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side S-1  Last secret? 2

『志那へ


今時手書きの手紙なんて時代遅れかもしれないな。

バカみたいとか、古臭いだとか思わないでくれ。この手紙を書いたのには理由がある。

面向かってだと恥ずかしくて言えないから、此処で伝えさせて。

俺、初めて志那を見て凄く不思議な奴だって思ったんだ。他の奴と何か違うって感じでさ。

そんな奴に出会うのも初めてだったから、思わず話し掛けてしまったんだ。

大人びているように見えて実は俺より年下だなんて思いもしなかった。

お前はどう思っているか分からないけど、話し掛けた事に後悔はしていないし、

一緒にいて楽しいと思った。俺がこんなのじゃなければちゃんと思いを伝えたかった。

たった数日でこんなに思いが大きくなるなんて、漫画や小説だけだと思っていたのがバカみたいだ。

辛くなる前で良かった。それだけが唯一の救いだ。


今まで有難う。お前に幸多からん事を。 蒼一』


 まるで別れの手紙ではないか。一体何があったのだというのだろうという思いに駆られた志那は、看護師に蒼一が今どこにいるのかを尋ねた。なかなか口を開かない看護師を、志那は珍しく問い詰めた。そして漸く聞きだした居場所に、志那は見る見るうちに顔色を変え、その場へ向かって走り出した。


「蒼一さん……どうして…………」


 辿り着いた場所は霊安室。そこにいたのは亡き骸となった蒼一だった。志那を追ってやってきた看護師が訳も分からず茫然としている志那に真実を全て打ち明けた。その方が何も知らない志那にとっても良いだろうと思ったからだろう。

 蒼一は幼い頃から重病を患っていて、数年前からは学校に通う事も出来ず病院生活だったそうだ。半年前、彼は自分の命が残り一年である事を知る。どんなに手を尽くしても余命が延びる訳でもなく、一年後に必ずやってくるよりも早くに死ぬことを望むようになる。そしてそれが認められたのが一か月前。執行日は今日であった。

 志那は安楽死が認められるようになってしまった日本を、少しだけ恨んだ。そうでなければ蒼一だってこんなことは考えなかった筈だからである。


「今日が貴方の命日になるだなんて聞いていませんよ? 私に貴方の痛みは分かりませんが、病気が苦しい事だって言うのはどのような症状でも同じです。安楽死を選ぶだなんてあまりにも悲しいです。

三日前だってあんなに笑顔で“また三日後に”って、そう言って別れたのに。嘘吐きです」


 誰も志那の悲痛な言葉には反応しない。だからこれは志那の独り言である。ふと我に返った志那は看護師にお礼を言い、もう少し此処にいたいから一人にしてほしいと懇願する。


「お仕事の方に戻って下さい。私の為に時間を割いてくださらなくても大丈夫ですよ? 心配しないで下さい。私はこう見えても強いですから」


 看護師は志那を心配しつつも、渋々仕事へと戻って行った。その看護師とまるで入れ替わるかのように現れたのは南雲であった。志那を必死に探していたのか、息を切らしているのが、彼の顔をまだ見ていない志那にもすぐに分かった。


「志那……探したよ……こんな所にどうして…………休憩時間を過ぎても戻らないから心配したよ…………」


 志那は南雲の方を振り向かず、南雲の言葉を無視して自分の言いたい事を投げつける。


「南雲さん。今からする事、黙っていてもらえませんか?」

「え? まさか志那……やめろ、やめるんだ!」


 その声に表情はまるで見えなかった。何の事なのかが分からなかった南雲だったが、次第に嫌な予感だけが頭の中を駆け巡り、志那を必死に止めようと彼女の腕を掴もうとしたが、時既に遅し。蒼一の胸にあてた志那の両手からはまばゆいばかりの淡い光が放たれた。志那は目を閉じ、ありったけの想いをその手に込めた。

 ほどなくしてその光は収まり、目を開けた志那は彼の胸から手を外し、今度は頬に手をあてた。徐々に冷えた身体から体温が戻っていくのを感じ取った志那は、安堵の息を漏らし、その場に膝から崩れた。


