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4-4(113) 様子見

 ほむら洞人どうにんたちが知るかぎりでは、異世界人は最上階の一室にいるという。そして、この建屋は犯罪者を一時的に監禁しておく施設で、ケモン監獄というらしい。薄暗い階段を上がっていき、最上階までは誰とも遭遇しなかった。

 廊下へと顔を覗かせてみても、誰もいない。長い廊下の両端に明かり取りの窓があり、通路の両脇にドアが並んでいる。人の気配がないから当然かもしれないが、辺りは怖いくらい静かだ。まるでこのフロアが使われていないのじゃないかってくらい。ふつう、見張りの一人や二人いてもいいと思うのだけど。もしかしてもう全部やっつけちゃったのかな?



 危なげなく異世界人がいるであろうドアの前に立つ私たち。ドアにはかんぬきが掛けられていたけど、監獄という場所が幸いしてか、外側から容易に外せるようになっていた。ガチャガチャと閂を外し、又八がゆっくりとドアを開ける。

 部屋の奥に二人の男の姿。

 又八またはちが振り返って「異世界人です」と私たちに言う。

 そして、又八が部屋の中に入る。



「ストップですッ。」



 又八が部屋に足を踏み入れた瞬間、叫ぶ。

「おおッ? なんですか?」

 トトさんが尋ねる。

「この部屋には入らない方がいい。というのが、なにか違和感があるんです。もしかすると、すでに敵が陣を展開しているかもしれないッ。」

 そう言う又八の顔は蒼白で、額にはべったりと汗が滲んでいる。

「なるほど。」

 そう言ってドアの前からトトさんが立ち退くが、又八は動かない。

「あの、一回その部屋から出た方がいいんじゃないですか?」

 トトさんが又八に声をかける。

「う、動かん。」

 微かに笑みを浮かべる又八。

「あ、なんか、目が霞んできた。」

 今度は目を擦っている。

 ちょっと身体がやられてきてんじゃない?

「早くこっちへ来いッ。」

 トトさんがやや語気を強めて言う。

「ああ。」

 返事をした又八はどういうわけか部屋の奥へ歩を進める。

「おいッ、ドアはこっちだぞッ?」

 トトさんが叫ぶが、又八はまるで聞こえていないといった様子。又八は部屋の中ほどで立ち止まると、そのままなにをするでもなく立ち尽くす。背筋に悪寒が走った。獣人の怒声も怖かった。獣人の死ぬのも怖かった。でも、いまの又八の様子はそれ以上に怖い。おそらくいまの又八は当人でさえ予期していない動きをしているんじゃないか、と思う。

 さらに奥にいる異世界人二名、一人は眠っているようだが、もう一人は又八の動きに警戒を露わにしている。又八が言っていた陣というのが正解だったとして、異世界人には陣が効かないんだろうか? それとも彼らは陣の範囲外にいるということか?

「又八の様子がおかしい。」

 みんながそれぞれそのようなことを言い、とらさんが慎重に鎖を部屋内に伸ばしていく。「大丈夫?」というやすしさんの言葉に、「いまのところは」と短く応じる虎さん。まもなく、虎さんが鎖で又八を引き寄せることに成功し、又八が正気を取り戻す。



 そこで又八になにをしてたんだと聞いても、覚えてない、と。思い出せないのが歯痒いといった感じ。ただ、記憶を失う直前、徐々に感覚がおかしくなっていったことは覚えているという。

「最初、違和感があって、部屋から出ようと思ったときにはもう足から根が生えたみたいに動けなくなってました。それから次第に目が霞んできて、耳も遠くなっていく感じで、意識も朦朧としてきて。すっごい眠たいときに起きてなきゃっていうときみたいな……でも、実際は眠気と戦うとかそんなレベルじゃありませんでしたけど。」

