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3-30(107) 新年

 暮れの大騒ぎから一夜明け、無事に新年を迎えられました。

 障子を開けて寝室を出ると、もう縁側の雨戸も開けられている。庭の景色は寒々としてるけど、快晴の爽やかな空に乾いた風、降り注ぐ光が気持ちいい。ふあ、ちょっと寝過ぎたかな。あら、蔵の方からお酒の入った壺を抱えてやってくるのはさんじゃないですか。

「あ、明けぁしておめっとうござぁす。」

 少し会釈しながら新年のご挨拶。

「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。」

 壺を縁側に下ろして、丁寧にお辞儀する玲衣亜さん。そんなかしこまられると、僕も恐れ入っちゃう。

「ん、本年もよろしゅうお願ぁします。んで、朝ごはんの準備してるの?」

「うん。ご飯はおマツさんがたくさん持ってきてくれたから、あとはお膳を並べるだけなんだけど。」

 ああ、隣の世話焼き婆さんか。

「そしたら、お膳の支度してくるわ。」

「ダメェ~ッ、それよりこっちをお座敷に持ってってッ。」

 その壺、なんか重そうなんですが。

「え、持てるかなぁ?」

「男の子でしょ。」

「へぇへぇ。」

 無様な姿を晒したくないから、玲衣亜が立ち去るのをしばし待つ。でも、玲衣亜さん動かず。おい、早くどっか行けよ。

「どうしたの? 早く持ってって。」

「玲衣亜も早くお膳の支度しに行きなよ。」

「行くけど、とりあえず見ててあげるから持ってみて。」

「あ、ああ。見ててくれるんですか、そりゃありがとうございます。」

 逃げ道がなくなったんで、無駄にデカイ壺と対峙する僕。壺のふくらんだ部分に手の平をくっつけて、力が入るかどうか確かめる。ググッ……うん、大丈夫。ふううう。

「うッ。」

 力を込めると、思わず声が出る。だけど、持ち上がらないッ。プルプルすること数秒、やっぱダメだッ。愕然として視線が壺と玲衣亜を行ったり来たり。玲衣亜の目は爛々と輝いてる。たぶん、「ええッ? 持てないの? ププ」みたいなことを思っているに違いない。悔しいッ。悔しいけど、どうしようもないからね。

「ちょ、ちょっとここで飲んでから持ってっていいかな?」

 目を丸くして下唇を突き出し、肩を竦める玲衣亜。異世界で覚えたその大袈裟なリアクションは勘弁してほしいんですが。

 そこへが登場する。

「おう、二人とも朝から元気だな。」

「あら、明けましておめでとう。今年もよろしく~。」

 玲衣亜の挨拶に少し距離を感じる。僕との距離をッ。

「ああ、おめでとうございます。今年もよろしくぅ……お願いしますッ。」

 伊左美が僕たち二人に挨拶する。

「明けましておめっとうさ~ん、今年もよろ~。で早速だけど、この壺もよろ~。お座敷まで運んでよろ~。」

「ん、この壺?」

 なんの躊躇ためらいもなく壺をひょいと抱えると、伊左美はそのままお座敷へ歩いていく。マジで?

「伊左美のような奴を男の子っていうんだろうね。」

 伊左美の背中を見ながら、玲衣亜に言う。

「ふふ、じゃあ靖はなんなん?」

「はッ、伊左美が男の子なら、僕はおかッ……なんでもないっス。」

 危ない危ない、うっかりとんでもないことを口走るところだった。

「じゃあ、おかピーはお膳の支度しといてねッ。」

 ぶふ、ピー音を渾名あだなみたいに使ってんじゃねえよッ。まったく、今年は幸先悪いね。



 新年らしくみんなでゆっくり朝ごはんして、それからお宮へ参りに行こうという話になった。仙道さんでもお宮さんへ参るんだ? 神さんなんて信じてないって言ってたのに。ま、異世界でも教会とかに顔出してたし、そのへんは適当なんだろうね。

 例年どおり、お賽銭は末広がりの八ケンロッチ。神様ぁ、僕にッ、仕事と、お金と、彼女をくださいッ。あ、お金があれば仕事はいいです、その代わり健康を追加で……お願いしますよぉ。合わせる両の掌に力を入れて、この瞬間だけはと、持ち合せてもいない信心を懸命に絞り出そうとがんばってみる。

 お参りが済んで、「靖はなんて願掛けしたん?」と玲衣亜が尋ねてきたから、「今年もみんなが元気でいられるようにって」って、新年早々大嘘を吐いちゃった。なんかばち当りそうじゃない? 一方の玲衣亜は「いいお酒に恵まれますように」って願掛けしたみたい。謙虚でいいね。伊左美ととらさんはみんなの無病息災だってさ。やっぱり新年の願掛けといえばこれだよねッてな感じのことをヤケクソで言っておいた。ホントはやっぱりでもなんでもないけどね。



