後日談
波乱のダンパが終わり、翌日の冬休み…
陽視点と翼視点です。
「で、陽はなにやってたんだよ?」
ソファーに座った翼はジロっと眼差しを鋭くして、ソファーの足元に座る私を見下ろした。
ふっと思った疑問を口にして、まさか逆に質問されるなんて思わなくて、私はわずかにたじろいだ。
※
二学期が終わって今日から冬休みで、昨日の帰り、翼の家に遊びに来るように誘われて、翼のバイトの時間までお邪魔している。
翼が入れてくれたお茶を飲みながら他愛も無い会話をしていて昨日のダンパのことを思い出して、そういえば、翼は誰とパートナーになってダンパ会場に入ったのだろうと、ふっと思いついた疑問を口にしたら、翼はなんだか決まり悪そうに眉根を寄せて説明してくれた。
「まあ、いろいろあって、安部に協力してもらったんだ」
いろいろっていう事情は省かれてしまったけど、つまりは千織ちゃんにパートナーになってもらって会場にいたってことらしい。
千織ちゃんに彼氏がいるって知らなかったことに昨日はショックだったけど、それが勘違いだと分かってほっとしたんだけど。
私を見つめる眼差しが急にジロっと鋭さを増して。
「で、陽はなにやってたんだよ? 会場中探したけど初めはいなかったよな?」
――と、冒頭の質問につながるわけで。
まさか質問に質問で返されるとは思わなかったからちょっとビックリしたけど、私は昨日のことを思い出しながら、有志のパーティーに行っていたことを簡単に説明する。
「……おひとりさま救済パーティー?」
翼は明らかに胡散臭そうな表情で片目を眇めて見下ろしてくる。
私だってうさんくさく思ったけど。
「樹生先輩いわく、ダンパの陰の恒例行事らしいよ。代々、その仕切りを有志実行委員がやってるとかで、たまたま通りかかった先輩に誘われて行ったんだ。会場は三年生の教室でダンパってよりもクリスマスパーティーって感じで、料理や飲み物をあってそっちはそっちで楽しかったよ」
「その救済パーティーに出てたのにどうしてあいつとダンパ会場にいたんだ? あいつとはどういう関係なんだよ?」
瞬間、ピリッとあたりの空気が凍りついたようにヒヤリとする。
「あいつ……?」
私は首を傾げながら、翼が言う“あいつ”が誰なのかすぐに気づく。
「って樹生先輩のこと?」
「ただの部活の先輩なのによく一緒にいるよな」
振り仰げば不機嫌そうな表情の翼と視線が合って、直後、ぷいっと視線をそらされてしまった。
その仕草がまるで拗ねているみたいでなんだか可愛くて、つい笑ってしまう。
「ふふっ、気になる?」
こんな反応の翼は見たことがなくて。意味深に言って小首をかしげると、翼はひどく困ったような顔で視線を彷徨わせている。
「そうだなぁ~、私が初めて樹生先輩に会ったのは小六の時で、先輩の弓道してる姿に一目で心奪われて、影響受けて私も中学から弓道はじめたんだ。四季ヶ丘に来たのも、先輩に弓道部あるって聞いてたからだし」
そこまで言って、ちらっと視線をあげると。
あまりにも真っ青な顔して狼狽えている翼がいるから、ちょっといじめすぎたかなって反省する。
いつもはとつぜん不機嫌になる翼に振り回されてばかりの私だけど、今日は立場逆転? はじめてみる翼の表情に、意地悪したくなっちゃったけど。あまりに落ち込んだ姿にやりすぎたかなって反省する。
「翼?」
名前を呼んでみれば、いつも自信たっぷりでどこか不遜な瞳が今はひどく不安げに揺れていて、私は膝立ちになって振り返り、ソファーに座る翼の顔を真正面から見上げる。
「樹生先輩はただの先輩じゃないの。だって、いとこみたいな存在だし」
安心させるように言ったら、翼の瞳がギラっと光を反射させて、顔つきが変わる。
「なに、そのみたいって?」
一気に形成逆転?
