3-26(103) 襲われた
汗を掻きかき荷台を押して、しろくま京からずいぶん西へ来た。
人里の中を行軍していたときと違い、奥へ奥へ行くほど道は荒れて、雨なんて降ろうものならその日の行軍速度に著しい影響が及んだ。到達目標地点へ着くことなく野営の準備に入ることもしばしば。なんの訓練も受けていないから、天候一つでみんなの気分も簡単に荒むんだ。出発から二度の雨天に見舞われ、みんなの士気の低下を見兼ねた中隊長が、雨天での行軍を中止する旨を発表する始末。でも、おかげで目覚めたときに聞こえる雨音に気を滅入らせずに済むと思うと、すごく気が楽になった。
中隊長、小隊長を始め、護衛の小隊は僕たちのような半端者ではない。彼らは都で年に数度行なわれるという戦闘訓練にも参加していたらしく、そこで培った経験でもって僕たちを教育しにかかる。だけど、僕たちみたいな半端者が、一週間やそこらで一端の部隊の一員然とした人間になれるわけがない。
ほかの小隊から聴こえてくる噂によれば、すでに脱走した者もチラホラいるんだってさ。脱走したって特に罰則もないというし、悪くはない選択だと思うよ。だけど僕はといえば、なぜか脱走したいとは思わなくなっていた。ま、あまりに人里を離れ過ぎてしまったってのもあるけど、このまま上川小隊の一員として職務を全うしたいとさえ思っているんだよ。昨夜の直希の話じゃないけど、やっぱり誰かに必要とされてる感覚ってのが嬉しいんだろうね。そう思うと、虎さんたちって僕にとって稀有な存在だと思う。僕になにを期待してるってふうでもないのに、僕を誘ってくれるんだもの。三番目の弟子がどうとか言ってたけど、アレも冗談だろうし。
二ヶ月で国境の軍隊に物資を渡して、それからどうしよう? みんなと一緒に帰ってたら長屋に戻るまでに三ヶ月経っちゃうよね。ただでさえ遅延気味なのに。こりゃ、三ヶ月後の異世界人誘拐犯との接触は僕抜きで行なうことになりそうだ。
そんなこんなで山の麓まで辿り着いた僕たち。
遠目に地平の彼方に連なる山々を目にしながら、どういうルートで行軍するんだろうと気にはなっていたんだ。でも、ついに麓にまで来ちゃいましたよ。峠を越えろってことですね? すっごく気が進まないんだけども。
「これより“佐久馬越え”に入る。山道だから道幅も狭く、一歩踏み外せば崖下に真っ逆さまという箇所もある。適時、注意するよう指示するが、いまから気を引き締めて進んでほしい。あと、ここには古来より山賊が棲みついているという話もある。瀧、三森の各小隊は、命に代えても中隊全体を無事通過させることを念頭に、警戒するように。」
点呼ののち、中隊長から以上のような注意事項が発表された。それから武器を貸与するってんで、荷台から剣が降ろされ、護衛の小隊以外の人たちに配られた。持ってみると、ズシッしていて結構重い。こんな余計な物を持って行軍するなんて、中隊長は荷を運ぶ人間の気持ちって奴を全然考えてないんだからッ。
それ以前に、山賊とか聞いてないんスけど。
「古来よりいるってんならお前らでさっさと片付けとけっつうんだよなぁ?」
荷台まで歩きながら、遼がぼやく。
「やっつけてもやっつけても、この手の奴らは後から後から湧いてくんだよ。」
直希が遼を諭すように言う。
「ボウフラみたいな奴らだな。」
「経済が流れていないところに、あいつらは湧くんだ。」
「僕ぁ、山賊が出てきたらドロンするでござる。」
遼と直希の話の輪に加わり、真が冗談を言う。案外、冗談じゃないのかもしれないけど。うん、さすがに山賊が出てきたら僕もドロンしようかな。虎さんたちだったら、山賊なんて目じゃないんだろうけどなぁ。護衛の小隊に目をやれば、威勢だけは良さそうに見えるけど、所詮は一般ピーポーなんだよね、と思う。どうも頼りない感じ。
「山賊もまさか中隊を襲うようなことはあるまい。あいつらはてめえらより弱い奴を襲うって相場が決まってんだ。」
僕たちのぼやきを黙って聞いていた敏が、みんなの不安を払拭するように言う。
「まあ、いいさ。万が一にでも山賊に襲われて死ぬるようなら、それはやっぱりこの国にオレは要らんのだと……ただ、それだけのことさ。」
直希ぃ、それは死亡フラグなのか生存フラグなのかッ?
