4-8(117) 勝負
蔵の背後に浮かぶ太陽が眩しい日差しを放ち、対峙する二人の濃く長い影を地面に映す。北風がヒュウウッと庭の木々を揺らしたかと思えば、木の葉がハラハラと散り、落ち葉はクルクルと風に舞う。塀を越えて、近所から牛の鳴き声が届く。
ハラハラと散りゆく木の葉の一枚が又八の視界を掠めたかと思われる瞬間、リアさんが片足を踏み出し、同時に打ち出された槍の切っ先は又八の眼前まで到達すると即座に引っ込んだ。直後、上半身を仰け反らせつつ半歩下がる又八。
惜しいッ。もう少し踏み込んでいさえすれば、いまの一撃で決着だったかもしれないのに。
「ビビった?」
リアさんがやや後退した又八をからかうように尋ねる。それに対し、歯噛みする又八。もしかしてリアさんにとっていまの一撃は遊びだったのか? いまの発言、こっちがビビるわッ。又八はリアさんの挑発に乗ることなく、剣を構えたまま摺り足で、ときに緩急を付けながらリアさんを軸にして弧を描くように移動し始める。対するリアさんは常に正面で又八と向かい合うべく、その場でジリジリと小刻みに回転する。両者、なかなかニ撃目を打たない。
「又八は剣、リアさんは長槍。素人考えだと、どう見ても槍が有利だ。又八としては槍での一突きをかわして懐に入り、斬るほかない。だから、リアさんが槍を突き出すのを待っているんだろう。」
あ、解説の爺様が復活した。
「じゃあ、リアさんが突きを出さないのはなぜ?」
「相手の神経が槍での突きに集中しているいま、わざわざ突きを放って避けられるのを嫌ってるんじゃないか。」
「そしたら、いま二人がしてるのは神経の擦り減らし合いってこと?」
「どうだろ? オレは槍も剣もやらないから、細かい駆け引きのことなんか判んねえな。」
「いや、イイ線いってると思うよ? もうちょっと続けてみて。」
「は? 続けるってなにを?」
「え? 解説に決まってんじゃん。」
「別に解説してたつもりはないんだけどな。」
「なんでもいいから、解説してよ。」
「やだ。」
「ケチッ。」
そんな会話の最中、又八が堆積していた砂を蹴り上げた。あの砂は元々堆積していたわけじゃない。又八が摺り足で動きながら掻き集めたんだ。
蹴り飛ばされた砂がリアさんの全身を覆うように宙を舞う。蹴り上げる動作にいち早く反応したリアさんは後ろへ飛び退き、襲いかかる砂から逃れるが、又八もリアさんを追いつつ短剣を投げつける。飛んでくる短剣の側面を手で叩きのけるリアさん。短剣が地面に転がる。リアさんの手から血が流れる。その出血を気に留める猶予も与えず、又八が動きを止めた槍頭を避けてリアさんに素早く迫る。槍の長さが徒になる間合い。上段から振り下ろされる剣閃をリアさん、槍の柄で受ける。金属同士がぶつかり合う打撃音が響く。又八は槍の柄を砕かんばかりの勢いで三度、同じように剣を振り下ろす。その間、聞こえた打撃音は九回。九回? 三度の打ち込みで……なぜ? 間髪入れず横なぎにリアさんの脇腹目掛けて剣を振るう又八。三度目の打ち込みの直後、その場から一足飛びに離れるリアさん。又八の剣は空を斬り、リアさんは槍を構え直すと、勝負開始時の構図に戻る。
「又八の仙八宝は“見えざる追撃の剣”だな。一太刀につき二度、同じ軌跡を描くってとこか。」
「なに、それ? 又八の仙八宝の名前?」
「いや、仙八宝にも似たようなのがたくさんあって、その中でも又八の奴みたいなのは“見えざる追撃の剣”とよばれているんだ。又八の仙八宝自体の名前なんか知らん。知ってりゃ、能力も含めてとっくに葵にもリアさんにも教えてるさ。」
「それもそうね。」
「ま、リアさんは又八の剣を受けて気づいてるだろうな。だから最後の横なぎの一撃を飛び退いてかわした。その一撃を槍で受けようものなら、上段からの追撃で斬られてしまうからな。」
「なるほどね。」
「又八も冷静に見えて、リアさんの反撃を怖れてるんだろうな。初撃の上段に続いて横なぎに払えば、能力が露見する前に決着したかもしれんのに、力で捻じ伏せる方を選んだ。ちょっと焦っているというか、ま、リアさんの姿が子供だから、というのもあるかもしれんが。」
「リアさんああ見えて力持ちって感じだもんね。」
「ああ、人は見た目に依らぬとはまさにリアさんみたいな奴のことを言うんだろうな。」
「それは仙道みんなに当てはまることだと思うけれど?」
「歳と見た目の話か?」
「そう。見た目っていうか、おじいちゃんは本来もう死んでなきゃいけないんだからねッ。」
「ふん、大きなお世話だ。」
さて、又八の仙八宝の能力が判明したことで、リアさん、どう動くのか? 手に受けた傷も気になるけれど。大した傷じゃないのかしら?
