3-29(106) 全部裏目った
異世界とこっちの世界をウロチョロしてる連中については、趙泰君の首を取ってきたとはいえ、鄧珍と桃里を死に至らしめた元凶なのだから到底許せるものではない。さらに今回の連邦との戦争を誘発せしめ、幾万の犠牲を両国に強いた罪は重い。また連中こそ、銃発見から現在に至るまでの一連の騒動の主犯に違いないのだ。
仙人の里にノコノコ姿を現わしたことや、趙泰君の首を議会に先んじて討ち取ってきたのは、議会に対する挑発、挑戦だ。そして、性質の悪いのが、連中が聖・ラルリーグの仙道である可能性が高いこと。連中はどこで我々の動向に探りを入れてきているか判ったものじゃない。
連中の目的はこの世界を混乱に陥れることだろう。
連邦でビラ撒きを行なっていたようだが、連中の片割れの引き渡しにおいては、連中が現われることを想定して警戒した方がいい。連邦にも異世界人拉致犯の監視を怠らぬよう釘を刺しておけ。
合戦に参加した仙道たちの慰労に出かけていた伊左美と玲衣亜の報告により、前線の方では以上のようなことが話題に上っていることが判明した。
なんか僕たちがいままでしてきたことがほぼ裏目、裏目に出てるみたい。これは戦争の成り行きを見守るのが吉だったのか? いや、当時は拉致犯に辿り着くためにはそれしか方法がなかったんだ。いま、戦に勝利したからこそ連邦にいろいろと注文を付けられる立場になってるが、それまではこんな状況になるなんて予想できなかったんだから。短期決戦になることも含めてね。まさか年明けを待たずに終戦するとはッ。聖・ラルリーグとしては喜ばしいことだけど、僕たちにとっては番狂わせもいいとこだわ。
無駄、無駄、無駄ッ。
僕たちがよかれと思って起こした行動がすべて徒労だった。むしろなにもしない方がよかったっていう……なんてこったッ。ははは。それにしたって、僕たちへの逆恨みが酷さを増しているのは正直心外だ。仇討ちの矛を向ける相手が居なくなったからといって、仇を捏造しなくたっていいのにッ。
「年越しはみんな休めぇッてことで、拉致犯引き渡しは一月四日になりました。引き渡しには太汪軍黄泉さん、六星泰山さんのお二人が向かわれるようです。黄泉さんは師匠の師匠ですし、泰山さんは現在行方不明の六星卯海さんの兄ですね。卯海さんは異世界人拉致犯の中にお弟子さんもいたようですし、異世界人拉致犯を巡って蛇葛の屋敷にて協議を行なった日に消息が途絶えていますんで、拉致犯との接触も疑われています。黄泉さんについてはまあ、十二仙最強だからという見方が可能ですが、泰山さんについては明らかに異世界人拉致犯と卯海さんを意識した人選だと思われます。つまり、議会はこの異世界人拉致犯引き渡しに異様なまでの警戒を示しており、それはさながら誘拐犯が身代金を受け取るときも斯くの如しといったふうでして。」
伊左美がツラツラと報告を続ける。
六星卯海が行方不明という話し方から察するに、虎さんはまだ弟子二人には“六星卯海殺人事件”のことを打ち明けていないようだ。
「自分たちとしては、如何にして議会の警戒を掻い潜り、異世界人拉致犯と接触するか、というところでしょうか。」
最後に虎さんに意見を求める形で話を終える伊左美。
「如何にして……ね。」
虎さんが伊左美の言葉を反芻する。
「虎さんの師匠まで出張ってくるんじゃ、引き渡しの場に僕たちが……例え変装していたとしても、姿を見せるのはリスクが大きいってことでしょ?」
警戒が強められたのなら、リスクを冒してまで異世界人拉致犯と接触する必要はないように思える。連邦でのビラ撒きよりも危険度は高いんじゃなかろうか。
「うん、ここにきてリスクが右肩上がりで急成長だよ。」
「転移の術で突如拉致犯の前に出現して、一瞬で拉致犯を攫って逃げるってのはイケるん?」
「いや……師匠は陣を敷くからね。下手すると、この世だと思って転移したのに、いざ蓋を開けてみればあの世に転移してましたなんてことになる。」
「無理じゃん。」
思わず口がへの字に曲がる。
「ここが思案のしどころってわけだよ。」
「凄え。ホント、凄いよ。」
