4-11(120) 葵ちゃんご乱心②
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Mr.うまッ粉はチョコット茸から抽出したエキスから作られた調味料。味付けはもとより、隠し味としても、出来上がった料理に振りかけてもヨシと宣伝されていて、小瓶一つの価格が五クーと高額ながら、謳い文句どおりの味と使い勝手の良さで、いま、異世界で流行している。台所のお供という家庭的なアイテムだけど、この商品には奇妙な噂があった。それは、お酒に混ぜて飲むと昏倒してしまう……というものだ。
そして、宴会。
料理に振りかければ、異世界の中でも最先端の味をみんなと分かち合えたり……たりたり。
ゴクリ。
改めて虎さん屋敷に転移する。
ごめんくださいと声をかけつつ建屋の中へ入り、虎さんたちを探してみるものの、誰一人いる気配がない。ん~、どっか行っちゃったかなぁ?
しばらく屋敷内をウロウロしていると、門の方から足音と話し声が聞こえてきた。どうやらみんなどこかへ出かけてたみたい。みんなと合流してなにしてたか尋ねてみたところ、食材の買い出しに行ったものの、先の戦の影響による供給不足のせいで結局なにも買えずに戻ってきたのだという。
「ほら、葵ちゃんもちょうどよく来たことだし、テイルラント城に行って食材をゲットしに行こうよ。」
靖さんが不穏なことを気軽な調子で言ってる。テイルラント城に食材?
その後の四人の会話から、テイルラント城に備蓄されている軍隊用の物資の中から食材を譲ってもらおうという算段だということが判った。最も、そう提案しているのは靖さんだけで、ほかの三人はその案に消極的だ。「軍隊の補給物資を一般人が買い付けるなんて話、聞いたことがない」って。靖さんとしては、どうせいまは現地調達に切り替わっているだろうから大丈夫、という見解らしいけど。
食材がないのは困る。でも、ここでウダウダしてても始まらない。となれば……。
「異世界で買えばいいんじゃないですか?」
二の句を継ぐまでもなくみんな納得したところで、爺様に事情を説明して異世界へゴーッ。
テキパキと食材……主に肉、肉、野菜なんかを買い漁りながら、虎さんにみんなで温泉へ行きたい旨を伝える。虎さんはさすがみんなのがんばりを労う宴会を主催した人物だけあって、概ね私の温泉ツアーの企画に賛同みたい。靖さん、玲衣亜さん、伊左美さんもこの企画を好意的に受け止めてくれている。だけど、宴会の準備がおろそかになってしまうことに虎さんが難色を示す。そうッ、その点をクリアしなければ私の温泉ツアーも実現しないことは織り込み済みだ。そこでおマツさんをはじめとするご近所のみなさんに準備を手伝ってもらってはどうかと提案してみる。手伝ってもらうだけでは悪いから、どうせなら手伝ってくれるみなさんも宴会に呼んじゃえッ、みたいな。すると虎さん、ちょっと渋い顔をしたけど一応お願いしてみてくれることに。
「じゃ、行ってくる。」
炊事場に荷物を下ろす私たちに告げる虎さん。その手には仙人の里饅頭が数箱提げられている。その饅頭って一般人用のお土産にしてもいいものだったのね?
「僕も一緒に頭下げに行こうか?」
靖さんが虎さんに言う。
「いや、私一人で行くよ。なにせ、すっごい頭下げるからね? ふだんから世話を焼いてくれる人たちだからこそ、頼むときは丁寧に頭を下げなきゃ嘘だよ。じゃないと、相手の好意につけ込んでるみたいでしょ?」
うう、ごめんなさい。虎さん。別に虎さんに頭を下げさせるために提案したんじゃないんですぅ。だからこそ宴会にも呼びましょって言ったわけだし。頼むのと招待するのはまた別な話なのかもしれないけども。
「頭が地面にめり込むくらい頭下げてくるからッ。もし明日、地面の底が抜けてたらそれ私だからッ。」
虎さん、最後に嫌味とも冗談ともつかないことを言って屋敷をあとにする。私が肩を竦めると、靖さんがニッと笑って首を振る。あんなの気にしなくていいよって感じに。私もその仕草に笑顔を向ける。
しばらくすると虎さんが四人の女性を引き連れて屋敷に戻ってきた。いつものおマツさんを筆頭に、おヒサさん、おタネさん、おフネさんのご近所の世話焼き婆さん揃い踏みといったところ。これほど協力な助っ人が集結したからには、温泉ツアーは催行でいいね?