「さ、押すべえ。」
こうして緊張の“佐久馬越え”越えが始まった。
峠を歩き始めて数時間。時折り小休止を挟みながらも、日が落ちる前に山道を抜けようと、ふだんよりやや急ぎ足で行軍が続けられていた。
慣れない坂道を延々と歩き続けたものだから、意識はもう手と足にしかいかなかった。手に荷台の重さを感じながら、足元にだけひたすら注意して、視線は斜め下の地面に釘付けといった状態。そんな中、前方の方からどよめきが伝わってくる。ふと前を見れば、一騎の騎兵が声を上げながら駆けてきている。
「警戒ッ、警戒しろぉッ。山賊が出たぞーッ。」
騎兵は同じ言葉を繰り返しながら僕たちの脇を駆け抜けていった。
僕たちの左手は急な斜面の崖、右手が藪になっている。道幅は荷台がぎりぎり離合できるくらいで、そんなに狭くはない。
「じゃあなッ。オレぁ、約束どおりドロンするぜッ?」
言うが早いか、真が藪に分け入り、そのまま森の中に姿を消した。
僕はその素早さに舌を巻く。
「真ッ?」
僕たちよりやや先を歩いていた上川さんの素っ頓狂な声が響く。
上川さんのいる位置よりさらに奥、隊列の前方が騒々しくなっているのが見える。
「へい、槍を持ってこうぜッ。」
遼が小隊のみんなに呼び掛ける。
僕が反応するより早く、みんなが荷台から槍を取り出していく。
ドドドドッ……って大地を揺るがすような轟音とともに、荷台の脇を護衛の小隊の一団が前方へ向かって駆け抜けていく。
「やばいよ。マジ、やばいよ」と言いながら、圭二が槍を僕に渡してくる。
「山賊って何人いんだろ?」
「ふう、どうなんだろ。」
みんな見るからに緊張していて、一生懸命深呼吸している。かくいう僕も呼吸が整わない。
「上川小隊ッ、これより前進するッ。オレに続けぇッ。」
「おあぁーーッ。」
上川さんの号礼を受け、みんなと適当に叫び、歩き始める。
右往左往しているほかの小隊の役立たず共を尻目に前へ進むと、僕たちのあとを追うように各小隊がついてくる。そのスタートの遅さに少しイラッとくる。ここまできて、まだ自分のことをプーちゃんだとでも思っているのかッ。戦う義務はないってのかッ。虎さんたちも葵ちゃんの町の人たちだって、逃げずに戦っているというのにッ。やる気がないなら、真よろしくさっさと離脱すりゃいいんだッ。その方がよっぽどスマートだッ。
そう思いながらも、僕の胸中も全く穏やかじゃない。斬られるとどんな感じか想像してしまう。腸と頭さえ無事なら、生きていられるだろうか。片腕斬り落とされたって、もう片方の腕でやり返すんだッ。口元を歪めて、目を見開き、狂人になったかのような気分に浸る。ああ、酒がほしい。世界が歪まない程度に、酔ってしまいたい。
前方の護衛小隊と合流する前に、藪がワサワサと揺れたかと思うと、そこから山賊が飛び出してきた。いち早く山賊の動きを捉えた直希が槍を突き出し、一人目に傷を与えるも、山賊は次から次から藪から姿を見せる。山賊の奴ら、藪に回り込んで隊列を横から崩そうと目論んでいるようだ。
藪にわずかでも身体の自由を奪われている隙を狙い、山賊の奴らに槍の一突きをお見舞いする。それでも大群で押し寄せてくる山賊の群れ。剣しか持っていない小隊も藪を挟んで山賊と対峙し、僕たちがその戦闘をサポートするという構図で、しばらく小競り合いが続く。
その最中にも補給部隊側にも怪我人、死者が出る。遼が肩を斬られるのが見えたけど、僕は目の前の敵を喰い止めるのに必死だったから、直希のその後のことが判らない。藪の周辺には怪我人と死人がいくつも転がっている。なのに、山賊の甲高い雄叫びが途切れることなく藪の奥から聞こえてくる。山賊一人ひとりの必死な形相とその雄叫びに気が狂いそうになる。はあ、はあ……ふう~。インターバルは? くそ、インターバルをくれッ。




