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序-12 (12) どっちの世界でも一人だよッ

 予期していたことだけど、やっぱり一人は心細い。通りを抜ける風が上着の裾をパタパタとひるがえすから、僕はポケットに手を突っ込んだ。人の波に押されるように、止まることなく歩き続ける。子供たちが大人たちの隙間を縫って駆けてゆく。

 脇を見れば靴磨きの少年がいたり、様々なアクセサリーを飾った露店があったり、どこまでも街は賑やかだ。時折り、雑踏に交じって山羊や豚の鳴き声が聞こえてくる。ひずめの軽やかな音と共に馬のいななく声、荒々しい鼻息が響く。大通りから伸びる小路を覗けば、古ボケた看板やつたが這うアパートなどがあり、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。居酒屋には昼間っから人が溢れ、グラス片手に往来にはみ出してまで酒を煽っている。

 これがこの世界の日常なのか、それとも特にお祭り騒ぎが行なわれているのか判然としない。



 街は平坦ではなく、緩やかな丘と盆地になっているらしく、僕は街を俯瞰ふかんしてみたい気になって、とにかく坂道を上へ上へと登っていった。

 坂道は曲がりくねっていて、民家と民家の間に視界が開けると、その都度街を見下ろすといった調子。徐々に街が小さく、また彼方まで臨めるようになる。次第に自分の息遣いすら心地良いリズムをともなって聞こえてくる。ひたすら歩き続け、三〇分も歩いたころには坂道も終わり、さすがに家々の数もまばらになってきた。

 途中、列をなして走る青年たちとすれ違う。若いなぁ、と羨ましく思う。まだ二〇歳にもならない若造だったなら、僕は怖いモノ知らずでこの世界に飛び込めただろうか?日はまだ高いが、徐々に影が濃さを増してゆく。



 道の先に公園を見つけたので、足を延ばす。

 公園は緑の木々で周りを囲まれ、中央に尖塔、端には街を見下ろす展望台を備えていた。尖塔の周りの花壇や芝生の上で、数組の家族が遊んでいる。こどもたちが花の周りではしゃいでいる。一組の男女が公園を散歩している。日陰になったベンチに腰掛け、老人が本を読んでいる。見上げれば雲がプカプカと空に浮かんでいた。



 展望台まで歩き、街の全貌を見下ろして愕然とする。

 どこまでも、尽きることなく平地に続く建物の影。

 赤い屋根、白い壁、白い道、緑の丘、青い川。

 異世界に来た初日に歩いたのはどこだったろうか? 荷物を置いた宿は? さっきのレストランは? と、自分の足取りを確認するように視線を彷徨わせる。

 乾いた風が丘の斜面を吹き抜けていった。なんだか懐かしい感じがする。僕はふと、まだ幼かったころ、初めて遠出したときのことを思い出した。しばらくぼんやりと街を眺めて、それから公園のベンチに腰を下ろす。



 いつもなら微笑ましくもあり、また狂おしくなる家族団欒、仲睦まじいカップルがいる光景。とはいえ、異世界であれば仕方ないと自分への言い訳も容易だ。

改めて、進退について考える。

 未知のモノへの興味、これまでの人生のリセット。前人未踏の世界でなにができるか。どこかに眠る財宝は、さすがにないかな?それでも、異世界に残る理由は十分だった。

 一方で、知り合いのいないことや、先の見通しが明確でないこと、未知のモノへの不安が元の世界へ戻った方がいいと警告してくる。そして、残るなら一緒に生活することになるだろう伊左美と玲衣亜さん。僕は彼らとよくやっていけるだろうか?正直、これが一番引っ掛かっている問題点かもしれない。

 だけど、帰ったのちの退屈で苦しい生活の継続を思うと、やや前向きに異世界への残留を考えることができた。家族については、これまでの人生で考え抜いているから、なにをいまさらって感じだ。仙道との繋がりを作ることによる恩恵を考えないでもなかったが、その恩恵も具体的には思い浮かばず、二の足を踏むばかり。

 考えはまとまらない。



 気がつくと、街が茜色に染まっていた。

 寝ちゃったのッ? なんでぇッ?

 慌てて時計を確認する。

 四時三〇分。

 心臓が跳ねたッ。

 二度目の遅刻だッ。



「おはようございます、ボス。」



 立ち上がろうとした瞬間、すぐ隣から声がした。

「こんなところで会うとは、奇遇ですな。」

 隣にさんが座っていた。

 また心臓が跳ねる。

 え? なんで玲衣亜さんがここにいるの? 散策ですか? あ、そりゃ、奇遇ですな。

「おはよ~、じゃないし、時間がヤバいっスよ。あと、ボスじゃないしッ。」

「ボスはボスなんだから、ボスでいいじゃん。」

 玲衣亜さんは愉快気にそう言うと、ウイスキーボトルを一口煽った。

「ん。」

 玲衣亜さんがウイスキーボトルを差出してくる。

「酔ってんスか?」

「酔ってないよ。ただ、ちょっと楽しい感じかな? ほら。」

 僕はウイスキーボトルを受け取って、少しだけ飲んでみる。舌が痺れ、喉が焼ける。なんだ、これ? ヤバくない?

