表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/283

3-28(105) 除隊した

自分でも予期していない展開になるのはちゃんと話の先を考えていなかったから


「こんばんは。」

 場所は爺さんの家。爺さんのほかにとらさん、葵ちゃんがいる。そして半笑いで挨拶する僕。この人たちはホントに、人の苦労を嘲笑うようなことを平気でしてくれる。召喚してくれたのは嬉しいんだけど、僕の二ヶ月間の苦労は一体なんだったのかと……僕たちが必死で移動したしろくま京からテイルラント城までの道のりなんて、爺さんや葵ちゃんにかかればゼロになるんだから、これまでの苦労という苦労がてんで馬鹿みたく思えてくるよ。

「ごめんなさいッ。」

 開口一番、頭を下げる葵ちゃん。続いて爺さんも僕に謝罪する。

「急に呼び出したりして、タイミング悪くなかったですか?」

 なるほど、謝罪したのはそういう意味か。

「いや、いいんだ。タイミングなんて言ってられる状況じゃなかったし、召喚してくださって素直に嬉しいですよ。助かりました。」

 これも本心。

「だったら、よかったです。でも、いままでどこへ出かけてたんですか? ずっと長屋に戻ってませんよね?」

「テイルラント城って知ってる?」

「はい、テイルラント市はウチの地元ですから。」

「その城まで物を運びに行ってたんだ。」

「ええッ? なんでッ?」

「伊左美に送ってもらったあと、家にいたら兵隊さんに捕まっちゃってね。気がついたら僕は上川かみかわ小隊所属の一兵卒になってたのさ。ホント、セント・ラルリーグって凄いよね。男なら誰だって兵士になれるんだから。」

「おおう、まさかそんなことに巻き込まれてたなんて。」

 言いながら両手で頬を押さえる葵ちゃん。

「その指は?」

 虎さんが右手親指の包帯に気づいたみたい。

「途中、山賊に襲われてさ。そんときに斬られちゃった。」

「山賊ッ?」

 素っ頓狂な声を上げる葵ちゃん。

「それで、指は無事なのかい?」

 苦い顔を浮かべる虎さん。

「うん、まるっきり無事ってわけじゃないけど、ちゃんと動くし、大丈夫。……ところでさ、聖・ラルリーグ軍が連邦軍に勝ったらしいじゃん。いま、状況はどんなふうになってんの? ほら、異世界関係のこととか、いろいろ含めて、さ。」

 虎さんたちと行動を共にしてたときならいざ知らず、一兵卒として動いてたときは上の情報が全然入ってこなかったからね。

「そうそう、そのことでボスと話したかったんだよ。」

 ボスって……ずいぶん懐かしい響きだな。



 コマツナ連邦と聖・ラルリーグは現在、和睦のための交渉のテーブルに着いている。そこでは領土、賠償金のほか、連邦に亡命した異世界人拉致犯と異世界人の引き渡しも連邦に要求しているのだとか。そこで問題となるのが、異世界人拉致犯と異世界人の処遇についてだ。彼らが聖・ラルリーグに引き渡された場合、拉致犯は尋問を受けることになるだろう。となれば、少なくとも異世界へ行くために転移の術のカードが必要であるなどの情報が議会に知られることになる。異世界人はどんな憂き目に遭わされるか判らないし、僕たちを誘い出すための餌に使われる可能性もある。要するに彼らが議会の手に渡っては非常にマズイわけだ。

「あいつらには僕たちの方が先に唾付けといたはずなのにね。」

 連邦軍との合戦も重なったから、予定が狂うのも仕方ないのかもしれないけれど、このままだと命懸けでビラ撒きしたのが無駄になっちゃう。

「ま、戦もあったし、多少はね。」

 虎さんはもう気持ちを切り替えてるみたい。

「議会への引き渡しは許容範囲内なのかな?」

 尋ねると、虎さんが手を額に当てて唸る。

「う~ん、難しいとこなんだよねぇ。連中がカードの存在を議会に吐く、異世界での活動内容を吐く。まだ、それだけならそれを逆手に取ることも考えられるけど、仮に連中が私たちの正体を看破……とまではいかないまでも、当りを付けていることを想定するなら、できれば議会に連中を引き渡したくないんだよなぁ。」

「あれこれ考え出すとキリないね。」

「うん。杞憂だったってことにもなりかねないし。余計なことはしないっていう選択肢もある。」

 動くのと、動かないのと、どちらが正解か。

「爺さんはどう思う?」

 第三者であり、かつ今回の戦を天さんに代わり指揮した爺さんならどう考えるかってところに、ちょっと興味があった。

「はあッ? オレぁもうなにも言えねえよぉッ。もう全ッ然判んねえッ。ただ、一つだけ言っておきたいことがある。オレを巻き込まないでほしいんだが。」

 やばいッ。爺さんもう壊れかけてる。

「巻き込まれ系災難爺。」

 おいぃ、それ爺さんに聞こえたら葵ちゃん、また怒られちゃうよッ?