「じゃ、みんなは温泉に行っておいで。私はここに残って宴会の準備を進めておくから。」
いざ温泉ッという段になって虎さんが居残りを宣言する。
「虎さんは行かないんですかッ?」
虎さんが来なきゃ来ないでいいんだけど、一応、ね?
「うん。おマツさんたちだけ残してみんなが外に出るわけにはいかないでしょ。」
「そうですか。なんか、申し訳なかったです。」
「いや、いいんだよ。今日の主役はキミらなんだから。私に気兼ねすることなくゆっくりしてくるといいよ。」
や、優しいんですけどッ。やっぱり虎さんは人間ができてるわね。
「そうよ。なかでも葵ちゃんと爺様は本日の特別ゲストなんだから、遠慮はいらないよ?」
と・く・べ・つ・ゲストだとおぉ? この私がッ。チーム靖の一員だったはずなのにッ、って、それも昔の話か。二年前、海に飛び込んだときから私はチーム靖から抜けたと、自分でも思ってたわけだし、いまも、今日の宴会を最後にみんなと距離を置こうと考えてるわけだけど、それはまだ誰にも言ってない。なのに、玲衣亜さんは勘付いてるってこと? 態度に出てたのかしらん? なんだろ? なにが原因か判らないけれど、温泉ツアーを目前にしながら、不意に寂しくなる。チーム靖の人たちとそうでない人って感じのラインが、さっきまで気に留めてもいなかったラインが私と玲衣亜さんの間に実は引かれていたっていう。
テンションダダ下がり……悲しいよ。
なんもない温泉。いや、名前がね、なんもない温泉なの。山の高台にあるこの温泉の周りは当然ながら山なわけで、なにもないっていうところから命名されたそうだけど、温泉に続く建屋や男湯、女湯の仕切り板以外なんにもないってとこから、名実ともにその名が定着したそうな。山の高台にあるし周辺に暮らす人もいないから、いつ寄っても貸し切り状態。でもね、なんもない温泉にも私の中では名物があるの。
ここの湯に浸かりながら見る日没と星空はほかのどんな場所で見るそれよりも美しいんだ。
「よくこんな鄙びた温泉知ってたわねぇ。」
玲衣亜さんが温泉周辺と建屋を見回しながら感嘆の溜め息を漏らしている。
「玲衣亜さんも知らない温泉を紹介できたなら嬉しいです。」
「ホントに誰もいないのね。」
「いえ、人はいませんけど、動物はいるかもしれませんよ?」
「え?」
「猿とか熊とか、ときどき出るっていう話もあるんで、気をつけてください。」
「葵ちゃんってときどき凄いことをサラッと言うよね。」
「ふふん、私の座右の銘は大胆不敵ですからッ。」
「いや、知らないけど。じゃあ、一応、仙八宝だけは持っといた方がいいかしら。」
「え? それって湯に入れても平気なんですか?」
「大丈夫よ。風之拓斗さんはお湯くらいじゃヘコたれないから。たぶん。」
そうこう話しながら一枚一枚、衣服を脱ぎ捨てていく玲衣亜さん。玲衣亜さんと温泉へ来るのはこれで通算三回目。一度目はなんちゃ思わなかった。二度目で少し意識した。そして三度目。いまは目で追っている。玲衣亜さんが衣服を脱いでいく様を。
綺麗だ……。
玲衣亜さんの肢体の曲線美について考える。彫刻のように滑らかな身体が柔らかく動く不思議を思う。触れたらどれほど柔らかいんだろう……。どんな感じに温かいんだろう……。
最初は玲衣亜さんのような女性になりたいと思った。再開してからまもなく、玲衣亜さんになりたいと思うようになった。我ながら、ちょっとオカシイとも感じなくはなかった。
「よかったッ。日没に間に合いましたよッ。」
建屋から表へ出ると、いくつもの山々のさらに奥の尾根の稜線に日が沈もうとしているパノラマが広がる。湯に浸かり、日没を眺めながら思う。もうすぐ夜になる。じきに別れのときがやってくる。時は移ろいゆくのに、玲衣亜さんはきっと綺麗なままで……、私は。