 元旦は隣のおマツさんも訪ねてきたので、虎さん屋敷でみんなで適当にゴロゴロして過ごした。二日目は爺さんにお呼ばれしてたので仙人の里に行く。虎さんたちは天さんのところへも顔を出したみたい。その間も僕は爺さんチで葵ちゃんの父さんとトーマスさんと一緒に遊んでたんだけどね。父さんはかつて連邦と聖・ラルリーグの交易を取り仕切っていたことから、連邦から割譲される領土を統治するお役目に任じられたらしい。年明け早々には越境してないといけないらしいのだけど、そこは葵ちゃんがいるしってんでいまも仙人の里でゴロゴロしてるんだってさ。最近ではトーマスさんと一緒にしろくま京で仕事してたみたいだけど。どうやら、爺さんも葵ちゃんもトーマスさんを放ったらかしにしてたから、父さんとしてはトーマスさんの様子を見るに堪えなかったらしい。もし父さんが気の利かない奴だったら、いまごろトーマスさんは餓死していたに違いない。トーマスさんも出会った当初よりずいぶん元気になっているようでなによりですわ。

 その晩、爺さん、父さん、トーマスさんに挨拶して、葵ちゃんと一緒に虎さんの屋敷へ戻った。



 一月三日。異世界人拉致犯引き渡しの日が明日に迫る。

 虎さんは今日、虎さんの師匠のところへ挨拶に行くってさ。伊左美も玲衣亜も葵ちゃんもいつものように屋敷でリラックスしているようだったけど、どことなく不安を抱えているように見えるのは、僕がそうだからだろうか。

 夕方、虎さんが戻ってくると僕たち四人で出迎える。虎さん、僕たちに笑顔で応えるけれど、どことはなしに諦観を湛えているように見えるのは、やはり僕がそうだからだろうか。

 虎さん僕を座敷に呼ぶと、一対一で向き合って座ったところで重い口を開く。

「明日は、厳しい日になりそうだよ。」

 なんと応じたものか判らないから、次の言葉を神妙に待ち構える。

「議会は是が非でも私たちを捕まえたいらしい。今度の戦争の責任を全部私たちにおッ被せて、戦後処理を円滑に進めようという算段だから、仇として討たんとされるより性質たちが悪いね。」

 虎さん、心ここにあらずといったふうにポツポツと話す。

「なんで僕たちの責任になるん? 最初に喧嘩を売ったのは虎さんらの大将なんでしょ?」

「言い方次第で責任なんて誰にだって押しつけられるのさ。肝心なのは、世間が納得するストーリーを組み立てられるかどうかってことだけだから。」

「じゃあ、結局どうするの? 議会が僕たちを捕えようと躍起になってるってのがはっきりしたんだったら、連中を捕えるのはやめとく?」

「いや、私たちを捕えられなくても、そのときは連中が利用されるだけだ。そうなると、もう異世界のなにかをこちらに広めることはできなくなると思う。だから、連中を議会に渡すわけにはいかんのだよ。」

「虎さんの鎖以外の方法はなんかないん?」

 軽く首を振る虎さん。

「だからね、靖さん。最期にちょっと伝えとこうと思って。」

「なんよぉ?」

 できればそんな言葉、聞きたくなかったんだけどね。

「これまで、危険が伴う場面にも靖さんを連れて行ったのには理由があるんだ。異世界と交流を持つまでの苦難の道のりを、靖さんにも通ってほしかったわけ。それはね、この先、靖さんには一般人を束ねるリーダーになってほしかったからなんだ。」

「リーダー? ボスじゃなくって?」

「はは、それはどっちでもいいんだけどさ。」

 それから、異世界と交流を図るには多数の人の手が必要だとか、そのためには仙道ではない一般人の先駆者が必要だとか、いろいろと虎さんの考えてたことを聞いた。ホントは追々話してくれる内容だったみたいだけど、事情が変わってきたから、いま話しとくんだってさ。そして明日、連中を捕えたら、その足でこの世界から消えるんだ、って。

 虎さん、一通り話し終えると、今度は伊左美と玲衣亜に話があると言って、僕に二人を呼びに行かせた。虎さん、死ぬつもりなのかな? やめてよ。チーム靖のボスは虎さんなんだよぉ。

 伊左美と玲衣亜に虎さんが呼んでるよって声を掛ける。いまみたいな話をされて、この二人はどんな顔をするんだろう? 虎さんの放心したような顔も見たくなかったけれど、この二人の悲しむ顔も見たくないよ。



でも、僕にはなにもできない。僕は……無力だ。

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