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3-32(109) 一泡吹かせた

 黄泉よみさんは正直きっつい御仁ごじんだと思う。連邦や異世界人拉致犯がくだらない奴らだからって、なにも生殺しにする必要はないよね。拉致犯とか蛇葛だかつ門戸もんどが相手だっていうなら、百歩譲ってまだ理解できるとして、津山さんは連邦の一仙道でしかないんだ。彼がなにかを決定したっていうふうでもないし。

「あれってトドメ刺さなくていいの? なんか見てるこっちがたたられそうじゃない?」

 それとなくとらさんと葵ちゃんに話してみるけど、虎さんも黄泉さんがあれほど激昂してるのを見たのは初めてのことらしく、どう対処していいか判らないらしい。下手に手を出して黄泉さんの逆鱗に触れようものなら、いまの黄泉さんなら如何に師弟の間柄といえどタダで済ますかどうか……っていう。その点には僕も同意する。いまの黄泉さんの精神状態ちょっとおかしいんだもの。とはいえ、数万人の死傷者を出した戦のあとだし、奴らがなんの罪もない異世界人を殺したことを鑑みれば、黄泉さんの怒りも御尤ごもっともなんだよね。むしろ、尋常な精神でもって異世界人を殺してみせた奴らの方が、いまの黄泉さんの何倍も狂ってんだから。目の前の現象に騙されるな、やすし。あの血まみれの男の姿は因果応報って奴じゃないか。



 とか気持ちを整理してたら、バチィッと乾いた音が響く。見ると、津山さんの姿が消えているじゃないか。津山さんがいた場所の傍らには黄蓮こうれんが突っ立っている。

「あれほど手出し無用と言ったはずなんですが。」

 やや苛立ちを含んだ調子で黄泉さんが黄蓮を責める。

「え? ただゴミを掃除しただけなんだけど、なにか気に障った?」

「ああ……。」

 呻きながら、顔を手で覆う黄泉さん。この構図、なんかどこかで見たことがあるんだけど。

「産廃業者を呼ぶ手間が省けてよかったでしょ? ほら、一人工いちにんく払ってッ。は冗談として、ゴミを鑑賞する趣味でもあったんなら、謝るよ。」

 そう言って黄蓮は袖から紙屑を取り出して放り投げる。っていうか、いまの言葉って最初から最後まで冗談で構成されてるよね?

「ほら、ゴミなら代わりを用意したよ。気の済むまで愛でたらいい。」

 うわ、これ黄泉さん怒り狂うんじゃない?

「もう、いいです。」

 あ、黄泉さん意外とあっさり引いた。ちょっと顔が引きつってるけどね。



「これ、こないだ葵さんに貸そうとしてた仙八宝せんのはっぽうだよ。ね、消えたでしょ?」

 黄蓮が葵ちゃんに気安く話しかける。

「ね? じゃないですよッ。そんな物騒な物を貸そうとしないでくださいッ。」

 あの怒りMAXの黄泉さんをやっつけた黄蓮と対等に会話できる葵ちゃんって実は凄い人なの? 怖いもの知らずなの?

