4-6(115) 拘束されちゃった
「転移の術のカードを出せッ。」
焔洞人が背後から恫喝してくる。
そんなもの、必要ないねッ。
これから転移の術師自ら一緒に転移してあげようってんだから、光栄に思いなさい。
「葵ッ、転移だけはするなよッ。絶対にッ、マジでッ。」
爺様からのありがたい言葉。ここでジッとしてれば助けると、そう言ってくれてるのかな?
「そいつはオレたちの正体を知ってるんだッ。だから、絶対に逃がすわけにはいかないからなッ。」
おッ、おおおおッ……そうだったぁッ。ここで転移すればひとまずのみんなの命は助かるものの、私は転移先で焔洞人に殺されて、そのあと焔洞人がなんらかの形で議会に私たちのことを伝えれば、それだけでみんなの命運が尽きるじゃないかッ。なんてことだッ。私のナイスアイデアがこんな一瞬で崩壊してしまうなんてッ。相変わらずの間抜けっぷりに涙が出るわッ。しかも爺様の言い方ときたらッ。私の心配じゃなくって、そっちですか? みたいな。肉親といっても、薄情なものね。ブルー入ったわぁ。空も青いし、私もアオイだし……ああッ、いまのでさらに死にたくなった。もう生きててもしようがないね。
私にできることがなにもなくなっちゃったんで、焔洞人に催促されるがまま、提げていたショルダーバッグから転移の術のカード約一〇枚を手渡す。焔洞人は鞄の中が空になっているのを確認すると、満足したように「手間かけさせやがってッ」と吐き捨てた。
爺様の言い草にはショックを受けたけど、みんな私のことを即座に切り捨てるほど薄情じゃなかったみたい。武器を取り上げられたうえに、ボディチェックまでされている。
男共はどうでもいいけど、玲衣亜さんがそんな辱めを受けているのを見るのは辛い。又八は玲衣亜さんの前でちょっと触るのをためらっていたから、男女の関係については殊更真面目なのだと思う。手つきもいやらしい感じじゃないし。玲衣亜さんは無表情に明後日の方を見てる。ただのボディチェックだと割り切ればこそ、玲衣亜さんも意外と平気にしてるのかしら? って、見るのは辛いといいながらガン見してる私もどうかしてるわ。
トトさんは“戦闘モード”を解かされ、一般人と同じ見た目に変化した。その途端、腕の切り口からは血が溢れ返る。改めて苦痛に顔を歪めるトトさん。ほら、言わんこっちゃないッ。私の思ったとおりだったわ。だからホントは、あんな負傷したあとに“戦闘モード”を解いちゃダメだったんだ。ごめんなさい、ごめんなさい。私のせいで。
爺様は武器を持っていなかったので、武器を提出できず、それが武器を隠し持っているんじゃないかという疑いを招いた挙句に殴られてた。ちょ、本人戦う気がなくても一応、なんらかの武器は持ってていいんじゃない? 靖さんだってビラ撒きに行くときはバールやらなんや持ち出してたのにッ。爺様が痛い思いしたのは自業自得ね。いや、九割方相手が悪いんだけど……。
そして、靖さんのとこから出てきた拳銃ッ。さすがボスッ。持ってるモノが違いますねッ。
でも、これでやり返すことができなくなったんじゃない?
数時間前まで焔洞人と又八の二人は異世界人拉致犯として拘束されていたのに、もう立場が逆になってるなんて、もうこれ悲劇じゃなくて喜劇だわ。私さえしっかりしていれば……。仮にほかの人たちが後ろを取られていたとしたら、羽交い締めされる前に対処できただろうか? いや、そもそも後ろを取られるようなヘマをしないか。
それから縄が用意されて、私も含めてみんな腕を縛られ、歩くほかはなにもできない状態に。いまや私たちの生死は敵の手中にある。わざわざ拘束したことから、即座に殺される心配はないのかもしれない。大方、情報を引き出してから殺そうという腹なんだろう。それまでの間に、虎さんたちはなにか打つ手を考えるんだろうか? それとも、もうなにかしら逆転の算段があるのか?
