side S-2 「私は作り物だけど」
「本当に此処って凄いですよね。一人一部屋まるごと用意があるなんて」
「うん。まあ、“使い”にならなければ多分一生縁はなかっただろうね、個室なんて。本来は何かしらで成果をあげた所員が、研究に集中出来るようにと与えられるものだから。僕やもう一人の使いの子は特例中の特例だよ」
「いわゆるVIP扱いと言う物ですか」
場所はネームレス。その中にある南雲の個室である。志那は月に一度の検診と仕事の定期報告の為にネームレスを訪れていた。
全てを終え、帰宅をしようと南雲の部屋に置いていた荷物を取りに来ていたのだが、志那は荷物のそばに本がある事に気付いた。来た時にはそんな物がなかった事から、本棚から落ちたのを、南雲が拾い忘れたのだろう。
「南雲さん、また本棚から本を落としましたね?」
「え!? ああ……拾い忘れがあったのか」
「やはりそうでしたか。そういえばこの部屋、まるで書斎ですね。明らかに研究とは関係ない本が半数以上を占めている気がします。正に私物化という物ですね。使いでなければ、取り上げられてしまっているでしょう」
「志那ってさ、たまに痛い所つくよね……本、ありがとう。しまっておくよ」
志那のズバズバ言う的確な発言に、胸を痛め苦笑いを浮かべる南雲は彼女から本を受け取ろうとする。しかし志那はそれを渡そうとはせず、中身が気になったのか、椅子に腰かけ本を読みだした。
「え?」
「まだ南雲さんは雑務が残っていらっしゃるのですよね? 邪魔はしませんし、南雲さんが帰るまでには帰りますので」
「まあ、別に家に持って帰ってくれても良いんだけど……仕方ないか」
それから三十分くらい経過したところで、ずっと黙って本を読んでいた志那がページをめくる手を止め、南雲から辞書を借りた。どうやら何か分からない単語があったようだ。
その単語が何なのかふと気になった南雲は、志那にそれを聞こうとしたが、彼の言葉よりも早く志那は南雲に声をかけた。あるページの、ある一文を指でさしながら。
「あの、南雲さん。神様の怒りを鎮める為の“この行為”は今もどこかで行われていたりするものでしょうか?」
「え? ああ……それは昔の風習。今ではやってしまったら犯罪だよ」
志那はその言葉に安堵する一方で、その風習で犠牲になった人間達の事を想い、胸を痛めた。何故こんな事をしなければならないのか、と。
「そういえば太古の王様のお墓にも生きた方が埋められたとありましたね。それも同じ類なのでしょうか?」
「さあ、どうだろう? 僕は天へ向かう王の付き添いじゃないか、とは思っているけどね」
「付き添い、ですか。そうだとしたら、あまりにも自分勝手すぎます。犠牲になられた方々は何を思ってそのような運命を選んだのでしょうか?」
「それは誰にも分からないよ、志那」
「それはそうですが……」
そう言って、志那は俯いた。自分がもしその立場に立ったとしたのならば、逃げているに違いない。寿命を全うする前に強制的に死ぬ事は出来ないから。志那の思考は徐々に重たくなり、何でなのかと自問を繰り返す。
志那の表情に陰りが見えたことに責任を感じたのか、南雲は志那が今考えているだろう事に、少しでも答えが見出せるのであれば、と思い言葉を口にした。
「この国を守りたい。自分の生まれ育った場所の為なら何でもする。王様が寂しくないように傍にいてあげたい。そう思った人もいるかもしれないね」
と。突然の南雲の言葉に志那はポカンとしてしまうが、もしも南雲の言う通りの理由でその道を選んだのであれば、と考えた時に一つの想いが自身の中に込み上げてきた。
「歴史を変える事が許されないので、このような事を願うのは罪かもしれません」
「ん?」
「もし、歴史を少し変える事が許されるのであれば。私は作り物ではありますが“神様”として忠告をします。そのような事をしなくとも、私は貴方達に天罰は下さない。そのような事をされたら天罰を下してしまうことでしょう。どうか長生きを。大切な人達と自分の為に……と」
人柱なんてあってはならないというその忠告を聞いた南雲は、わずかに口元を緩め、“志那らしいね”と呟き、尋ねる。
「それで、その本の続きは読まないの? 僕はもうすぐで終わるから、家に持って帰って読んでも良いよ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えてそうさせていただきますね。人柱の事ですっかり熱くなってしまいました……ごめんなさい。帰りますね」
「ああ、気にしないで良いよ。……じゃあ、また明日」
志那は大事そうに本を持ち帰り、その日の内に読破した。彼女いわく、とても悲しかったけれど暖かい物語だったそうだ。