表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/82

第72話  愛のことば



 冷たい夜風が吹きぬける中、翼はいつまでも私を抱きしめてて。

 翼と私が両思いだなんてなんだかまだ信じられないけど、抱きしめてくれる腕のぬくもりが、翼がすぐそばにいるんだって思い知らせて、現実なんだ……ってぼんやり思考が麻痺していく。

 ざわざわっと、急に遠くの方からにぎやかな声が聞こえてきて、ダンパが終わったのだろうと知る。

 私が樹生先輩と会場にいった時点で、終了まであと三十分もなかったものね。


「あーあ、翼とダンパ出たかったな……」


 ついさっきまでは翼と両思いになるなんて夢にも思わなかったのに、叶った途端、欲張りになってしまう。だって三年に一度の行事、高校生活で一度っきりの機会なんだもの。

 私を抱きしめていた腕をほどいた翼は左手で私の右手を絡め取る。私の指と指の間に翼が指を絡めて、くるっと反転させた私の手の甲を持ち上げてどんどん顔に近づけて唇を押し当てるから、私は目が飛び出しそうなほど驚いてしまった。

 だっ、だって、キス……!?

 口をぱくぱくさせて動転してると。

 横からくくっと堪えるような笑い声が聞こえて、がばっと音がしそうな勢いで振り仰げば、翼がそれはそれは楽しそうに口角をつり上げて意地悪な笑みを浮かべているから、かぁーっと頭に血が上る。


「かっ、からかったのね……!?」


 動揺して馬鹿みたい。そう思ったのに。


「からかってないよ」


 少し皮肉な感じの、でもすごく魅惑的なほほ笑みを浮かべるから。その瞳があまりにも甘やかな光を宿していて、食い入るように見つめられて、もうどうしていいかわからなくなる。

 ドキドキと鼓動が煩く駆け出して、視線をからめとられて。


「陽は恋愛初心者だから、少しずつ、俺が教えてやるよ」


 くすくす笑う翼はやっぱり意地悪で憎らしいのに、その姿から目が離せなくて。

 からかわれてるって分かってるのに、私の顔は一気に真っ赤になっていく。

 頼りない街灯の明かりの中、薄暗くてこんな情けない顔を誰にも見られないのがせめてもの救いだった。



  ※



 私達は渡り廊下を戻って、とりあえず着替えることにした。

 見ての通り私はドレスだし。今さらだけど翼もタキシード着てるし。

 改めてタキシード姿の翼を頭のてっぺんから足先まで眺めてしまう。

 長身でほどよい筋肉ののった翼の体にぴったりのタキシードは、襟に拝絹(はいけん)のついた黒のジャケット、共布のスラックス。それに黒の蝶ネクタイと黒のエナメルの革靴を合わせている。ただの高校生が着てるとは思えないくらいしっくりくる姿に思わず見惚れてしまう。それに。

 さらさらの黒髪、斜めに分けられた前髪の下には意志の強そうな切れ長の瞳、通った鼻筋と形の良い唇の端正な顔立ちは、無表情が美しさを際立たせる。

 抜群のスタイルと容姿は、モデルだっていわれても納得するような感嘆のため息が出るほどのもの。

 出会ってからは無表情から作られる険しい顔画ばかり見てきたし、纏うオーラは不機嫌だし、性格は強引で俺様なで、すっかり翼がイケメンだって忘れていた。

 でも、外見に惹かれたわけじゃないから、忘れていたのかもしれない。強引だけど、いつも絶妙のタイミングで私の気持ちを軽くしてくれる、優しさに惹かれたんだと思う。

 更衣室になっている家庭科準備室で手早くドレスから制服に着替え、皺にならないようにドレスを畳んでキャリーケースにしまう。

 だいたい片付け終わった時、千織ちゃんが私を見つけると駆け寄ってきた。


「陽ちゃん、なかなかダンパ会場に来ないから探したよ~。なにやってたの?」

「えっと……」


 パートナーがいなくて参加できなかったとか、終わる直前に興味半分で樹生先輩と会場に行ったとか、いろいろ説明したかったけど。制服のポケットにいれた携帯がメールの着信を知らせて震える。


『まだ?』


 その簡潔なメールは翼からで、私は慌てて手を動かして、アクセや小物類をポーチにしまい、そのポーチと櫛をキャリーケースのポケットに入れて蓋を閉じた。


「ごめん、ちょっと急いでるから。この話はまた今度」


 そう言って家庭科準備室を後にした。

 静まり返った廊下を進み、昇降口を出たところに、タキシードから制服に着替えた翼が立っていた。

 制服の上にコートを羽織り、マフラーに顔を埋めるようにしている姿がなんだか微笑ましい。

 翼って寒がりなのかな……?

