろ? 私。」

「ね。」

「いえ、違うんです。そうじゃなくって、私はどんどんおばさんになってくわけで。なのに、玲衣亜さんはずっとそのまんまじゃないですか。」

「え、そうなん?」

「私の母が一般人で、五十四で他界してるんです。だから私も、そんな感じです。」

「そっか。じいじ見てたから全然気づかなかったわ。」

「正直、自分だけ歳取ってから会うのはキツイですよ。」

「うう~ん。」

 今日のことがなければ、そんなふうには思わなかったかもしれないけれど。

「だから、たぶんこれでお別れです。」

「寂しくなるね。」

 玲衣亜さんに最後にお礼を言ってから、玲衣亜さんの部屋に転移した。



 暗がりの部屋の中、玲衣亜さんが敷いてあった蒲団の上に移動する。正座して、掛け布団を肩にかけた玲衣亜さんが立ち姿の私を見上げている。それじゃ……と言おうとしたとき、「葵ちゃん、葵ちゃん」と玲衣亜さんがコソコソ声で手招きする。近づいて「なんですか?」と尋ねるが早いか、玲衣亜さんにキスされた。

「私も葵ちゃんのことは好きだよ。葵ちゃんが歳を取ったって、それは変わらないからね。」

 嘘だと思いながらも、たぶん私の思ってることと玲衣亜さんの思ってることが違うんだと思いながらも、そう言われるとやっぱり嬉しい。

「ありがとうございます。」

「じゃあ、元気でね。」

「玲衣亜さんも、お元気で。」

 手を振る玲衣亜さんに手を振り返して、玲衣亜さんの部屋をあとにした。



 夜中だからどこへというアテもなく、気づけばなんもない温泉に戻ってきていた。一人で来ると改めて思う。ホントになにもないなって。さっきまでの幸せが嘘のよう。温泉に浸かって、夜明けを迎える。ホントに終わったんだって気がした。

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