「物騒だからいいんじゃないか。でなけりゃ、護身なんてできやしないんだから。」

「それはそうですけど……。」

 あ、ふつうに理屈で負けた。よかったよかった。葵ちゃんはふつうの子なんだから、こっちにおいで。

「ところで、最近やたらとつるんでると思ったら、今度は神陽しんようともデートかい?」

「し、神陽さんは玲衣亜さんたちのお師匠様だから知り合っただけで、デートとかそういう仲じゃ、ないです。」

「必死で否定するところを見ると、図星かな? ねえ、今度はこの爺ともデートをしておくれよ。例の二人も交えてさ、ダブルデートしようぜ。」

 なんか無理して“ぜ”とか言ってるとこが可愛いんですが。

「いえ、それだと一方のペアが男・男になっていろいろと問題が生じるかと思われますので、また機会があれば、ということで。」

 ふふ、葵ちゃんもトーマスさんに対する放置プレイがバレないようにって必死だな。

「そんなの葵さんの気にすることじゃない。葵さんは好きな男を選べばいいんだから。ま、それはいいとして、ちゃんと彼のことは鍛えてる?」

「たぶん、鍛えられてると思いますよ?」

 苦笑いを浮かべる葵ちゃん。

「世の中なにが悲しいって、期待を裏切られるほど悲しいことはないからね。」

 黄蓮が葵ちゃんに牽制球を投げる。

「鶏に空を飛ぶことを期待されても困るんですがそれは。」

「葵さんなら大丈夫。なんとかしてくれると信じてるから。」

「できもしないことを期待されることこそ悲しいって、黄さんにはそんな感覚判らないでしょうね。」

 葵ちゃんが思ってもいそうにないことを言い出した。ただ面倒なのと忙しいのとで放置してるだけだと思ってたんですが。

「若いうちはいろいろと判らないことがあるのは当然だ。鍛え方については、伊左美や玲衣亜に聞いてみるといい。あいつらには話せるからね。」

 あら、なんか外堀を埋められていってる感じ。っていうか、その話僕も知ってるし。葵ちゃんには内緒話はできない……と。メモメモ。



 そんなこんなで拉致犯の仲間が現われるのを待つこと一時間。葵ちゃんは途中で花を摘みに行くとか言っていそいそと姿を消してしまった。黄泉さんは拉致犯の周囲に落魂陣らっこんじんという、陣内に入った者を昏倒させる陣を展開させてるようだけど、徒労に終わりそうな感じ。

「来ませんね。」

「うん……まあ、来ないなら来ないで、あいつらから仲間の正体を聞き出すさ。」

 虎さんと黄泉さんの会話もすでに諦めムード。

「尻尾は掴んだと思いたいが、トカゲの尻尾切りに終わるかもね。」

 黄蓮さんが拉致犯を一瞥いちべつして言う。

「ところで師匠、先程異世界人を帰すとおっしゃられてましたが、ということは議会も異世界へ移動する手段を手に入れたということですか?」

 虎さんが黄泉さんに尋ねる。

「いや、残念ながらいまだに異世界へ行く手段は判っていない。相楽さがらはじめの転移の術が絡んでいるとは思うんだが、爺様も誠一せいいちもなにも知らないと言うし、なに一つ手掛かりらしい手掛かりがないからな。」

 三年以上探して成果がないところから、改めて転移の術のカードってレアな存在だったんだと思う。議会が葵ちゃんの存在に辿り着かないのは爺さんの信用と、彼女が黄蓮のお気に入りだからだろう。天さんが葵ちゃんの転移の術を黙認している理由はさっぱりだけど。なんといっても一番警戒しなければならないのは黄蓮だよね。彼こそどんな理由で心変わりするか判らないし、彼がヤケクソになればそれだけで僕たちも仕舞いだ。だから、早くトーマスさんを鍛えないとッ。



 そうこうするうちに葵ちゃんも戻ってきた。僕と虎さんは彼女がなにをしてたか知ってるけど、敢えて知らない振りをして「ずいぶん長い花摘みだったね」とからかう。すると葵ちゃん、頬を膨らませて「もうッ」とそっぽを向く。そうやってしばらくまた駄弁っていると、なんの前触れもなく拉致犯が僕たちの目の前から姿を消した。

 突然の出来事にキョロキョロと周囲を窺う黄泉さんとそのお弟子さんたち。黄蓮は短く口笛を吹き、敵ながら天晴れみたいな顔をしてる。虎さんも黄泉さんたちに倣って、どういうことだッ? みたいな感じに慌ててる。虎さん、芝居臭えんだよッ。もちっと演技派になれないもんかね。葵ちゃんは目をパチクリさせて、一体なにを表現しようとしてるのかもう判んないからッ。不自然だから葵ちゃんはボーっとしててッ。

「転移の術か。」

 黄泉さんが忌々しげにポツリと漏らす。

「ん~、あの五人の中に転移の術が使える奴はいないはずだけど。一体、どうなってるんだろうね。」

 黄蓮さんも本気で不思議がってる様子。

 痛快だわぁ。ようやく議会に一泡吹かせられたって感じ。戦争を始めたり短期決戦に持ち込んだりと散々僕たちの邪魔しやがってよぉッ。そんなになんでもかんでも自分たちの思いどおりに事が運ぶと思うなよッてんだ。



 とにかく議会に報告して対策を打とうってことで、僕たちはすぐさま三本杉から移動を開始した。黄泉さん、黄蓮と別れて、僕たちは爺さんチに向かう。爺さんチにはいま、爺さんと伊左美、玲衣亜、そして召喚された拉致犯五人がいるはずだ。

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