4-5(114) 仲間じゃなかった
階段の踊り場付近にさしかかる五人。
踊り場手前で立ち止まると、そこでパッと廊下が明るくなる。焔洞人が火を吹いたんだわッ。
「熱ッ、やっぱ熱ッ。」
トトさんの間抜けな声が響くものの、当人臆することなく踊り場に飛び込んでいく。
「熱ッ、熱いってッ。」
「死ぬッ、死ぬッ。」
続いて伊左美さんと又八の声が響く。
なんであなた方がダメージ喰らってるんですかね?
まもなく、熱風の余波が私たちの方まで届いて、後衛へのダメージの理由が判った。玲衣亜さんの風が通路を駆け巡っているせいで、ターゲットだけじゃなくて周辺にまで被害を拡大させているんだ。
焔洞人が連続で火を吹いているからだろう。まるで星が明滅するように、激しく明るくなったり暗くなったりが繰り返される。
「連携(笑)ってなんだっけッ?」
伊左美さんが戦線離脱しながら叫ぶ。
「もうあの三人に任せておけばいいんじゃないですかッ?」
又八も立場をわきまえずに舐めたことを口走っている。
「ホント、そうだよッ。」
伊左美さんが又八に賛同する。
ほうほうの体で玲衣亜さんたちから離れる二人。ちょ、トトさんと玲衣亜さんが決死の覚悟で身体を張ってるってのに、あんたたちはなにやってるのかな?
「外野から悪いんですけどッ、いま一番大変なのって、玲衣亜さんじゃないんですかッ? それなのに二人は逃げちゃうんですかッ?。」
気づけば叫んでいた。気不味そうな表情を見せる二人。なんてことを言ってしまったんだろう。戦線に赴きもせず、ここで優雅に戦闘を鑑賞しているだけの私が、戦闘に参加している人に対してッ。
後悔の念に急き立てられるように、私は伊左美さんたちの方へ駆け出す。伊左美さんたちに謝らなければッ。それに、玲衣亜さんの様子も確認したい。勝利の代償に全身大火傷を負ったとなると、目も当てられない。もし無理してるようなら、止めないとッ。
キィンッ。
いつのまにか炎の明滅が消えて、何者かが焔洞人に肉薄している。
敵が叩きつけた剣を短剣で捌く焔洞人。敵の剣が宙を舞う。一見して敵の肌は焼けただれているのが判る。直後、敵が吹っ飛び、壁に叩きつけられる。トトさんがやったんだわッ。壁際に倒れている敵に対し、焔洞人が火を見舞う。敵が反射行動のように跳ねるけど、そこへトトさんが壁に押し込むように蹴りを喰らわすと、敵は血みどろの身体を横たえ、静かになった。
通路内の熱気も徐々に引いていっているようで、いまは踊り場に近づいたくらいでは熱さもそれほどには感じない。それでもちょっと息苦しいくらいには熱いけれど。
ガシャンッという音とともに通路端のガラスが割れて、通路を涼しい風が吹き抜けていく。ああ、生き返るわぁ。
玲衣亜さんがこちらの方を見向きもせずに窓の方へ向かってフラフラと歩いてってる。焔洞人もヨタヨタとそのあとを追っている。と思ったら、ご両人、窓際まで行く前に寒そうに肩を抱きながら戻ってきた。風も止まった。ブルルッ。うん、今度はちょっと肌寒い。ま、冬だからね。
トトさんも踊り場から姿を現わす。目に殺気が宿っているように見えるのは気のせいではないと思う。たぶん、思ったよりもキツかったんだろう。身体は平気なんだろうか?
「敵の四人は片付きましたよ。早く異世界人を連れ出しましょう。」
トトさんの言葉を受けて虎さん、鎖を一度引っ込めると、カランカランと曲刀が床に転がる音が通路に響く。
「トトさん、大丈夫かい?」
虎さんが尋ねる。
「いや、実のところあまり大丈夫じゃないから、早めに脱出したいです。もう、これ以上戦えそうにないですから。」
「ありがとう。トトさんがいてくれてよかったよ。」
「そんなのいいから、早く。」
「うん。」
虎さんが鎖を異世界人に向けて伸ばし、彼らを通路へと引き寄せた。
すでに又八と焔洞人から聞いているけど、一応、異世界人にも尋ねてみる。
「ほかにもみなさんの同郷の人たちがいらっしゃったと思うんですが、いまはお二人だけですか?」
怯えながらも、きちんと肯定する異世界人の男。
「じゃあ、残念ですがほかの方たちの救助は諦めて、お二人だけ保護します。ロバートさん……ロバートさんの屋敷に転移しますね。」
「ああ、頼むよ。」
「転移解除ッ。」
みんなが揃っているのを確認して、私たちは虎さんの屋敷に転移した。
とりあえず、最大の難局を乗り切った。
いまは虎さんの屋敷の敷地内。
温かな日差しが降り注ぐ静かな庭で、ジャラッと聞き慣れた鎖の音が聞こえたかと思うと、続いてバサッとなにかが翻るときのような音。なにかな? と思う間もなく、何者かに首を羽交い締めされる。!!! 心臓が爆発するかと思ったッ。なにッ? なにッ? く、苦しい。
「動くなッ。」
すぐ後ろ、耳元から焔洞人の声が響く。
眼前には虎さんたちがいて、虎さんの左手から伸びた鎖が、まるでただの重い鎖のように地面を這っている。目の端に光るモノを捉える。視線を下げると、私の首筋に短剣が突き付けられているのが判った。絶対ッ絶命ッ。一難去ってまた一難ッ。爺様があからさまに狼狽している。ごめん、ごめんね。こうなることも予見しておけば、防げたかもしれないのにね。焔洞人と又八は仲間じゃないんだから。
「動いたら、この女の首を斬り裂くからなッ。」
ちょっとッ、耳元で怒鳴らないでよッ。
「又八ッ、こいつらを縛り上げろッ。」
焔洞人が指示を出す。
「でも、縄がありませんよ。」
「じゃあ、まずは全員から武器を取り上げろッ。」
武器を取られては、もう虎さんたちが焔洞人と又八をやっつけることができなくなってしまう。彼らの言いなりになるか、最悪、殺されるか。私の命はいいから戦ってッ……っていう言葉をなかなか口に出せないのがもどかしい。これを口にするには、相当の勇気がいるッ。ふう、玲衣亜さんならこんなとき、なんのためらいもなくズバっと言ってのけるんだろうなぁ。鼓動が高鳴っている。言うのか、言わないのか……葵ッ。せっかく異世界人を救出したというのに、こんなところでみんなが殺されてしまっていいのかッ。ダメに決まっているッ。それなら、お前一人が死ねばいい。そうだッ。言うぞッ。言わなきゃッ。ふうう。
「虎さんッ。二人を殺してくださいッ。ついでに私も死んだら、それはそれでいいんでッ。」
言い終えた直後、首が締まる。
「黙れッ、大人しくしてろッ、小娘がッ。」
うるさいッ、お前が黙れッ。
「そう……、そのまま……殺してみろよ。」
あ、そっか。
命が惜しくないなら、転移できるじゃん?




