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アオイロソウビ  作者: 青波零也
Opening:Dreaming a Blue Dream
3/38

騎士

 知恵の姫巫女、スノウ・ユミルが拐かされた。

 騎士ライラ・エルミサイアが師であり上官でもあるユーリス神聖騎士団炎刃部隊長、ギーゼルヘーア・アウルゲルミルからその話を聞かされたのは、スノウが消えた翌朝のことだった。

「まさか。あのお方の部屋は神殿の中でも最も警備の厚い場所でしょう。それに、あのお方が夜中に外を出歩いていたとも思えません」

「だが、そのまさかが起こったんだ」

 ギーゼルヘーアは小さく溜息をついて、机の上に肘をついて頭を預ける。その態度だけ見れば気だるそうで、どうにも危機感が感じられない。だが、事態は決して楽観視できるようなものではなかった。

 どのような場にあったとしても部隊長の怠惰な態度はいつものことだが、今回ばかりは事態が事態だ。ライラはつかつかと大きな机の前に歩み寄ると、片手で強く机を叩く。

「師匠! 今こうしている間にも、スノウ様のお命が危険にさらされているのでしょう!」

「確かにそうとも言えるけどなあ」

 鬼気迫る表情のライラに対し、ギーゼルヘーアは四十半ばとは思えない、青年のような顔でへらりと笑う。先天性魔力中毒症……俗に言う『忌まれし者』として生まれた彼は、人間とは少しだけ時の流れ方が違う。

 その見た目と怠惰な態度と相まって、名誉ある炎刃部隊の部隊長でありながら、部下からも昼行灯呼ばわりされている彼に、生真面目なライラが苛立つのは当然といえば当然だった。

 ただ、ギーゼルヘーアの青い瞳の中にある常ならぬ光に気づき、ライラは出かけていた言葉を飲み込んだ。師は口元にだらしない笑みを浮かべながらも、静かな声で言う。

「迅速は何よりだが、闇雲に動くだけってのはむしろ『拙速』ってもんだろ? まあ、神殿も今まで手をこまねいていたわけじゃない」

 ほら、とギーゼルヘーアは無造作に何かをライラに投げてよこす。反射的にそれを受け取ったライラは、それが魔力によって過去の画像を焼き付ける「記憶の石」であることに気づいた。

 促されるままに覗きこんでみると、そこにはライラの見慣れた姿があった。

 ぼろぼろのフードを目深に被ってこそいるが、その下から垣間見える、知性溢れる青い瞳は見間違いようもない。彼女こそが、『知恵の姫巫女』スノウ・ユミルだ。

 そして、スノウの横に、見慣れぬ男の姿がある。細い身体に漆黒の外套を羽織るその姿は、さながら質量を持たない一つの影のようだった。

「……この男が、スノウ様をさらった賊……?」

「じゃねえかって、上は言ってる。とはいえ、これじゃ顔もろくに見えないけどな」

 確かに、男の顔は長く伸ばした焦げ茶の髪のせいでほとんど見て取ることができない。唯一わかったことと言えば、スノウの横で男が「笑っている」ということだけ。顔さえわかれば、神殿の情報網を使って何者かを掴むこともできたのだろうが、情報が少なすぎる。

 それに、これでは賊がこの男一人であるという証拠にもならない。神妙な表情で映る画像を見据えるライラに、ギーゼルヘーアは普段と何一つ変わらぬ口調で言う。

「これは、今朝サンプロトで映されたもんでな。この男は姫巫女を連れて、ライブラ共和国リベル行きの船に乗り込んだ」

 なるほど、とライラは頭の中に地図を広げ、その経路をイメージしながら、なおも「記憶の石」に映し出された画像を見つめる。

 何かが意識の片隅に引っかかるのだが……その正体は、わからないままだった。

 気を取り直し、顔を上げて意識を目の前の師に戻す。

「それで、私に捜索を?」

「正確には、お前さんに指揮を頼みたい。数人、うちの部隊の連中を貸す。お前らにはすぐにリベルに向かい、巫女を取り返してもらう」

「了解しました。必ずや姫巫女を保護し、賊の身柄を拘束いたします」

「ああ……」

 きっぱりとしたライラの言葉に対し、ギーゼルヘーアの言葉はあからさまに鈍い響きを帯びていた。ライラはそれに気づき形のよい眉を少し上げたけれど、「後は自分で勝手にやれ」とばかりにしっしっと手を振ってみせる師にそれ以上何を言うことも出来ず、ライラは部屋を後にした。

 部屋の扉を背に、ライラはもう一度だけ与えられた「記憶の石」を覗く。

 男に手を引かれ、船へ向かう少女の姿。傍目から見る限りはどこにでもいる少女にしか見えないけれど、今のユーリス神殿には無くてはならない存在である。

 それに。

『ねえ、ライラ』

 巫女にのみ纏うことの許された、純白の法衣の裾をつまんで笑った、黒髪の少女の姿が脳裏に蘇る。その髪を束ねていたリボンの緑色が、ライラの瞼の裏に今も鮮やかに妬きついている。

『わたしが巫女になっても、ずっと、友達でいてね。約束』

 伸ばされた、折れそうなほどに細い小指。神殿の外を知らない少女は、どこまでも無邪気で眩しかった。その柔らかな指に小指を絡め、自分も笑っていたのだと思い出す。

 「友達」を、こんな不条理な形で、失うわけにはいかない。いつかは必ず失う運命だったとしても……こんな結末は、望んでいない。

 少女の姿を映す冷たい石をぐっと握り締め、ライラは飴色の瞳で前を見据える。

「今、行くよ……スノウ」

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