又八が先頭に、焔洞人が最後尾に付き、私たちは蔵に閉じ込めておいた海藤、桂馬、慎一の元へ向かわされた。誰も喋らないから、砂利を踏みしめる複数の足音だけが厭に耳につく。
又八が蔵の門の閂を外し、ゆっくりと門を開けて中へ入っていく。中の様子はここからでは判らない。各々、日差しに目を細めつつも蔵の様子を遠目に伺っている。そんななか、爺様だけがこちらを見ていた。なに? アイコンタクトかなにか? 私、察しが悪い方だから全然判んないよッ。
ゴボッ。
ドッ。
背後から不気味な音が聞こえた。音の方を振り返ると、焔洞人が地べたにうつ伏せに倒れていて、口からは血が吐き出されていた。その脇には、小さな女の子が槍のようなモノを持って立っている。その槍頭は虹色に発色していて、透き通っているよう。なんにしても、ふつうの槍じゃないッ。それにこの女の子、どこかで会ったことがあるような……あ、廃屋で山賊に襲われたときに遅れて召喚された女の子だわッ。
女の子は脇目も振らず爺様の方へ歩いていき、小声で爺様と話し始める。私はもう一度、倒れている焔洞人を見やる。彼女がやったんだ。これは、助かるかもッ。ナイスッ、爺様ッ。ブラボーッ、爺様ッ。彼女に縄を切ってもらえば、あとはみんなで又八をやっつけて終わりだッ、ちくしょうッ。
「ちくしょうッ。」
突如、蔵の中から大声が響く。誰? 又八の声?
まもなく、血相を変えた又八が蔵から飛び出してきた。
「お前らッ、謀りやがったなッ?」
隣近所の迷惑を考えず、大声を出す又八。
「謀ったとは、なんのことだ?」
虎さんが涼しい顔で尋ねる。まだ拘束されたままなのに、強気だわ。
「三人を蔵に閉じ込めておくとか言いながら、お前ら、殺しやがっただろうッ?」
「確かに閉じ込めておくと言ったが、殺さないとも言ってないだろう?」
「屁理屈を抜かすなッ。」
おおッ? 異世界人救出作戦を実行に移す前に、すでに三人は殺されていたッ? そして虎さんのあの言い草ッ。又八が怒るのも尤もだ。なんか虎さんが一番悪役っぽい感じがしてきたのは気のせいかしら? でも、異世界人拉致犯は表舞台に出ることなくひっそりと死ななきゃいけないんだから、遅かれ早かれ死ぬる結果に違いはないか。う~ん、頭がこんがらがりそう。
又八の視線が虎さんから外れ、表情が固まる。
「焔さんッ。焔さんッ?」
こうなると、又八も憐れなものだ。といっても、私たちはまだ縛られてるぶん、不利に違いはないのだけれど。又八はあからさまにこちらを警戒している。武器を取り上げられたうえに、拘束された状態でどうやって焔洞人をやっつけたのか? 逆に、私たちはこんな状態でも焔洞人をやっつける術を持っている……と思ってるんだろう。
「そこに倒れている人を殺したのは私だッ。」
突然、爺様の脇に立っていた女の子が声を上げる。
あのぉ、話すより先にみんなの縄を切ってくれないんですかね?
「事情もよく知らず、横槍を入れる恰好になってしまったことは申し訳ないッ。だけど、状況を見てそうするよりほかなかったのッ。許してほしいとは言わないッ。だけど、判ってちょうだいッ。」
見た目は女の子なのに、しっかりした物言いにお姉さん、なんか負けた感じがしてしようがないんだけど……。
「お前はなんなん?」
焔洞人を殺した人物が明らかになり、やや落ち着いた感じの又八の目には、単なる怒りではなく冷徹な殺気が宿っているよう。
「通りすがりの女の子だけど、この人たちの友達よッ。」
言いながら、女の子が蔵の門へと続く石段の前まで進み出る。
「はッ、通りすがりとかッ。人を虚仮にするのも大概にしろよッ。」
「ふんッ、さっきの事情もよく知らないのに、ってのも含めて、詫びの意味を込めて、もし私に勝ったら、みんなを好きにしていいよッ。」
なるほど、だからみんなの縄を切ってないのねッ。ってそうじゃないでしょぉッ?
「お前みたいな餓鬼に負けるかよッ。」
女の子が槍を、又八が剣を構える。
虎さんが二人の方を向いたまま、じりじりと蔵から離れる。それに倣ってみんな後ろへ下がる。二人の打ち合いに巻き込まれたら大変だからね。っていうか、女の子を残してみんなで転移するってのはアリですかね? ちょっと爺様に相談してみようかしら?
次回こそ少年マンガ的なバトルを描ける……はず。