「不思議な剣を使うのね。それがもしかして噂の仙八宝って奴かしら?」
リアさんが又八に問う。
「いちいち教える筋合いはない。」
「うん、そうね。」
そう答えたあと、なにを思ったかリアさん、持っていた槍を又八に向かって投げつける。
リアさんの繰り出す槍の射程外にいたとはいえ、投擲物を咄嗟に避けられる距離でもなく、又八が慌てて槍に剣を叩きつけて軌道を逸らすと、槍は地面に突き刺さり、その瞬間、ボンッ、と小気味良い音を鳴らして爆ぜた。庭の土塊が抉れ宙に舞う。パラパラと砂が落下する。又八の靴も焼けて、赤黒く染まっている。おそらく又八の足も負傷したのだろう。リアさんが手になにも持たないまま又八に向かい一歩を踏み出せば、又八も一歩後ずさる。
偉いものだ。私ならすぐさま逃げ出しているだろう。あんな訳の判らない攻撃を見せられたあとだというのに、よく向き合えるものだ。
「あの槍頭さぁ、七色に煌めいていたでしょ? ちょっと特殊な槍頭でね、ある条件が揃うと爆発する仕組みになってたの。」
リアさんが問われもしないのに一人で話す。リアさんの前進に合わせて後退していた又八が動きを止めると、リアさんも歩を止める。
「安心した? もう私は槍を持っていない。」
リアさんが手を広げてみせる。それでも動かない又八。きっとまだなにかあるのではないかと勘繰ってるんだ。
「あなたさっき、自分の剣についていちいち教える筋合いはないって言ってたでしょ? あれはホントそうだと思う。タネを見透かされたからといって、当り外れを答えるなんて愚だわ。じゃあ、なぜ、いま、私はこんなことを喋ってるんだと思う?」
なぜ? これからもっと凄いことをしてみせるから、とか?
リアさんの周囲に不穏な空気が漂っているように感じるのは、いまの私にとってリアさんという存在が謎めいているからだろう。又八との勝負にも腑に落ちないものがあるし。
リアさんの手が懐に伸びる。それを見てすかさず間合いを詰める又八。足の負傷のせいか、最前の素早さは見る影もない。ただ、「おおおおおッ」と自身を鼓舞するためか威嚇のためか判然としないが、凄まじい咆哮を上げながら、リアさんに迫る。リアさんは悠然と七色の物体を懐から取り出すと、それを又八に向けて投げると同時に後ろへ跳躍する。至近距離での投擲に又八も反応できず、今度は地面ではなく又八の腹の辺りが爆ぜる。迫る勢いそのまま、又八はうつ伏せに地面に倒れた。
「あの世でさっきの答えを考えるといいわ。そうすれば、生まれ変わったときに一つ賢くなってるでしょ?」
リアさんが又八の死亡を確かめながら告げる。
「くあああ……。とりあえず、命拾いしたな。」
欠伸しながら爺様。
「リアさん、やっぱり必勝の確信があって勝負したのね。」
「どうだかな。」
「絶対そうよッ。」
一対一、しかも相手は仙道で、攻撃手段も判らないのに、平然と勝負を仕掛けたリアさん。実は凄く強いとか、イカレてるとかあるんじゃない? ちょっと私とはかけ離れた存在過ぎて、近寄りがたい感じ。冗談みたいな感じで腕も折られちゃったしね。今度から子供を見ても、まず自身の目を疑ってしまいそうだわ。本当にこの子は子供なのかってね。