笑ってるのに、目が笑っていないっていうか。まるで猛獣に睨まれた小動物のように命の危機を感じるっていうか……
「えっと、うちの高校の近くで従兄がガーデンカフェを経営してるって話は前にしたことがあるよね?」
「ああ」
「その従兄のお嫁さんっていうのが樹生先輩のお姉さんで」
※
ダンパ会場に陽がいてくれたことには感謝してるけど、そのパートナーがあいつだってことが俺には気に食わなくて、陽と付き合うことになったというのに俺の中でずっとくすぶっていた。
「その従兄のお嫁さんっていうのが樹生先輩のお姉さんで」
あいつのことを陽はいとこみたいな関係だって言うけど。
従兄の嫁の弟って――
完全に他人じゃないか。いとこでもなんでもないだろ!?
血のつながりはない。それなのに、陽に絶対の信頼を寄せられていて、部活の先輩という立場上、近くにいる存在。
学祭の時。あいつの腕の中に抱かれた陽の姿を見た瞬間、俺の心臓がぐしゃっと音でもしそうなほど握りつぶされて、息も出来なかった。
どうして、陽を助けたのが俺じゃないんだ――
そんな嫌悪感と。
自信たっぷりに笑っているあいつに対する、絶対的な敗北感を味わって。
だから俺は陽をとられたくなくて、同盟を結んでいるからと、そう言えば陽が断れないと思ったから登下校を一緒にして。
一度は吹き飛んだはずの黒い気持ちがぐるぐると腹の底から湧き上がってきて。でも。
不意に触れられた手の感触に、ビクっと肩を震わせる。
さっきまでソファーの足元に座っていた陽は膝立ちの格好で振り返り、息もふれそうな距離で俺を見上げ、ソファーの上に投げ出していた俺の手の上に手を重ねている。
見上げる陽の瞳は言い知れぬ熱を帯び、あまりにも澄んだ瞳が俺をじぃーっと見つめるから、俺の心臓が大きく波打つ。さっきまでの負の感情とは違った痺れのようなものが一気に全身を駆け巡って、頭が熱でやられそうだ。
上目使いは反則だろ――
「だからね、樹生先輩は私のことを妹みたいに可愛がってくれてるだけなの」
苦笑して言う陽に、俺は正直、あいつに同情してしまった。
妹って、そんなわけないだろ……?
倒れた陽を抱えて保健室まで運んだり、ダンパに一緒に出たりして。
陽を見つめる優しげな瞳が、俺に向けた勝気な表情が、陽を好きだと言っているようなものじゃないか……?
まあ、そんなこと教えてやらないけど。
※
「だからね、樹生先輩は私のことを妹みたいに可愛がってくれてるだけなの」
「わかった」
ふっといつもの意地悪な笑みを浮かべた翼に私はにこりと笑い返す。
よかった、樹生先輩のことは納得してくれたみたい。
なんで翼がそこまで樹生先輩にこだわるのかはわからないけど、ほんとに樹生先輩と私は何もないのに。だって、先輩には本命の彼女がいるし。だいたい私はスケープゴートだし?
まあ、分かってくれたならいいけど。
「そだっ、今度一緒に映画行かない?」
「映画?」
「うん、アレのシリーズ最終作が公開してるでしょ。きっと冬休み中はまだやってるよね」
「ああ、アレか……」
「やっぱ、アレは劇場でみてこその大迫力だと思うの」
「ん、じゃあ、これから行くか?」
「えっ、これから!?」
あまりに急なことに驚いたけど、翼の瞳が「嫌なの?」って勝気に微笑んでいるから。
「いいよ、じゃ、時間だけ調べてから行こう」
「ああ、いま調べる」
そう言って翼が携帯で検索してる間に、私はティーカップをキッチンに片付けに行き、ちょうどいい時間に上映していることが分かって、私と翼は仲良く出かけた。




