4-12(121) 葵ちゃんご乱心③
夜の宴会は庭先でバーベキュー。
食材はいろいろあったけどなにをどう手を付けていいか判らないから、とりあえず焼いとけぇッ、ってことになったらしい。料理を提供するタイミングとか考えると、無難な選択かもしれない。なんやかんやで近所の人たちも結構いらしてて、首尾は上々。これだけ人が集まっていれば、各人の注意も分散するだろう。
庭の中ほどに組まれた薪の巨大な炎を囲むように、調理用の金網と木製の簡易ベンチを並べて、それぞれお酒を片手にとりあえず本日のお酒に乾杯ッ……って、なに言ってんの虎さん? 乾杯の音頭ってそんなんだったっけ?
私が目を白黒させていると、隣の伊左美さんが「今日はご近所さんもいるからね」と答えてくれた。うん、だから異世界人二名を救出したことを祝って、とかは言えないと思うけど、いや、それにしてもでしょ。
「いいんだよ、お酒はみんなの命の源なんだから。」
え、なんて? 玲衣亜さんもときどき変なこと言うよね。
パラパラとMr.うまっ粉を串に振りかけてみる。うん、美味しいッ。異世界から様々な香辛料を見繕ってきたから、それだけで申し分ないバーベキューを楽しめているのだけれど、Mr.をかけるとまた違った風味がしていいんじゃない? ほろ酔いの勢いで玲衣亜さんと伊左美さんの串にも許可なくMr.を振りかける。
「なんなんそれ?」
「振りかけるとそれだけでなんでも美味しくなる魔法の粉です。」
「マジで?……お、おん。うまぁなった。」
「でしょ?」
「うん、それなんなん?」
「異世界でいま流行りの調味料ですよ。」
「そんなんあったんだね。知らなかったわ。」
「ま、流通し始めたの最近みたいですから。じゃあ、ご近所の人たちの分にも振りかけてきますねッ。」
まずはみんなにMr.は調味料だって印象付ける。みんなに試食してもらったところ好評で、危うく小瓶が空になるとこだった。まだどうするか決めてないけど、少しは残しとかなきゃね。
いい具合に酔ってきた人たちもチラホラいて宴会は相変わらずの賑わい。中央の炎を囲んで談笑したり、家から持ってきたっていうさつま芋を焼き始めたり、みんな勝手に行動している。そうそう、適当に各自で楽しくやっててね。
私は私で、そんな賑わいの輪から少々離れて、ちょっと自分のお酒にMr.を入れてみる。ほんの少し。味の変化を知るために、極少量のお酒に。お酒の香りが強過ぎるのか、あんまり味は変わらない。これはこれで隠し入れるには好都合か。あ、ちょっと目眩が……。危ない危ない、試飲で私が昏倒するとこだったわ。
「あら、お酒にも合うの? それ。」
ッッ、ビックリしたなぁもうッ。玲衣亜さんか……って、ええッ? 一番見咎められてはならぬ人物にッ。なんてこったッ。
「う、ううん、まずは試しにってんで少量しか入れてないから、あんまり判んないですね。」
「貸して。」
玲衣亜さんに小瓶を手渡す。まさかこの人はお酒に調味料を入れるのか……。もしかすると果実とか入れるのと同じ感覚なのかも。って、ええッ? なにそんな入れてんのッ? 馬鹿なのッ? 死ぬのッ? いや、マジでッ。玲衣亜さんが杯を傾ける。ゴクゴクと喉が鳴る。一体一息でどれほど飲むつもりなんだろう?
「玲衣亜さんッ、玲衣亜さんッ。」
危険な予感がして呼び止める。
「はい?」
「どんな味になりました?」
「いや、あんま変わんないね。お酒の香りが強いせいかしら?」
あ、私も同意見ですぅ……じゃないッ。
「ちょっと貰ってもいいですか?」
「いいよ。」
玲衣亜さんから杯を受け取って一安心。これ全部飲み干したらホントに昏倒して終わっちゃいそう。それじゃ意味を為さないんだよね。とりあえず手が滑った演技と共に危険なお酒とはバイバイして、玲衣亜さんの様子を見守る。ドキドキ。あ、玲衣亜さんが珍しく項垂れてる。
「玲衣亜さん、大丈夫ですか?」
声をかけてみる。
「ああ、葵ちゃん。私もうダメみたい。」
は?
「なに言ってんですかッ。」
冗談っぽく返してみる。
「お酒でこんな感じになったの初めて。……なんか、ヤバいわぁ。」
「どんな感じにヤバいんですか? 頭がガンガンするとか、おなかがウニョウニョするとか……。」
「世界が回ってる。」
「天動説的な?」
「酔った的な。」
地面に視線を落したまま答える玲衣亜さん。効いてる? これ、Mr.が効いてんだよね? 効き過ぎも困るんだけどッ。
「じゃあ、ちょっと休みましょう。」
玲衣亜さんに肩を貸して、屋敷の奥へ引っ込む。歩いている間も、心臓がバクバク鳴っててこっちもヤバい。
玲衣亜さんの部屋。布団を敷いて、いつでも横になれるように準備して、と。壁に背をもたれかけて、ちょこんと座った玲衣亜さん。
「ちょっと待っててください。水を持ってきますね。」
一声かけてから部屋を出て襖を閉める。
ピシャリッ。
ほおおおおッ、これはッ、神がくれた千載一遇のチャンスだッ。まさか私が手を汚すまでもなく相手の方から術中に嵌ってくれるなんてッ。でも待って、玲衣亜さんがあんなだからって、どうしようというの? 廊下を歩きながら、興奮と冷静が脳内で議論し始める。だけど、昂っている気持ちを抑えられそうもない。今夜かぎりだし。もう、今夜しかないんだものッ。
水を飲ませてあげると、玲衣亜さんも少し落ち着いたみたい。でも、手足がなんだか言うことを聞かないっていう。なにそれ? 効果覿面じゃないですかやだぁ。
「手も足も動かないんですか?」
玲衣亜さんの手を握って尋ねながら、太ももにも手を伸ばす。手足の話がなければ、もう完全に怪しい人だよね、いまの私って。
「全然ってことはないけど、なんかね、よく判んない。」
「布団敷きましたけど……。」
「うん、ありがと。でも、まだこのままでいいわ。」
「結構キテるみたいですね。服、脱がしますね。」
「ごめんね。」
「いえ、いいんです。困ったときはお互い様じゃないですか。」
まだ、玲衣亜さんには疑われていない。そうとは気取られていない。だけど、そんなだからこれからの行為で玲衣亜さんがどう変わるかってのが怖かったり。
月明かりが射し込むだけの暗い部屋。
冬の分厚い上着とかを脱がせて、肌着一枚に。
「寒くないですか?」
「うん、大丈夫。」
「そうですか。」
蝋燭に火を灯す。
「ありがとう、葵ちゃん。もういいから、宴会に戻りな?」
「いえ、もうちょっとここにいますよ。」
「そう、悪いわね。」
できれば、よ、夜が明けるまで一緒にいたいんですけど……。どうでしょうッ?