「あ? なんか言ったか?」

「ん、なにも。」

 変なとこでハラハラするな。このじじ孫の会話は。



 しばらく爺さんとも話をしたあと、僕たちは虎さんの屋敷に戻った。爺さんは戦も終わったからってんでまた隠居するらしい。仙道たちのまとめ役だった天さんも動けるくらいには回復してるから、あとのことは天さんに任せるってさ。とはいえ、天さんには次のまとめ役を早々に決めてもらって、療養するように勧めているとのこと。「蒼月さんには無理言って今度の戦にも出張ってもらったが、これが最後だろう」と爺さん。まだ全快していない天さんに無理させたのは、天さん不在を信じて疑わなかった連邦軍の裏を掻くためで、それが功を奏して勝利したっていうんだから、爺さんの判断は正しかったんだろう。

 合戦での死者、負傷者、行方不明者を割り出す作業は今後行なわれていくとのことだけど、テイルラント市東部のほとんどの男たちが犠牲になっているのは間違いないと爺さん。一時的にとはいえ、連邦軍に制圧された地域だしね。きっと葵ちゃんの町の男たちも犠牲になっていることだろう。勝利、勝利といったって、その背後にはたくさんの死者がいるわけで。りょう直希なおきも合戦のせいで死んだんだし。一早く逃げ出したまことは無事だろうか。

 あ、そうだ。給金を受け取りに行かなきゃ。いまの僕は虎さんからの支給があるから、お金にガッつく必要はないのだけれど、みんな、日給二〇ロッチのためにがんばったんだ。それをもう要らないっていうのは、みんなに失礼でしょ。あと、あの山賊どもは根絶やしにしてやりたいなぁ。

 葵ちゃんは天さんが回復しているならと、天さんへの面会を爺さんに求めていた。僕たち以外では唯一、葵ちゃんが転移の術者であることを知ってる人物だし、それを黙ってくれてるし、葵ちゃんも天さんと話したいことがあるんだろうね。とりあえず藪蛇にならないことを祈るばかりだ。

 なお、は戦に参加した仙道を労いに方々に出向いるらしく、いまは虎さんの屋敷にいない。



 翌朝、夜明け前だったから気が引けたんだけど、虎さんと葵ちゃんに付き添ってもらってテイルラント城に戻った。城周辺の草原は冬の早朝の冷気に覆われている。そんな中、二人には待機してもらって、僕はこっそりテントに入って布団に潜る。五時になり、みんなと同じように眠り、起きた体を取り繕う。そして、誰も僕がいなくなったことに気づいていなかったことを知った。あれ、僕どっかに“存在感”を置き忘れてきちゃったのかな? っていうか、お前ら殴るぞッ。

 今日は非番で、しかも城を中心とした味方の陣営内にいるとあって、みんな思い思いに過ごしている。焚火を囲んで暖を取る兵士の姿があちらこちらにあった。僕は改めて虎さんと合流して上川さんに掛けあい、一緒に中隊長の元に赴いた。除隊を申請するためだ。先方としてはプーちゃんたちを連邦の領土での作業に従事させようという思惑があるから、本来ならすんなり通らない話だったのだろうけれど、そこは虎さんの取りなしで除隊の話はスムーズに進んだ。給金も即金で受け取ることができた。ホント、虎さんにはこの力をぜひ僕の就職のために活かしてもらいたいんだけどッ。



 除隊を許可され、僕は小隊のみんなに別れの挨拶をする。何人かは餞別の言葉を送ってくれて、何人かとは握手を交わす。焚火に当っていたからか、差し出された手が温かい。こいつらは都に戻ればみんなグータラ駄目人間になるんだろうけど、少なくとも行軍した二ヶ月間はイイ奴らだったよ。

 一通り挨拶を終えて、僕たちはまた虎さんの屋敷へ。それからすぐに、葵ちゃんは仙人の里へ行ってしまった。異世界人拉致犯の聖・ラルリーグへの引き渡しを目前にして、本来なら僕と虎さんはいろいろと考えなければならないはずたったんだけど、鬼の居ぬ間に洗濯とばかり、二人して花街へ足を向ける。

 昼から……昼からはちゃんと考えるからッ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