3-23(100) ビラ撒き終わり
燈礼亭は単独で僕たち五人と対峙してなお威風堂々とした佇まいを崩さない。武器も手放しているというのにッ。これが……連邦の仙道ッ。
「不躾で申し訳ないが、まずはあなた方の素性を教えていただきたい。」
腹から発せられるよく通る声で、彼は僕たちに質問を投げかける。
「物言えば、唇寒しと言うじゃない? まずはあなたの考えをお聞かせ願いたい。」
その問いに対し、涼し気な口調で返す虎さん。
「うむ。端的に言って、あなた方は異世界と繋がりのある、聖・ラルリーグの仙道じゃないか。そしてコマツナ連邦に亡命してきた元聖・ラルリーグの仙道の仲間であり、その亡命者を奪還しようと我々の領土で亡命者に訴えるためのビラを投下している。このことから、あなた方は亡命者の居所を知らず、またこちらの仙道に特に伝手もない、と推測される。どうだろう?」
「半分正解、半分外れってところだね。まず第一に、連邦に亡命した仙道たちは僕たちの仲間だが、僕たちは聖・ラルリーグにも連邦にも与していない。だからあなた方が私たちに対し“奪還”という言葉を使うのは間違っている。これはビラにも書いてあるんだが、そこには“ちょっと話がしたい”としか書いていない。ま、連邦が……僕たちと敵対しようというなら、囚われた仲間を奪還する、という表現になるのも止むを得ないだろうけど、そこのところをあなた方はどう考えているんだい?」
「無論、元々我々にあなた方と敵対する気はない。だが、今度のようにあなた方が人の国の空を無遠慮に飛んで好き勝手な振舞いを続けるようなら、敵と見做すしかなくなるわけだが。」
「うん、これまでの行為が半ば連邦に対する挑発行為に当たることくらい判っているさ。それはそれとして、ビラは見てくれたかい?」
「ああ。」
「なら、話は早いな。僕たちは仲間とサシで話がしたいんだ。もし、そちらがそのためのお膳立てをしてくれるというなら、僕たちもこれ以上、連邦で無茶はしないと約束しよう。勘違いしないでいただきたいのは、僕たちは連邦にも聖・ラルリーグにも特に用はないってことだ。ただ、仲間に用がある。それだけだ。判るかい?」
「承知した。ただ、協力といっても、具体的にどうすればいい?」
「ビラの内容どおりさ。来年一月末日午後一時、ブロッコ国のテーム高原の三本杉に仲間を来させてくれればいい。連れてきたりとか、付いてきたりとか、そういう余計なことは一切しないでほしい。何度でも言うが、私たちが用があるのは仲間にだけだ。」
ちょっと思案顔の燈礼亭。
「何度でも言うが、いまのところ、私たちは連邦にも聖・ラルリーグにも興味はない。」
そこへ虎さんが一言付け加える。
「私の一存ではこの場で答えを出すことができんので、改めて回答させてもらいたいのだが。」
「改めて回答といったって、一体、どこで誰に回答する気なんだい?」
「それは……。」
「どんな罠が仕掛けられるか判らないのに、そんな悠長に“じゃあまたね”なんて言えると思っているのかい?」
燈の言葉を遮って、虎さんが彼に尋ねる。
「む、そう考えるのも止むを得ないか。」
「当然でしょ? あなた方の回答は三ヶ月後に確認させてもらうさ。」
虎さんの言葉に燈は口をへの字に曲げて押し黙る。
「あと、一つ教えておくが、私たちのうち霊獣を駆る三人は確かに仙道だが、あとの二人はれっきとした異世界人だ。」
「おお」と燈が感嘆の息を漏らす。
「連邦は私たちと敵対するつもりはないと言っていたが、私たちのうちには生粋の異世界人がいる。いま、彼らの同郷の者たちが皮肉にも私たちの仲間に攫われた恰好になっているのだけど、攫われた者たちは異世界に帰ってもらうべきだと私たちは考えている。」
