side R-1 後悔しない少女、羨む少年 1
“彼”は裁きを受ける前の罪人達の前にいた。響き渡る男の悲鳴。そんな悲鳴を聞いても、“破滅”の力を与えられた茶髪の少年、坂見慈は眉一つ動かさず無表情のままであった。
「こんな事で再犯防止になるのか?」
「さぁ、どうだろうね? 苦痛を感じないよりはマシだと思うけれど」
「ふぅん……てか、男女別室って。一緒の部屋で良いだろ……」
「移動するのが面倒だからって文句言わない!」
次の場所へと向かう途中、慈は自身の監視者である“使い”の少女、秋村周に問いかけた。周はポニーテールの黒髪を揺らしながら、即答をして見せた。
彼の仕事は罪人へ痛みを与える事。その痛みの種類は罪の重さによって様々である。罪人でなくとも微々たる痛みを与える事は出来るようではあるが、ネームレスは罪人以外への力使用は認めていない。とはいえ、慈は仕事以外で使おうとは全く考えてはいないようではあるが。そして世界を滅ぼすことの出来る唯一の存在でもある。
「それにしてもさ。勿体ないよね。力の影響とは言え、慈ちゃんの瞳綺麗な銀色なのに、茶色のカラコンで隠しちゃうなんて」
「何をいうかと思えば……くだらない。本当に俺より一つ年上とは思えないな」
「慈ちゃんが十八のくせしておじいちゃんみたいなだけだって。ほら、こっち。今日はこれで最後だから、早く終わりたければ早く歩く!」
何気ない会話を挟みながらも、周は慈をその場所まで誘導していく。普段は雑務や客人を案内する受付係をしているからか、その手際には無駄がない。
辿り着いた取調室のような場所。そこには既にその対象となる罪人が、警察官と一緒に待ち構えていた。周とは正反対に、少し大人しそうな黒いロングヘアーの少女である。その様子は本当に罪を犯したのか、と疑いたくなってしまうほどであった。
「ごめんなさい。少し遅くなりました」
「いえ、気にしないで下さい。それでは早速お願いします」
「分かりました。……じゃ、慈ちゃん。さっさとやっちゃって!」
言われなくても、と感じつつも慈は少女の前に立ち、一呼吸置いてから手をかざした。さぁ、力を使おうかと言ったその瞬間である。少女が突然言葉を口にしたのは。
「君も、私達罪人みたいだね」
「……は?」
突然の言葉に、慈は少女にかざした手を下ろした。
“さっさとやれよ”や“本当いい御身分だな”等の暴言を一方的に吐く者達、慈の存在に恐怖を覚え、許しを乞う者達は今まで見てきたが、それとは全く違う。まともに話し掛けて来たのは彼女が初めてであったからか、少なからず驚いたようである。
「……大丈夫?」
普段何を言われてもためらう事もなく表情を変えずに力を使う慈が、初めて止めた事に対し心配する周の声と、
「口を慎みなさい!」
そう言って少女を叱責する女性警察官の怒鳴り声が薄暗い部屋中に響き渡った。
少女は、と言えば。叱責をされた事に対して反省する素振りも見せず、再び慈に声をかける。その声色は落ち着いていて、穏やかであった。
「すぐにやらなければならないことでなければ、少し話でもしない?」
それを聞いて真っ先に反応したのは女性警察官。そんなことが許される訳がない、と少女の言葉を全否定する。話さないか、と尋ねられた慈は周の方をちらっと見る。どうやら時間は良いのかと聞いているようである。
「私は良いよ? さっきも言ったけど、今日はこれで最後だからね。話したいなら話せば良いし、話したくなければすぐやってくれても良いし」
「そうか……俺も別に構わない。面倒だけど」
「ふふっ、ありがとう。それで……なんだけど……」
少女は慈に礼を言うと、少しだけ視線を下に反らした。何故反らしたのかが理解出来ていない慈の代わりに、隣にいた周が、少女が何を訴えているのかを理解したよう。
「あ、あの。警察官さん。私も本当はこんなことさせるのは怖いんですけど……二人きりにさせません? なんかほら、話しにくそうですし。あ、大丈夫ですって! 彼も男ですし。もし何かあったら自分の身は自分で守れます。なんだったら時間制限決めて、それまでに彼が出てこなかったら突入……って駄目です?」
そんな周の提案に、感謝の眼差しを向ける少女と、それとは正反対に“彼女は一体何を言っているのだろうか”と言わんばかりの視線を向ける慈と女性警察官。それらに周はぎこちない笑みを浮かべるだけであった。
「そんな提案誰が認めますか! 仮にも貴方は“神”の力を持った存在です。その自覚はおありですか!?」
あるから言っているというのに、警察官はどうしてこうも頭が固く真面目なのだろう。慈はそんな悪態を心の中でつきつつも、頭を縦に振った後で言う。
「こいつの言葉を借りる訳ではないが。自分の身は自分で守る事が出来る。というか、あんたが言う通り俺はもう人間じゃないし尚更」
「そこまで自虐しなくても良いじゃない……」
周が寂しげに慈に呟く。言われたのは自分であって周ではないのに、何故彼女がそんな顔をするのだろうか。慈にはそれが理解出来なかった。
そんな言葉を言わせる為に言ったつもりのなかった女性警察官は、先ほどの態度から一変。まるで罪滅ぼしとは言わんばかりに、周の提案に条件付きで乗る旨を伝えた。
「十分過ぎても貴方が出てこなければ、危害が及んだと判断させていただきます」
これが条件である。慈も周もその条件に同意し、女性警察官と周は退室する。やっと二人きりになった所で、沈黙を貫いていた少女がやっと言葉を発した。
「ありがとね」
「さっさと話をしろ」
近くにあったパイプ椅子に乱暴に腰掛ける慈に対し、“そうだったね”と少女が言うと、そのまま彼女は自身の自己紹介を始める。
少女の名前は“市瀬揺可”。周と同じ十九歳である。しかし慈にはそんな事はどうでもよかった。どうせ会うのは最初で最後。名前を知った所で、親しくなることもない。だからなのか名乗る事はしない。揺可も慈が名乗るつもりはない事を察してなのか、あえて名前を聞こうとはしなかった。