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4-3(112) やっつけちゃった

 開口部からの光が真っ白な影を落とす、分厚い壁で覆われた部屋。

 獣人の怒声が響き渡ったかと思うと、突如ジャラジャラと音がしたかと思うと、彼らの身体を縛るように太い鎖が姿を現わす。

「ふん、最初は肝を冷やしたけど、動かないんじゃ、捕えてくれと言ってるようなもんだね。」

 得意気にそう話すやすしさん。なぜ靖さんがッ? この鎖ってとらさんのだよね?

「くっそ、なんないこれッ? 訳が判らんのんじゃがッ。」

 獣人たちが悲観するでもなく、血気盛んに鎖に対して文句を言っている。

「なめとるのぉッ。」

 精一杯力を振り絞って鎖を断ち切ろうとしているのが見て取れる。腕に極太の欠陥が浮き出て、力を漲らせているのが判る。でも、虎さんの鎖は切れそうにないし、虎さんも涼しい顔をしている。

わめくなッ。余計なことは喋らないから、よく聞いとけよ。」

 そう言うと虎さん、一拍挟む。

「異世界人のところへ案内しろ。」

 その短い言葉に、獣人たちもなにかを察したよう。

「なんなぁ? おどれら異世界人の仲間なんかいや? ぐあッ。」

 言葉を発した獣人を縛る鎖が、ジャラッと音を立ててさらに強く締め付ける。

「こっちは急いでるんだ。二度目はないよ。さっさと案内しろ。」

「案内しちゃるけえ、この鎖解いちゃらんかいやッ。ブブオッ。」

「そうそう、案内は一人でいいんだ。」

 問答無用とばかりに一人を残して獣人たちを鎖で締め付ける虎さん。獣人たちは一様に血反吐を吐き出しながら昏倒する。

 判っていた。判っていたけど、改めて思い知らされた。仙道は恐ろしい。あの頑丈そうな獣人たちを簡単に亡き者にするのだから。でも、こっちは本当に急いでるから、虎さんが怒るのも無理はない。内心、増援が来やすまいかとハラハラしてるんだ。なのに獣人たちときたら、こちらを馬鹿にしたような返事しかしないし、無暗に大声を出すし、ちょっとはしおらしくすればいいのに。

神陽しんようさん、獣人相手に仙八宝せんのはっぽうを使うとは、常軌を逸しておりませんかッ。」

 焔洞人ほむらどうにんが声を荒げる。よく判んないけど、そういう規則でもあるんだろうか?

「うん、ホントはダメだよね。」

 知っててやってるっていう……。

「貴様ッ、尋常でないなッ?」

 ブオオン……ッ。

「ほあッ。」

 一瞬、なにが起きたのか判らなかった。

 焔洞人の手から仙八宝専用ケースが離れて、それが床に転がっていて、彼に相対しているさんが光る剣を手にしている。そして、焔洞人の手の出血ッ。

「焔さん、それはマズイっすよ。」

 伊左美さんが焔洞人に向かって言う。

「小僧ッ、なにしやがるッ。」

 焔洞人がキレた。

「なにしやがるッてのはそっちじゃないスか。」

 なに? なに?

「焔さん。」

 今度はさんが焔洞人に話しかける。

「焔さんの罪は二つあります。一つはロバートさんの名前を間違えたこと。もう一つは、ロバートさんに刃を向けたこと。」

 指折り罪を告げる玲衣亜さん。そうそう、異世界人のよそおいのときは偽名を使うって設定あったわね。ん? 私の名前はなんだったかしら。虎さんはロバートで、玲衣亜さんはキャミーだったよね。靖さんと伊左美さんは……ダメだ、出てこない。っていうか、早めに気づけてよかったわッ。下手したら私も罪を犯すとこだった。