僕はハナから諦めようとしてたのに、虎さんここからがスタートだと言わんばかり。ま、僕とは引き出しが違うんだろうから、まだいろんな手段を抱えてるんだろう。僕の傍らで目を閉じて思案する虎さんをよそに、僕は伊左美と玲衣亜に前線の様子や今回の戦争の全貌を尋ねてみる。ずっとみんなで黙ってても仕方ないしね。
やはり話題は十一月二十五日の合戦からスタートし、爺さんの予想どおり、その合戦でテイルラント市東部出身の兵士には相当数の犠牲者が出たらしい。驚いたのは同市東部の犠牲は作戦の内だったということ。国境に接する一つの街をわざと開け渡して、敵兵を聖・ラルリーグ地域の奥深くまで誘い入れるのが目的だったのだという。市街地を避けてテイルラント城手前で布陣したのは、決して連邦軍に押し込まれたからじゃない。
テイルラント城の戦いでは、連邦軍の先陣を切ってきた仙道たちに向けて天さんが仙八宝を使い、連邦の仙道を無力化したらしい。天さんの仙八宝にはそういう力があるんだそうな。その力を恐れたからこそ、連邦の仙道の首領である蛇葛も先手を打って天さんを殺そうとしたわけで、そして天さんを亡き者にしたと、勘違いにせよ思ったからこそ、聖・ラルリーグへ進軍したのだろうといわれている。
仙道が力を失ったことにより、聖・ラルリーグの仙道と術師を制することができる者は連邦軍にいなくなる。獣人たちはされるがままに蹂躙された挙句に兵士からも襲われ、あっという間に壊滅して散りぢりに敗走を開始。聖・ラルリーグ軍は敗走兵を追撃して連邦軍に大打撃を与える。伊左美も玲衣亜も戦後処理の資料には目を通してないから、誰が死んだかまでは把握していないが、連邦側の仙道の死傷者は数十名におよぶが、蛇葛は生きているとのこと。
一方、聖・ラルリーグ軍では仙道に四人、兵士の方に約三〇〇〇人の犠牲が出ている。なお、この合戦が初戦という仙道や術師も多数いたようで、仙八宝や術がたまたま殺戮に向いていた仙道たちの中には、本人の意図しない大量殺人に精神を病んでしまった者もいるらしく、彼らの気持ちを切り替えることが緊急を要する議会の課題になっているほどなんだってさ。気に病むことなんてないのにさ。
そんなことを話していると、虎さんが口を開く。
「僕の鎖で拉致犯を引っ張る……って考えたんだけど、どう思う?」
趙泰君を束縛した例の鎖か。伊左美と玲衣亜はなにも言わず、眉間に皺を寄せて考えてるふう。
「ちょっとあんまりイメージできないんだけど、具体的にはどういった具合に鎖を伸ばして、連中を束縛して、引っ張って、逃げるってのさ?」
一連の動作の所要時間を鑑みると、上手く事が運ぶ気がしない。
「引き渡し現場の近くに潜んで、鎖は予め拉致犯の近くに這わせておく……。」
「え? なにもない所に鎖が転がってたら絶対怪しまれるじゃん。」
「ふ、そこは鎖を超細くしておいて、連中に巻き付けたらば瞬時に引っ張れるだけの強度を持たせてからグッと短くして引き寄せる。そんな感じ。」
「なるほど。」
そのやり方なら、拉致犯を捕獲して逃げることには成功するかもしれない。ただ、気掛かりが一つだけある。
「でも、それだと連中を攫ったのが虎さんだってバレない?」
僕の質問に虎さん、ニヤリと厭な笑みを浮かべる。
「バレるね。」
やっぱりッ。
「それじゃダメだよ。虎さんだってバレるなら、その方法は使えない。」
僕の返事に「はあ、どうしたもんかな」と虎さん、前髪を掻き上げる。うう、なんだか空気が重い。
「ま、まだ一週間くらいあるから、そんな結論を急がなくてもいいんじゃない?」
僕の言葉にもまだ唸ってる虎さん。いい案が出てくればいいけれど、もし代案がなければ言ってやるんだ。「諦めるという選択をする勇気も、ときには必要じゃありませんか?」ってね。その一言に説得力を持たせるために、今晩からボイトレしとこうかな。
夜、寝室にて。
「あ、あ~。諦めッ、ゲフンッ、諦めるとゆう選択肢もぉ……ときには必要じゅわぁ、ありやせんか?」
くッ、なんか違うし。こんなんでいいんだろうか? ダメでしょッ。




