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side R-2  後悔しない少女、羨む少年 2

「で? 名前はいいから何なんだよ。俺がお前達と一緒だって? 犯罪者になったつもりはないが」

「気にしてくれていたの? でも似たようなものじゃない」


 慈が自分の発言に興味を持ってくれていることに対して喜びを抱いたのはほんの一瞬。すぐに表情に翳りを見せた。わずかにその続きを話すことに対して怯えているようにも見える。

しかし何故そんな表情をするのか慈にとってはどうでもいい事。だからそれについて一切聞くこともせず、揺可の次の言葉を待っていた。


「……何も聞かないんだね? 私が何の罪を犯して此処にいるのか、とか。君と一緒にいたあの子は少し不思議そうな感じだったけど」

「興味がない」

「私が言うのもおかしいけれど、他の事にも興味を持ってみても良いと思うけどな。ま、良いか。聞いてくれた方が少しは話しやすかったけれど……聞かないなら勝手に話すよ」


 慈が自分に対して殆ど興味を示さないことに拍子抜けをしつつ、揺可は勝手に自分の身の上話をし始めた。

 揺可の罪は、時間罪。時間旅行が出来るようになったことに伴い施行された時間法に、彼女は抵触したのである。


「助けたい人がいたの。だから過去を変えることはいけないって分かっていても、そうしなければならなかった」


 そう語る揺可の口調は徐々に愁いを帯び始める。それでも慈は黙って彼女の話を聞いていた。



 遡る事、三ヶ月前。揺可は歳の離れた兄、(かなで)と二人で暮らし。何気ない毎日を穏やかに過ごしていた。しかしそんな平穏は唐突に奪われる悲劇が彼女襲う。奏が帰宅途中に暴力事件に巻き込まれ、昏睡状態に陥ってしまったのだ。


「巻き込まれた理由がね。近くで暴行を加えられている人を見かけて、それを助けようとしたからなんだって。困っている人を見逃せないお兄ちゃんらしいといえば、お兄ちゃんらしい……けど、無茶しすぎだよね」


 揺可は声を震わせる。その事を思い出してしまったからなのだろう。それでも揺可は言葉を続けた。まだそれだけでは慈の疑問は完全に解消されていない。


 事件の翌日にはすぐに犯人も捕まったが、揺可は犯人が捕まったことに対する喜びや奏にしてきた事への怒りよりも、目を覚まさぬ奏の事で頭がいっぱいであった。


「目を覚まさなくなってから二ヶ月半。それまで我慢していた事が爆発して。私は過去に飛んでいた。事件の起こったその日、その時刻の寸前に。たった少し、私が行動を起こしただけで全てが消える。またいつもの日々がやってくる。そう信じていたのに」


 現実に戻って来た途端に、揺可は過去を変えようとした罪により、逮捕。今に至る。


「で? 結局何が一緒なんだ?」

「君も私達も、結局はこんなふうに誰かを苦しめている。そして、それに気付かない。気付いていたとしても遅すぎている。それだけ」


 慈は罪人を。自身を始めとする罪人は被害者や周辺の人間を。それぞれ苦しめている。揺可はそう言った。慈は驚く事もせず、かといって納得したような様子もなく。むしろ新たに疑問が生まれた様子であった。


「だったら最初からそう言え。何でお前の身の上話なんて聞かされなければならないんだよ。同情を誘いたかったのか? 痛みを免れたかったからか? 不幸の自慢話か?」

「そんなつもりはないよ。君にとって私はただ一人の罪人にしか過ぎないけれど、ちゃんと私がどんな罪でこうされなければならないのかだけは知ってほしかったから……かな。自己満足でもあるし、少しは私の痛みを知ってほしかったっていうのもあるよ」

「本当、くだらない。お前の罪も、俺とお前達が一緒だという理由も。最後まで聞くんじゃなかった」

「それでも……私はお兄ちゃんの苦しむ姿なんてもう見たくなかった!」


 “くだらない”とあしらわれた瞬間、揺可は初めてムキになる。自分にとっての一大決心を、その言葉で片づけられてしまったからなのだろう。思わず出てしまった本音に、揺可は我に返り、慈に謝罪した。


「別に。さっさとやるぞ。時間が迫っているだろうし」

「うん。でも最後にもう少しだけ、良い?」

「なんだよ」

「私は君に痛みを与えられても、自分の犯した罪に後悔はしないから。君が人に痛みを与えることに対して何も思っていないなら尚更」


 慈は初めてその最後の言葉に怒りを覚え、椅子から立ち上がり、揺可に向け手を翳した。小さな波動が起きた瞬間、揺可の悲鳴が部屋中を包み込み、彼女はその場に倒れた。痛みに頭を抱え、もがいている姿を慈は少しだけ眺めてから、言葉を吐き捨てた。


「お前の言っている事は正論かもしれないから否定しない。ただ痛みを与えるだけの為に生まれたある種の殺人鬼だし、やろうと思えば世界も滅ぼせるし。だけど俺はお前達罪人が羨ましい。だってお前達には罪を洗い流す場所があるから……」


 と。揺可の耳にそれが届いているかは分からないが。そして慈は表情を変えずに部屋を後にした。先ほどの悲鳴に驚いた様子の女性警察官が慈の無事を確認するやいなや、部屋に入って行く姿を見届け。彼女とは正反対に冷静でいる周が苦笑交じりに声をかけた。


「おかえりなさい。やっぱり悲鳴は聞き慣れたくないね」

「……ただいま」


 双方共に特に相手の心配をする事もなく、二人は帰宅の途に就く。

 


「俺だって……」

「ん?」

「少しは痛みを与えることに対して、感情が湧かない事はない……はず」


 何故慈がそんな事を言うのか、揺可とのやり取りを知らない周には理解出来なかった。しかし、周は理由も聞かずにただ一言。


「はず、じゃないって! 慈ちゃんは神様かもしれないけれど、人間だから!」


 その言葉に、慈はどこか安心している様子だったが、素直に感謝の言葉も言えない。


「何言っているんだ、お前は。俺はもう人間じゃない」

「だから自虐やめてよね」


 二人の会話が途切れることなく、それからも続いた。

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