 焔洞人が言葉を詰まらせる。

 虎さんたちに説教を喰らわせたいのに自らも非難されるべきことをして、戸惑っているんだろう。

 拘束された獣人そっちのけでピリピリした空気が仲間内に走る。もうッ、周りは敵だらけって感じ。

「ぐえッ」って声が響いたかと思うと、虎さんの鎖が消えて、あとには倒れた獣人たちの姿だけが残る。

「焔さん、二度目はないですよ。」

 虎さんが言う。

 無言で頷く焔さん。

「な? こんなん、誰だって混乱すらぁ。ふつうは焔洞人の言ってることが正しいんだぜ? でも、いまは違う。ホント、訳が判らんなるわ。」

 爺様が焔洞人に同情を示すようなことを言うので、私は肩を竦めてみせる。私もよく判んないけどね、って感じ。

「焔洞人、いま、オレたちに味方はいねえんだ。つまり、オレたち以外みんな敵ってことだ。しかも、わざわざオレたちの方からみんなを敵に回すようなことをしたんだ。いい加減腹括って、自分の立場って奴を考えた方がいい。」

 爺様の言葉に、爺様を睨み返す焔洞人。その傍らで「マジで……」と玲衣亜さんが焔洞人を睨みながら吐き捨てる。マジでいい加減にしろよ……みたいな。

 なんだか厭な雰囲気。身内でこんな状態なんじゃ、先が思いやられるわ。一度引き返して体勢を立て直した方がよくない? でも、ここまで来たら引き返せないか。



 都合よく捕えられたと思った案内人候補が死んでしまったので、とりあえず以前異世界人がいたという部屋まで又八またはちと焔洞人に案内させる。トトさんへ飛びかかった獣人を見て判ったけど、獣人たちの身体能力は半端じゃない。まるでバッタのように飛び跳ねたかと思うとその場から忽然と消えてる感じ。俯瞰してたら動きを追えるかもしれないけど、獣人の一挙手一投足に神経を削っていては、それこそ獣人の瞬間的な移動を捉えることは難しかろうと思う。てことは、そんな獣人をやっつけてのけたトトさんはそれを越える化け物ってことになる。虎さんは上手くやって獣人たちを圧倒したけれど、身体能力だけ見れば獣人に敵わないと自身も白状している。あいつらは人間じゃないってね。

 そんなわけで、先頭をトトさんに歩いてもらって屋内を進んでゆく。トトさんなら出会い頭の衝突にも耐えられる身体を持ってるからっていうんで。



 道中、靖さんがみんなに名前を確認していた。キミ、誰だっけ?って感じで。ふふ、仲間がいたわ。靖さんのおかげで、伊左美さんがトーマス、玲衣亜さんがキャミーだということが判った。

「キミの名前はなんていうんだっけ?」

「わ、私?」

 すいません、覚えてないんですが。

「は、花子?」

 瞬時に思いついた名前を口にするけど、なんか違う。

 靖さんもちょっと顔をしかめて思案顔。

「フランチェスカ。」

 私の傍を歩いている玲衣亜さんがポツリと言う。

「え?」

 思わず聞き返す。

「花子じゃなくてフランチェスカ、ね。」

 微笑んでウインクする玲衣亜さん。

 あ、思い出したッ。

「記憶力いいですねぇ。」

「んん、そうでもないけど。」

「どうやらフランチェスカみたいですよ。そっちはなんていうんですか?」

「え、僕は、ボ、ボスでいいんじゃないっスか?」

「キャミーさん。」

 靖さんも忘れてるみたいだから、玲衣亜さんに助け舟を求める。

「ふッ、うん、僕はボスでいいッスよ。」

 玲衣亜さんがニヤリとする。

「ちょ、知ってんなら教えてください。」

「え? 知らな~い。」

 玲衣亜さんが靖さんを苛めて楽しんでる。

 周囲に人気がないのをいいことに、私の周りだけ和気あいあいといった雰囲気。内心、いつ獣人に見咎められやしないかハラハラしてるんだけどね。やっぱり靖さんってときどき思うけど、ノリが軽いよね?

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