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3-27(104) 合戦終わってた

 目の前の藪の奥から、山賊の雄叫びが遠のいていく。もう藪から山賊が現われることもなくなった。代わりに隊列の後方が慌ただしくなっている。前方と後方からの挟み撃ち作戦に変更したわけだ。ただ、前方の方も騒々しいけど、こちらに向かってくる山賊がいないことからまだ護衛の小隊が奮闘しているものと思われる。中間地点には束の間の静けさが訪れて、怪我人の痛々しい呻き声が耳につくようになった。上川かみかわさんが山賊の中から数名を選出すると、ほかの負傷した山賊を小隊で容赦なく殺した。選出された山賊については縄で締め上げている。ま、この行為も山賊たちをやっつけないと意味を為さないわけだけど。

 肩で息をしながら、とにかくまだまだ休憩したいと思う。本来の僕が頭をもたげてきて、天を仰ぐ。面倒臭いって言葉以上の断り文句は存在しないって、前、誰かが言ってたっけ? ああそうだ、誰も言ってない。それは夢の中で、僕が言ったんだ。

 視線を死体の転がる山道に這わせると、上川小隊の顔ぶれもそこにあるのが見て取れる。りょう、結局ダメだったんだなぁ。直希なおき、フラグ回収しちゃったか。ほかにも三人、上川小隊の死者が確認できた。こんなになにもままならない世の中だから、死んだからって悔やまなくたっていいんだ。都ん中で野垂れ死ななかっただけ、まだマシだろ? 給金二〇ロッチが命の代価だなんて、悪い冗談みたいだけどさ。

 僕は無意識に毟り取った足元の黄色い花を、五人の死体の上に放った。せめてもの供養だ。いま、第三中隊に死者を回収してきちんと弔うだけの余力はないだろうし。



 まもなく、前方へ指示を仰ぎに行っていた上川さんが中隊長と共に戻ってきた。二人の背後には一〇数人の護衛の小隊が控えている。

「よく隊列を崩すことなく、見事荷を守ってくれたッ。感謝するッ。隊列の先頭を襲った山賊はすでに蹴散らしたッ。これより我ら後方の山賊を討ちに行くッ。ここにいる無事な者たちは怪我人の手当てをしてくれッ。」

 そう言って中隊長は後方へ走り去り、そのあとを護衛の小隊が追いかけていく。

「上川小隊、集合ッ。」

 護衛の小隊が走り去っていたのを確認して、上川さんが号礼をかける。

 一、二、三……と点呼を取る。十五まであるはずなのに、いまは八止まり。

「これよりほかの小隊と連携して怪我人を保護する。具体的な指示は救護隊を待つことになるが、まずはそれぞれ怪我人の確認から行なう。以上、不明点はあるか? では、解散ッ。」

 改めて辺りを見渡す。

 そこかしこに傷付いた兵士が倒れていて、パッと見、死んでいるのか負傷しているだけなのか判然としない者も多い。正視に堪えない負傷者もいる。この人は僕の傍らから山賊に斬りかかっていった奴だと、見当のつく者もいた。この人が斬られていなければ、僕が斬られていたのかもしれない……僕たちはこの人たちの犠牲の上に生かされているだなと、改めて思う。

 正直、手当てなんてどのようにしたものか判らないから、手が出せない。とりあえず斬り傷で出血が酷そうな部分に包帯を撒く程度の処置を施す。身動きも取れない重傷者がいる一方、僕も親指が深くまで斬られていて、さっきから出血が止まらない。指は動くから、そこまで重傷じゃないんだろうけど。気づけば手が血で真っ赤になっている。ま、これくらいいっかと思っていたけど、それに気づいた兵士の一人が軽い説教を交えながら僕の指を手当てしてくれた。

 まもなく救護隊が駆けつけてきたんで、彼らにくっついてサポートをすることに。でも、彼らの手に負える負傷者は少ないようだった。一部の幸運な者たちだけが手当てを受け、空いた荷台に乗せられる。

 山賊たちの脅威は中隊長たちがついに退けたようだ。さすがに全滅させることはできなかったようだけど、山賊たちもそれなりの打撃は受けただろうとのこと。第二波、第三波の襲撃があるとこちらが全滅してしまうので、早々に僕たちは可能なかぎりの荷台を押してその場を離れることになった。僕たちで賄えない分は護衛の小隊が請け負うのだという。また、彼らは死者と重傷者から遺髪を刈るためにその場に残った。一人が早馬で都へ非常事態を知らせに走る。



 急がなければならないことは判っていたけど、疲労に身体が音を上げていた。時々目眩がするのは、血が流れ過ぎたからだろうか。もう足が棒のようになっている。でも行軍を止めるわけにはいかない。無暗に苦しくって、なにもかも放り出して森の中で眠りたいと考えるようになった。眠い、眠たい。



