序-11 (11) アルコールパワーッ
宿にて伊左美と玲衣亜さん用に二部屋借りて、そこに荷物を下ろした僕たちは、身軽な身体で街を散策することになった。
まるで羽が生えたかのようにウキウキ歩く伊左美と玲衣亜さん。
落ち着いた雰囲気を纏う虎さんとロアさん。
一方、外側から彼らを眺めて、ちょうどバランスが取れているのかな、とか、まるでお上りさんみたいだね、とか、白けたことを考える僕。
きっかけが必要だわ。
いまの状態だと、彼らの輪に入っていくのが辛い。
伊左美と玲衣亜さんが可愛らしい外観のレストランの前で立ち止まる。入り口脇のメニュー看板を見ながら、やはりはしゃぐ一同。二階建ての民家のような装いで、庇の上には鉢植えが並べられていて、なんだか小洒落た感じ。明るい緑色に塗られた木建てのドアを開けると、ベルの透き通った音が鳴る。
店員に案内されて、僕たちは店先に設けられたオープンデッキのテーブルに着いた。
そして、みんなメニューとにらめっこ。文字だけだと、どんなものか判らない料理が多いので、店員に質問して、それぞれ適当に注文したあと、伊左美がワインを飲もうと提案した。
昨日あんだけ飲んで寝坊までしておいて、もう復活したの?
ま、僕も別の意味でお酒は飲みたいんだけど、今朝の遅刻の反省を示さなくちゃならないから。とりあえずここは沈黙しておく。迂闊なことを言うと印象が悪くなるかもしれないしね?
そんな心配も杞憂に終わり、意外にもみんなワインを飲むことに賛同していた。まだ昼間なのに、この人たちときたらッ。
「今日は特別だからねッ。」
虎さんが伊左美に念を押す。そういう虎さんが一番ワインを楽しみにしているように見えるんだけど。
真っ先に運ばれてきたワインをそれぞれグラスに注ぎ合う。
そして、異世界での調査がスタートしたことを祝して乾杯した。
舐めるように味を吟味してから、みんな口ぐちに美味いだの甘いだのワインの批評をしていたら、瞬く間にワインの瓶が空になった。玲衣亜さんが虎さんではなく、ほかのメンバーを見ながら「もう一本だけ注文しましょうか?」とモノ欲しそうに尋ねる。
「そうね、人数も多いしもう二本くらいいいんじゃない?」とロアさんが気を利かせる。
「じゃあ、私は白いのを私用に注文しようかしらん」と小夜さんが続く。
「私用ってなにそれ?」と玲衣亜さんが小夜さんにつっこむ。
「いいじゃない。今日は、私は術の試験のために招かれた、いわば客人なんだから、これくらいは報酬の一部でしょ?」
「そしたら私も私用の白ワインを頼まなくっちゃいけなくなるじゃないッ。ああ、昼間からあまり酔いたくないのになぁ。」
どういう理屈か判然としないが、玲衣亜さんはぶつくさ言いながらも嬉しそう。ちゃっかり白ワインを注文するつもりでいるようだ。隣では伊左美が「意味が判らんッ」とぼやいている。
「僕もせっかくだから、白ワインも飲んでみたいですね。」
勢いで発した第一声。
ここまでの無言タイムが半端なかったわぁ。
「ですよねーッ。」
玲衣亜さんが我が意を得たりとキャッキャッと騒ぐ。
「仕方ないね。じゃあ、赤ワイン二本、白ワイン二本で仕舞いだよ。あと、私用とかないからね。」
虎さんも諦めたようだ。
「いや、あるし。」
小夜さんが反論する。
「一人で来店したら、そうなるね。」
「ケチか。」
「ケチじゃないよ。」
結局、みんなお酒が大好きな様子。声を出してよかったッ。あれ? なんでこんな小っちゃなことで安堵してんの? 泣いてもいいですかね? でも、もしかすると異世界にいられるのは今日かぎりかもしれないし、遠慮してる場合じゃないよね。下手をすると今後、虎さんたちと会うこともないかもしれない。ならば、どんなふうに思われようと異世界の料理、酒を堪能して旅を終えればいいじゃないかッ。
運ばれてきた料理をつまみながら、ワインを飲む。昼食っていう感じがしないね。酔いが回ると思考が短絡的になるというか、面倒になってくる。ウジウジと思い悩んでいられなくなる。気が大きくなる。でも、みんなと話すのはやはり苦手だ。
一般人と仙道っていう線引きが、僕の中にできてしまったからね。
しかもその境界線上に、大層な壁まで拵えてしまったみたいだ。
「虎さんとロアさんは何時にあちらにお戻りになる予定なんですか?」
酔いがやや回ってきたところで、事務的なことを尋ねてみる。
「うん、みんなと夕食を一緒にしてからと思っているから、七時とか八時ごろかな。」
じゃあ、夕方までは自由行動でいいよね?