 なに? その得体の知れないトラップ。

「何者かがこの部屋に陣を仕掛けていると考えて間違いないな。いろいろと腑に落ちない点もあるけど、とりあえずそこの異世界人を連れ出そう。」

 うん、早く虎さんの鎖で片付けてッ。

「危ないッ。」

 ガキィンッッ。

 トトさんの声と同時に、金属と金属が激しくぶつかり合う音が響く。

 超ビビったッ。死んだかと思ったッ。

 見れば、トトさんの腕に曲刀がめり込んでいる。

 うわぁッ。痛い痛いッ。

「はッ? この刀、勝手に動きやがるッ。」

 刀の柄を掴んだトトさんが言う。

跳刀ちょうとうかッ?」

 虎さんが叫ぶとともに鎖を曲刀に向けて放つ。

 曲刀に巻き付いた鎖の先端はさらに伸びて、階段のところに立つ円柱を旋回してまた虎さんの方へと戻ってくる。柱と鎖が擦れる音が廊下に響き、まもなくトトさんの腕にめり込んでいた刀がその腕から離れる、そのまま円柱の方へ引き寄せられる曲刀。ジャラジャラガシャンッと凄まじい音を響かせ、鎖は曲刀を円柱に貼り着けるように円柱に幾重にも巻き付く。そして、辺りに静寂が訪れた。わずか数秒の出来事だったけど、虎さん、肩で息をしている。廊下に敵の姿はない。階段の踊り場にでも身を潜めているのだろうか。



 一瞬たりとも気を抜けないといった緊張感。

 虎さんは右手に短剣を構えている。爺様はトトさんに具合を尋ねている。トトさん、問題ありませんと応じているけど、少し痩せ我慢しているふうに見えるのは、私の感覚でトトさんを見ているから? 腕から出血もないし。けど、いまの黒く変色した状態を解いたらどうなっちゃうんだろう? 急に血が噴き出してやっぱり大怪我でしたッ、なんてことになるんだろうか。

「焔さん、。二人で階段周辺の様子を見てきてくれないか。」

 虎さんが二人にお願いする。趙泰君と戦ったときもだけど、虎さん、たぶん刀の動きを止めるのに鎖を使っているから、仙道としてはもう戦力外なのかも。

「あ、アオがいたな。焔さんと伊左美、ちょっと待って。」

 虎さん、アオに指示を出して私たちの死角になっている場所の偵察に行かせる。指示を受けたアオがその直後、私の顔を上目遣いでじっと見たことに戦慄が走った。もしかして試されてるッ? この救出大作戦が完遂したとき、なんらかの形でアオのこれまでの苦労に報いなければ、アオが爆発しちゃうかもッ。



「階段の踊り場に四人いた。なんかあたしらが階段に戻ったところをバッサリやるつもりみたい。っていう感じ。」

 顔は虎さんの方を向いてるのに、目は私を見ている。貸し一追加入りましたぁッ、って目が語っている。

「敵は一度こちらの様子を確認したのかもね。異世界人に釣られて陣の中にみんなが入っていればよかったけど、なぜか部屋の前で逡巡している。陣には気づいたようだが、よくて一人二人やっつけられた程度だろう、と。そこで不意を突いて跳刀で人数を削ろうとしたけど、失敗。ならば今度は、諦めて戻ってきたところでやっつけてやろう、という算段か……伊左美、どう思う?」

 虎さんが小声で考えを伝える。

「オレもそう思います。あと、敵さんはおそらくあの刀以外に遠くから攻撃する手段を持ち合せていないかと思われます。」

「そうだね。」

「なので、焔さんが距離を取って火を吹いて、敵が怯んだところで自分がたたッ斬るっていう感じでイケるかと思います。」

「ん、ま、相手があることだからね。念には念を入れて、焔さんとで敵の動きを固めてもらえるかな? で、トトさん、熱波の中とか大丈夫?」

 熱波の中って、ダメでしょ?

「ある程度は大丈夫です。」

 大丈夫なのッ?

「じゃあ、申し訳ないけど、トトさんを前衛。焔さん、玲衣亜がその後ろで無茶やって、伊左美と又八は焔さん、玲衣亜と連携して敵にトドメを刺す。これで行ってみよう。」

「承知した。」

 あ、トトさんも顔は虎さんの方を向いてるけど、目が爺様を見てる。そして、爺様は変な顔をしてるッ。一体、二人の間にはどんな契約が交わされているというのッ? トトさんは大丈夫でも、爺様が大丈夫じゃないんじゃない?

「あ、トトさん。片腕も重傷を負ってることだから、危ないと感じたらすぐ戦線離脱してね。」

 爺様の様子に気づいた虎さんがフォローを入れる。虎さん、ちょっと呆れ顔だけど、許してね。爺様はこれでもおじいちゃんなんだ。

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