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アオイロソウビ  作者: 青波零也
Chapter 4:Sailing against the Wind
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騎士と少年

 小さな足音が響いてきて、ライラは顔を上げた。

 そこには一人の少年がいた。スノウを連れて奥に走っていったあの少年だった。そして、少年が手を握っていたはずのスノウの姿は無く、ライラはそれだけで全てを理解できた気がした。

「――スノウ様は、行かれたのですね」

 その声が酷く落ち着いていたことに、言った自分で驚いた。スノウが「旅立った」となればもう少し動揺するかと思っていたけれど、そうではなかったようだ。

 スノウが己の願いを叶えると、信じていたからかもしれない。

 少年は、ライラの言葉に小さく頷いた。泣いていたのだろうか、その瞳は赤く腫れている。それでいて、少年の表情は妙にさっぱりしたものであった。

「その、スノウを助けてくれて、ありがとうございました」

 少年はぺこりと頭を下げる。ライラは「いいのですよ、それが騎士の務めですからね」と返して、微笑みを見せる。ただ、それが本当に「騎士の務め」であったかどうかは、自分自身にもわからない。

 スノウを襲った男は、まだ側に転がしたままだった。殺してはいないが、すぐに目覚めることもないだろう。この男を神殿に連れ帰るのは、スノウとこの少年がどのような道を選んだのか、それを確かめてからでいい。

 そうして、ライラはこの場に留まり続けていた。

 ライラは、不意に少年が手に握っているものに気づく。それは、ライラがスノウに贈ったお守りのリボンだった。

「それは、どうしたのですか?」

 ライラが聞くと、少年は「預かったんです」と笑った。

「スノウが向こうに行ってる間、俺を守ってくれるように。それで、スノウが帰ってきたら返せるようにって」

「ああ……」

 ライラは思わず笑ってしまった。それはとてもスノウらしい。それに、違う世界に行ったのだとすれば、世界樹の加護は届かない可能性が高い。そう考えれば、スノウの友達になってくれたこの少年の手にあるのも、悪くはないかもしれないと思う。

 今まで、スノウをきちんと守ってくれたのだ。これからもきっと、この少年を守ってくれると信じて。

 そういえば、と。

 ライラは今更ながら少年に問うた。

「今まであなたの名前を聞いていませんでしたね。私はライラ・エルミサイアと申します」

「あ、俺は、セイルっていいます。セイル・ブリーガル」

「セイル、ですか。覚えておきます。スノウ様の大切なお友達ですからね」

 少年、セイルはライラの言葉を聞いてちょっと顔を赤くした。何故セイルがそんな顔をするのかライラにはわからなかったが、神殿の外で初めてスノウが出会った友達のことは、きっとライラも忘れることは無いだろう。

 これから先も、ずっと。例え、スノウが二度と戻ってこなかったとしても。

 戻ってこなかったと、しても。

 そう思うと、自然とライラは少年の名を呼んでいた。

「セイル」

 この少年に聞いても、仕方ないとわかっていても。

 どうしても、聞かずにはいられなかった。

「私は、スノウ様を守れたと思いますか?」

 セイルはきょとんとした表情でライラを見て……それから、ライラの想像に反して力強く頷いた。

「うん、ライラさんのおかげでスノウは夢を叶えられた」

 ――それにさ。

 セイルはにっと笑った。少年らしい、無邪気な笑顔で。

「ライラさんが来てくれて、スノウ、すごく嬉しそうだったもん。きっと、ライラさんに守られてホントに安心したんだよ」

 ライラは、セイルの言葉にはっとして……「ああ」と声を出していた。

 自分は、きちんと守れていた。守れていたのだ。あの時だけは、スノウの身だけでなく、心も守り通せたのだ。一番守るべきものを、見失わずにいられたのだ。

 ライラは笑う。心の奥に響く微かな痛みにも似た思いを抱きしめて、一番大切なことを教えてくれた少年に笑いかける。

「……ありがとう、セイル」

「え?」

「スノウ様は、あなたのような人に出会えて、幸せですね。きっと、これからも」

 スノウは、この優しい少年がくれた思い出を支えに、前に進んでいくだろう。背筋を伸ばし、黒髪を揺らして歩いていく背中を思い描き、ライラはぎゅっと手にした槍を握り締めた。

 この胸に生まれたのは、小さな寂しさと温もり。

 そして……「本当によかったのか」という、小さな疑問。

 自分の為したことは、スノウの心を守れていたのかもしれない。けれど、「自分」はこれでよかったのだろうか。全ては騎士として、ライラ自身として、正しい選択だったのだろうか。

 いくつか言葉を交わし、外に向かって駆け出していくスノウの友人の背中を見据えながら、ライラは闇の中で一人、胸をそっと押さえた。

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