 青空が揺れていて、吐き気がした。気分が悪い。だけど、さっきよりも身体自体は随分楽になっているように感じた。気づけば、僕は荷台に乗せられているようだった。乗せられたときの記憶はなかった。僕が寝ている脇で、手当てを受けた負傷者が膝を追り小さくなって座っている。ああ、僕のせいで……。身体を起こして、僕も荷台の煽りに背を預けて座る。みんな眠っているのか、誰も口を利かず、俯いている。僕もそれに倣い、もう一度眠ろうと試みる。意識を取り戻したからといって、すぐに荷役に戻れるわけじゃないんだ。ごめん。もう少し、もう少しだけ、楽させて……。



 夕暮れどきに、第三中隊はようやく峠を越え、一つの農村に辿り着き、都からの部隊が到着するまでその村で世話になることになった。そして一〇日目、新たに派兵された部隊と合流した。荷もほとんどなく人数も少ないくせに到着が遅すぎるんじゃないかと、第三中隊の間に不満の声が上がったけど、もう都には人がいないんだとまことしやかに噂され、大きな騒ぎにはならなかった。

 それよりも山賊に襲われて中隊がほぼ壊滅したという事実の方が問題だった。敵国と戦い敗れるならまだしも、なんで聖・ラルリーグの人間にやっつけられなくちゃならないんだッ……そう愚痴を零す者も少なからずいた。戦力を国境に集中させ過ぎたために山賊が図に乗ったんだとか、見せ掛けだけのハリボテの部隊に武器を運ばせるのが間違いだったんだとか、様々にセント・ラルリーグを罵る声をよく耳にするようになった。さらに、一日二〇ロッチで僕たちは奴隷よろしく買収されたんだと、よからぬ方向に考え始める者が増え、部隊の士気は著しく低下した。そんな中、僕は聖・ラルリーグお抱えの護衛隊とプー同盟との対立を恐れて、なにを言われても同調を示すことなくただただ黙っていた。

 中隊長は罷免され、新たに来たどこぞの貴族の息子が新たに中隊長になった。最悪の状態の中隊だったけど、出発の準備が整うと否応なしに行軍が再開された。国境での合戦で聖・ラルリーグ軍が勝利したのだと知ったのはそれから約一ヶ月後、国境の手前にあるテイルラント城塞に到着したときのことだった。



「どうやら国境での戦で連邦軍を退けることができたらしい。」

 テイルラント城の関係者と打ち合わせを終えた上川さんが小隊に告げる。合戦があったのは十一月二十五日。もう一ヶ月以上前のことになる。聖・ラルリーグ軍と連邦軍は当初、国境を挟んで戦ったが敗走し、国境手前に築かれたボン城塞は陥落。テイルラント市東部の市街地も連邦軍に制圧されることになった。それから三日後、連邦の進軍が開始され、聖・ラルリーグ軍はテイルラント城の西側に陣を展開して連邦軍を迎え撃ち、その合戦で連邦軍に大打撃を与えることに成功したのだとか。それから一気にボン城も取り戻し、さらに西に進み連邦域内に戦線を進め、三日前に連邦が隣国に仲介を頼んで和睦を申し入れてきたらしい。

 いまは、どのような条件で和睦を結ぶかを協議しているところだろうって。

 なんだ、もう戦は終結するのか。あまりの短期決着にちょっと拍子抜け。連邦側で見たあの数万人規模の軍隊は一体なんだったのか。そんな朗報に接しても、第三中隊の隊員たちの顔色は明るくはならない。物資輸送の道中で少なからぬ犠牲を出しているからだ。

「まだテイルラント市東部は連邦軍の残党が潜伏していて、第三大隊で残党狩りを行なっている。そういうわけだから、物資はひとまずこの城塞に降ろし、それを以って第三中隊の補給任務を完遂とする。」

 この言葉に、初めて上川小隊の隊員たちも安堵の息を吐く。

 任務が終わってこれからどうするか、というのがみんなの関心事だった。戦が終わったとはいえ、このまま帰れらせてもらえるのだろうか? もし帰っていいとしても、どうぞご勝手に……と来られては正直、みんな帰ることができないだろう。



 テイルラント城は中も外も兵士でごった返し、お祭りのように賑わっている。遠方の町からも人手が集まり、屋台が軒を連ねたりして、城の周囲の草原地帯はいまや一大キャンプ地に様変わり。これでも最盛期に比べれば落ち着いた方なのだという。明日は久しぶりの非番ということで、小隊のみんなとキャンプ地に繰り出し屋台を物色して歩き、夜が更けたところで自分たちのテントに戻る。

「なんか聞いた話だと、連邦の領土の一部が聖・ラルリーグのモノになるってんで、兵役に就いた一般人はそこで開墾作業とか農作業に駆り出されるかもしれないってさ。」

 就寝直前のテント内で圭二が話す。

「でも、領土が割譲されるにしても、そこには獣人がいるんだろ?」

「いや、よく判んないけど、獣人たちは全員余所に出てってもらうらしいぜ?」

「ああ、なら余計な争いごとの心配はしなくていいんだ?」

「ホントのところがどうなのかは判んないけどね。」

 暗がりの中、みんなのヒソヒソ話を聞きながら、眠りに就くのを待っていると、ある瞬間、空気が変わった。その違和感に目を開けるのとほぼ同時に、「靖さん」と僕を呼ぶ声。

 あ、爺さんだ。

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