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3-25(102) 馬鹿自慢

 行軍を開始して一週間が経った。

 始めは体力的な不安もあったけど、杞憂だったみたい。案外ついていけてる。パン屋で真面目に働いていてよかったッ。野営にはまだ慣れないけど、簡易テントの設営にみんなで精を出して、一緒にご飯を食べて、それから泥のように眠るっていうのは、思ってたよりも悪くなかった。周りにいるのも悪い奴らじゃないしね。

 我が上川かみかわ小隊にいるのはみんな堕落した人間だったから、自分が如何に堕落していたかということを、夜毎よごとにまるで自慢話のように話しては笑い合っていた。

 ホント、みんな馬鹿ばかりだよ。

 でも、そうやって外聞を取り繕わずに馬鹿をさらけ出して、恥じることない間柄ってのもいいかもしれない。それはまだ出会ったばかりだからこそ実現する、儚い関係なのかもしれないけれど。親しくなるにつれ、結局、自分の良い印象を守るために本性を曝け出せなくなるんだから。



 テントの中で、今日も今日とて馬鹿話に興じる一同。

 本日はこれまでの人生で一番やってしまったッ……ていうことについて語り合っている。

「オラぁ昔、井戸って奴が判ってなくてさぁ、蓋の上で飛び跳ねてたら蓋が抜けて落ちそうになったことがあるんだけど。あんときは子供心に死ぬかと思ったわ。」

 りょうの逸話に、みんなが驚きの声を上げる。やっちまった感八〇点。

「最初っから結構凄いのが来たね。」

「ネタに命を賭けるのはやめろしッ。」

「ネタじゃねえよッ。」

「いや、もうネタでしかないじゃん。」

 みんな口ぐちに適当な相槌を打つ。

 次、直希なおき

「ん~。」

「え? まさかいま考えてんの?」

「ん、ああ。」

「ちょいッ、さっきの間に考えとかないとッ。じゃあ、直希は飛ばして次、辰真たつま、ゴーッ。」

「やっちまったこと、やっちまったことかぁ。ん~、家出したことかな?」

「家出?」

「うん、親父がキッツイ奴だったから、嫌気が差して家出して、いまに至るっていう。」

 聞けば、十三で家出して二十二になるいままで家には帰ってなくて、仕事もボチボチしながら、フラフラしていたのだという。親父ってのが飲んだくれでよく家族に手を上げてたというから、後悔ばかりじゃないけれどって。これガチな奴じゃないかッ。

「お前、早く帰れよッ。」

「お母ちゃんが泣いてんぜ?」

「おい、親舐めてんじゃねえよッ。」

「いまなら親父に勝てるんじゃないですかねぇ。」

 こいつらグ~タラ人間のクセに優しくて笑える。やっちまった感40点。



 次、直希をも一回飛ばして圭二けいじ

「オレも子供のころの話なんだけどさぁ、友達誘って遊んでたんだよね。箒でもってチャンバラごっこしてたら、貴族の子供らが一緒に遊ぼうって言うから、いいよって。子供って怖い物知らずじゃん? だから、そのときは貴族っつっても、自分らと同じだと思ってたんだよね。だけど、そのチャンバラごっこで友達が貴族のクソ餓鬼に斬られて、仏さんになったんだ。オレは、情けない話なんだけどさ、オレも斬られると思って、怖くなって逃げちまった。これがオレのやっちまったなぁって話。」

 くッ……お前らレベル高くない? そんな過去を背負って圭二はどこへ向かおうとしてるんだ。そりゃ、国境でしょ?って、くそ、キッツイわ。

「その貴族のクソ餓鬼はどうなったん?」

「別に、どうもなりゃしないさ。オレも友達も百姓のせがれ、相手は貴族の倅だ。貴族が百姓を斬ったって、どうってこたぁない。」

「どうってこたぁないって。」

「どうってことはないのさ。」

「それってしろくま京での話じゃないんだろ? しろくま京じゃ、そんな話は通らないだろう。」

「ああ、もっと東の方の、メントス市の話だ。」

「厭な町だな。」

「うん、厭な所だから、こっちに出てきた。向こうに居たら、その餓鬼を殺したくなるし。」

 やっちまった感一〇〇点だわ。圭二の物騒な言葉にみんな苦笑いしてるし。



「直希、もうまとまっただろ?」

 あ、まだ続けるんだ? もうおなか一杯なんですけど。

「うん。」

「言ってみ?」

「オレは、かかあと結婚したのが、やっちまったって出来事だな。」

「なんなん? 嫁さん怖いん?」

「うんにゃ、もういないよ。」

「逃げられたか?」

「ああ、逃げられちまった。」

「なんで出て行ったんだ?」

「ちょっと身体が弱くってね、風邪で寝込んだかと思ったら、あっけなく死んじまった。」

「そ、それは、ええ、お悔やみ申し上げます。」

「でも、早くに亡くなられたからって、嫁さんに対してそんな言い方するもんじゃなかろう?」

「そうだよ。」

「あいつがいなくなったらね、オレ、もう生きてても仕方ないんじゃないかって思えてね。なんもする気が起きなくてプラプラしてたら、今度の兵役に誘われたんだけど。なんとなく、まだオレを必要としてくれるとこがあるんだなぁって。しんどいけど、もうちょっとがんばってみようかなって、思い始めたところなんだ。」

 いい話なのかな?

「そうだよ。その方が天国の嫁さんも喜ぶよ。」

「強引な兵隊さんの勧誘もときには役立つことがあんだな。」

「おう、がんばれよッ。」

 うん、いい話だ。

「子供はいないの?」

「嬶の腹ん中にいた。」

「すいません。そんなつもりで聞いたんじゃないんです。」

「いいよ。」

「すいません。」

 ふ、いい話じゃなかった。



「じゃあ、次、やすし。」

 ああ? 靖って誰だよ……って、僕しかいないじゃんッ。

「そうだねぇ。最近まで僕、いろんなところで働いてて、しばらく家を空けてたわけ。で、仕事がキリいいとこまで済んだから、久々に家に帰ったんだよね。それがやっちまったってことかな?」

「なんでぇ? 仕事が済んだんなら、みんな家に帰るだろぉ?」

「うん、そうなんだけど、家ってのが長屋なんだけどさ、近所の誰かが僕のことを遊び人みたいに思ってたらしくて、兵隊に僕の帰宅を通報したみたいでさ。で、ここに連れて来られたっていう。」

「ていう、じゃないじゃん。仕事があんなら抜けた方がいいよッ。」

「そうだよ。勧誘のときに仕事してるかどうか聞かれたでしょ?」

「たぶん、事前に近所の人からいろいろ聞いてたからだろうと思うけど、信じてもらえなかったんだよ。」

「そりゃ酷いね。」

「酷いでしょ? だから、やっちまったっていう。」

「仕事はどうすんの?」

「さあ、どうするんでしょう?」

 ホント、どうしたらいいんでしょう?

 せめて転移の術のカードの一枚でも肌身離さず持っていれば、すぐにでも逃げだせたのにッ。

 ああ、僕の馬鹿ッ。

 こうして夜が更けていくのでした。

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