「自分勝手な思いで力を使ってはいけないと、あれほど言ったのに……しかも蘇生だなんて……」

「ごめんなさい。でもこれが最初で最後です。自らの意思で蘇生を行うのは。この方にはまだ生きてもらわないと。誰か呼んで来て下さいませんか? 蒼一さんが息を吹き返した事を伝えて下さい。何があっても、また安楽死の処置をしないで欲しいと言う事も一緒に」


 やっと南雲の方を振り向いた志那は少し疲れたような顔をして、南雲に後の事を託そうとした。未だに事実を受け入れられず、戸惑い気味。そのせいで行動になかなか移そうとしない南雲に、志那はまるでとどめを刺すかのように言う。


「これは神様の命令ですよ? 南雲さん」

「りょ、了解……」


 南雲は漸く志那に従った。


 それから早二週間。蒼一の退院する日がやってきた。あの日、志那は無自覚ではあったが蘇生をしただけではなく、蒼一の病そのものまでも完治へと導いていたのがきっかけである。偶然仕事でその場に居合わせた志那は、蒼一を見送る事が叶った。

 志那の登場に、蒼一は少しぎこちない様子であった。この二週間、志那が多忙であった為か、二人は会っていなかったのだ。つまりは出来事があってからはこれが初対面である。

 そんな蒼一とは正反対に、志那はいつも通りの志那であった。


「退院されるのですね。おめでとうございます」

「……えっと、だな。あ、あの手紙の事は忘れてくれ!」

「え?」

「な、なんでもない!」


 こうなる事は蒼一にとっては想定外の事。恥ずかしさでいっぱいに違いない。もう自分はこの世界に存在していない筈だったのだから。志那はもちろん忘れる気なんて毛頭になく。かといってその返事をする気もなかったからか、適当に話題をすり替えることにした。


「蒼一さんは、神様を信じますか?」

「今は信じるよ。前はこんな運命を作った神様なんて信じなかった。だけど生き返ってから信じてみようかなって。本当に奇跡だよな……ああ、そうだ。ちょっと待っていろよ」

「ええ、本当に……って、はい?」


 蒼一は荷物からメモ用紙とペンを取りだし、何かを書いたかと思えば志那にそれを破って渡す。そこには自身の住所が書かれていた。


「こ、これも何かの縁だし……さ。メールもよく分かんねえし……手紙、ダメか?」


 何処か照れ臭そうに話す蒼一に、志那はすぐに答える。


「私で良ければ喜んで」


 それは最初に出会った日の別れ際の言葉でもあった。その時の志那と今の志那の気持ちは変わってはいない。純粋な言葉である。


「えっと、私の住所も……」

「ほら、これ使えよ」

「ありがとうございます」


 蒼一からメモ帳とペンを借り、志那もまた蒼一へ自身の住所を渡した。互いに手紙をすぐ書くことを約束し合うと、別れの時間がそこまで迫ってきていた。


「それじゃ、もうすぐ親戚が迎えに来ると思うから……あ、そうだ。志那、知っていたか?この病院に今話題の救世の力を持った人が来たんだよ」

「そうなのですか? それは知りませんでした」

「ああ、実は俺にもその力を使ってもらったらどうかって聞かれたんだ。だけどやめた。ゲームとかでもあるだろ? 癒す代わりに命を削るって。あれだったら可哀相だなって思ったんだ」


 別れ際に思い出したかのように、蒼一は勢いよく語る。それが自分だという事を隠し、志那はやんわりと返したが、蒼一が自分の為に力を拒んだ事に、優しさを感じ心を打たれた。


「貴方みたいな人、私は好きです」

「……!? それじゃ、またな……」


 愛の告白ではないというのに、好きと言われて動揺を隠せないでいるのは恐らく言われたのが初めてだからなのだろう。蒼一からすれば変な空気のまま、志那は彼の背中を見送った。新緑がまぶしい初夏の事である。

 


 蒼一は志那の力の事を知らない。しかしいつかは知ることだろう。その時、蒼一が自分の元から離れることになっても、志那にはその覚悟が出来ていた。

 いつか終わるかもしれないし、永遠に続くかもしれない二人の友情はこうして始まった。


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