腹が満たされると、改めて別行動への欲求が湧いてきたんだ。
「ちょっとそのへんを散策してみようと思うんだけど、集合場所と時間を決めてもらってもいい? ちゃんと時間までには戻るようにするから。」
一度、一人になって落ち着きたいんだよ。
「ちょ、ボス。ボスが行くんだったら僕らもついていきますよッ。」
は?
「いや、あの、僕、ボスになんてなった覚えはないんだけど。」
なにを言ってるんだ、虎さん?
「いやいやいや、カードを発見した靖さんがこのチームのボスですよぉ。」
「チームって?」
「僕と玲衣亜に伊左美、ロア、そして小夜さんも入れて、チーム靖じゃないですかッ。」
んん、そういうことをいうときは笑顔で言ってほしいな。真顔で言われると、本気なのか冗談なのか判らないじゃない? それにふだんは使いもしない敬語まで使うなんて、完全に人をおちょくっているとしか思えないッ。
「もしかしてお師匠さん酔ってる?」
伊左美に助け舟を求める。
「いや、まだまだ師匠は酔わないよ、ボス。」
「おい、伊左美ッ。」
「ボスッ。グラスが空いてますぜ。」
玲衣亜さんがワインの瓶の尻を持って酌をしてきたので、慌ててグラスを瓶の先に差し出す。
こらッ、片手で酌をしちゃダメでしょッ。
注ぎながら、満足そうにニヤッと笑う玲衣亜さん。
「玲衣亜さんまで、ボスじゃないでしょ?」
「靖さん、いえ、ボス。」
わざわざ言い直さなくていいですよ? ロアさん。
「遠慮は、いらないんですよ?」
なんかロアさんには線引きのこととか、見透かされているのかなぁ。
「とりあえず、ボスの件は置いといてぇッ。」
身振りも交えて話す。
「んでまた持ってきてぇッ。」
すかさず伊左美が脇の荷物を目の前に持ってくる身振りをする。
ケラケラ笑う玲衣亜さん。
「でぶん投げてぇッ。はいッ、ボスの件は仕舞い。冷静になってくださいね。ボスは虎さん以外にありえないでしょうッ。僕なんかまだここに残るかどうかも決めてないんですからッ。」
静まり返るテーブル。
やばッ、なんか超気まずいんですけど。
「そんななんで、いまからこの街を散歩して、一人でどうしようか考えようと思うんです。」
とりあえず言いたいことは言ったぞ。
「ああ、まだ決めてないんだったな。」
伊左美が思い出したように言う。
僕は黙って頷く。
「靖さん、すいません。なんだか僕まではしゃいじゃって、冷静さを欠いてたよ。そうだね、じゃあ、いまが、一時半だから、五時に、宿の前に集合にしましょうか。」
虎さんが申し訳なさそうに提案する。
「判りました。すいません、なんか、別行動になってしまって。」
言いながら、みんなを見回す。
玲衣亜さんが視線を逸らす。
小夜さんは関心なさそうにグラスを煽っている。
おい、お前らこっち見ろッ。
伊左美が「迷子にはなるなよ」と冗談を言う。
ロアさんが「気をつけてくださいね」と言う。
うん、キミたちは大人だね。ありがとうね。
「これ、どうぞ。一文無しでは、なにかと不自由でしょうから。」
虎さんがお金を差し出してくる。遠慮なく受け取ると、「では、五時に宿の前で」と念押しして、僕はレストランを出た。