燈が眉を顰める。虎さんの言葉への不快感を隠すつもりはないようだ。
「つまりね、現状のままだと連邦は異世界をも敵に回すことになると、これは忠告ね。」
「あなた方の要求は判った。善処しよう。」
「期待しましょう。」
「では、これ以上、あなた方はこちらの領域に侵入しない、ということでよろしいか?」
「ああ、三ヶ月後までは。」
「感謝する。では、失礼。」
燈が霊獣に跨る。
「あ、ちょっと。ちなみにあなたは、蛇葛さんとは知り合いなのかな?」
「無論。あなた方のお仲間のことも、異世界人の処遇についても、蛇葛さんやほかの仙道ともしっかり協議しておく。」
「それでは」と言って、燈はそのまま霊獣に乗って去っていった。
これでこれ以上ビラを撒かなくても異世界人拉致犯には確実にビラの内容が伝わるわけだ。あとは約束の日を待つばかり。
僕が伊左美に手を差し出すと、伊左美はとぼけた顔をして僕の顔を見返してくる。
「え? なに?」
「ふ、いや、とりあえず今回の作戦が上手くいったからね。おめでとうっていう。」
「馬鹿、まだどうなるか判らないじゃないか。」
「はッ、まあね。」
伊左美が恥ずかしがってるから、僕も手を引っ込める。
「でも、ほとんど行方が判らなかったあいつらに一歩近づいたんだから、すごいことだと思うよ。」
あら、玲衣亜が伊左美を口に出して褒めるなんて珍しい。
「おッ? 珍しい。明日雪降るんじゃない?」
「また失礼なことばっかりッ。」
「伊左美と靖さんにはデリカシーって奴が無いからね。」
「そういう虎さんも失礼じゃないっすか?」
「事実だからね。」
「事実だけど、言っちゃいかんでしょ。」
「ほら、自他共に認めてんじゃん。」
「オレは失礼な奴じゃねえよッ。」
「知ってる。伊左美は伊左美だからね。」
「なんかその言い方腹立つわぁ。」
「なんで? 伊左美は伊左美じゃない?」
「いや、そのとおりだけど、文脈から察すると、すっごい失礼なこと言ってるよな?」
久しぶりの伊左美と玲衣亜の言い合いが耳に心地良く響く。
「はいはい、二人ともそこまで。」
僕は二人の間に立ち、両者の手をそれぞれ掴む。
「失礼なのは……こっちぃッ。」
バッと伊左美と玲衣亜、両者の腕を掲げる。
「はあッ?」
「ええッ?」
「キミらどっちもどっちだからねッ。」
二人ともブー垂れてるけど、そこがよかったりするわけで。
「ほら、みんな帰るよ。」
作戦が概ね思惑どおりに進められていることへの興奮も冷めやらぬ中、虎さんの催促により、みんなで帰路に着いた。
ビラ撒きの件が落ち着いたからといって、虎さんたちには議会から与えられた偵察の任務があるため、暇になることはない。僕はひとまずお役御免になっているんで、暇だけども。葵ちゃんは継続して付いてくようだけどね。異世界の恰好ができなくなった分、これまでより危険度は増すこと間違いないし。
最新情報では敵の勢力は五万以上とも言われている。仙道が軍隊の周辺を警戒しているので確証はないらしいが。対する聖・ラルリーグ軍は現在二万の兵を国境に動員すべく移動させているのだとか。五万対二万では数に押されて敗色濃厚だけど、あとは仙道さんの力量差に賭けるしかない。
さて、僕は三ヶ月後の年明けまですることがないから、長屋にでも帰るとしますか。それで、みんなと相談して、翌朝に葵ちゃんに送ってもらおうという話になったんだけど、葵ちゃんがしろくま京の中央付近に転移できないと言うので、伊左美に送ってもらうことになった。