「美味しくない?」

 玲衣亜さんがウイスキーボトルを僕の手から取り上げて、さらに一口煽る。

 いや、僕はあまり美味しいとは思いませんね。むしろヤバいわ。

「よく判らないけど、結構きますね。」

 でも、美味しくないとは言えないんだなぁ。

「ね。はい。」

「はい?」

「もう一口いいよ。」

 いえ、結構です。

「はあ。」

 仕方なくもう一口だけ飲む。

「ほかの人たちはどうしたんですか?」

「みんな別行動になったから、たぶん適当に街の中を見て回ってるんじゃないかな?」

「そうだッ。もう五時になるんですけどッ。」

「いいよ、少しくらい遅くなっても。」

「でも、僕たちが戻らないと、みんな心配するんじゃないですか?」

 そして僕は二度目の遅刻の罪を問われて、なにかしらの制裁を受けるのでは?

「だって、みんなといると靖さんとなかなかお話もできないんだもん。」

「話、ですか?」

「うん。せっかくなんだから、もう少しお話しようよ。」

 なに、それ? ちょっとくるものがありますなッ、おばあちゃんなのに。

「玲衣亜さんがそう言うなら、別に構いませんけど。」

「呼び捨てでいいよ。」

「はい?」

「呼び捨てでいいよッ、伊左美みたいに。」

「じゃあ、レイちゃんッスか?」

「そんな可愛らしい呼び方誰も望んでないんですけどッ。小ッ恥ずかしいから呼び捨てにしてッ。」

「わかりました。」

「敬語もいらない。」

「りょ、了解ッ。」

「じゃあ、ちょっとあっこ行ってみよッ。」

 玲衣亜が僕の手を取り、強引に立ち上がらせる。

「あっこって?」

 手を引かれながら、ぐんぐんと歩いてゆく玲衣亜に尋ねる。

「そこに見える展望台みたいになってるとこよ。」

 そう言いながら、玲衣亜が明後日の方に歩を進めるもんだから、僕の腕が思い切り引っ張られる格好になった。

「やっぱり酔ッ払ってんじゃん。」

「おお、こんなの、酔ってるうちに入りません~。」

「いや、ふつうの人は玲衣亜みたいなのを酔っ払いって言うんだよ。」

「まあ、お酒は私の命の源だからね。」

「呑み助ってレベルじゃないね。」

「靖はお酒あまり飲まないの?」

「飲むけど、人並みいかない程度かな。」

 他愛ない話をしながら、僕たちは展望台に立った。

 まずいわぁ、玲衣亜が超可愛いんだけどッ。ちくしょうッ、僕に老女趣味はないはずなのにッ。



 黄昏時になり、街には前回見たのと同じように光の玉が並んでいる。

「すごいね。」

「うん、すごいわ。」

 向こうの世界とは比較にならないほど、光に溢れた街並みだった。夕闇の底に浮かぶ煌々とした光。それはまるで夢や幻の街のような。

「この世界はきっと、私たちをもっと驚かせてくれると思う。」

 玲衣亜が確信をもった感じで言う。

「そうだね。」

 僕もそう思う。

「じゃあ、残るね?」

「え?」

「だって、今日トンボ帰りしたって、面白いことなんてなにもないよ。」

「まあ、ないけど。」

 ないけど、他人に決めつけられると面白くないよね。

「面白いのと、つまらないのは、どっちが好きなん?」

 玲衣亜が首を傾げる。

「そりゃ、面白いのだけど。」

「じゃ、残るしかないじゃん。」

 唇を尖らせる玲衣亜。

「いや、まだ考え中だから。」

「え? さっきまでお昼寝してなかったっけ?」

「夢の中で考えたり、とか。」

「あら、器用なのね。」

「まあ、冗談だけど。」

「うん、いまのは皮肉だから。」

 僕は継ぐべき言葉を探す。でも、すぐには見つからない。考えながら喋るって難しいんだ。特に、自分の気持ちを表現するときってのは。僕が異世界残留をためらう理由。少しの沈黙にも耐えられなくて、僕は時計を盗み見る。視線を戻すと、玲衣亜の視線が僕の視線を追っていたのが判った。目が合い、ちょっと気まずくなる。

「そろそろ、戻ろっか。」

「うん。」

 玲衣亜が帰ろうというから応じると、玲衣亜も笑みを浮かべて、力なく頷いた。

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