 そんなことを考えて、翼のことぜんぜん知らないことに今更気づいて、その場で固まる。

 中学はバスケ部で、高校は帰宅部でバイトして一人暮らしで、お兄さんがいるらしくて、料理が上手で……

 それくらいしか知っていることがなくて、何のバイトしてるのかとか、どんな食べ物が好きかとか、好きな音楽のジャンルとか、ぜんぜん知らない。

 私、翼のことぜんぜん知らない……

 昇降口を出たところで、この世の終わりのような絶望感に身動きがとれないでいたら。


「陽、どうした?」


 駆け寄ってきた翼が、俯いている私の顔を覗き込むようにして問いかけてくるから、ちらっと視線だけをあげる。

 聞いたら、教えてくれるかな……?

 ってか、いまの私と翼ってどういう関係――!?

 翼に好きって言われて、私も好きだから両思いで、でも付き合おうとは言われてないよね?

 じゃあ、付き合ってはいない……、の……?

 わぁ~、頭の中が混乱して大パニックだよ~~!?

 だいたい、生まれてから十六年間、好きになったのって二人だけだし、そのうち両思いになったのは今回が初めてなんだよ。付き合ったことなんてないから、どうしていいのか分からない。

 好きって言ったら、イコール付き合うってことなの? それとも、好きと付き合うは別物なの?

 ずっと翼が好きなのは杏樹と誤解してて、ギクシャクしてる翼との関係をどうやって修復しようかって悩んでいる状況だったから、好きって気持ちを伝えた後の事なんて考えていなかったよぉ――!!

 ……

 …………

 ………………!?

 待って。私はまだ翼に好きって言えてない……?

 ついさっきの出来事をくっきりはっきり思い返して、


「おい、陽?」


 自分の思考に落ちて黙り込んていた私は、翼の声にはっと顔をあげる。

 翼は伺うように私の瞳を覗き込んでいて、ちゃんと言わなきゃって思うのに。


「…………っ」


 たった一言が言葉にならなくて、私は空気を飲み込む。


「なんでもないの、待たせてごめんね、帰ろう」


 翼の瞳が一瞬、鋭くきらめいた。私の言葉に納得してなさそうだったけど、何も言わずに歩き出した翼の半歩後ろをついていく。

 沈黙が続いたまま駅に続く道を歩き続け、もうすぐ駅についてしまう。

 私も翼が好きって言わなきゃって思うのに、いざ言おうとすると喉が乾いて張りついたみたいに言葉が出てこない。たった一言“好き”って言葉が言えなくて、情けなくなる。

 前を歩く翼の背中をじぃーっと見つめていたら、不意に振り返った翼の視線とからまるから、ドキっとする。焦がれるような熱が、何かを強く求めるような光がその瞳の奥にあって、どうしようもなく心を乱す。

 翼は何も言わなくて、ただ見つめられているだけなのに、息も出来なくて。


「す、き……」


 気がついたら言っていた。だけど。


「ごめん、なに? 聞こえなかった」


 そう言った翼の声も、駅前の雑踏で聞き取りづらかった。

 さっきは勢いで言ってしまったけど、二度目、しかも、言おうとおもってだとなかなか勇気が必要で、私はもぞもぞと身じろぎながら、視線だけでちらっと翼を見上げる。


「あの……、翼のことが好き、です……」


 なんとか声を振り絞って、一世一代の告白をしました!!

 だけどその声は震えまくりで、いますぐ消えてしまいたいくらい恥ずかしい。

 世のお嬢さん方はどうして、告白なんてできるんですかぁ~!?

 恥ずかしい、一生分の勇気が必要だよ!?

 マジ、尊敬します……

 頭の中がてんぱりまくりの私は、次の翼の言葉で完全に頭が真っ白になる。


「ごめん、よく聞こえなかった。俺がなんだって?」


 こくんと首を傾げて尋ねれられて、私は衝撃に目をもうこれ以上ないくらいに見開いていたと思う。

 一生分の勇気を振り絞った告白が聞こえていなかったとか、どうしてくれよう……

 恥らっていた気持ちに、苛立ちが顔を出してきたけど、やっぱりちゃんと言わなきゃダメだよって冷静な自分が言い聞かせる。

 私は、地面に視線を向けたまま、すぅーはぁー、深呼吸を数回繰り返して、裏返りそうな声で三度目のセリフを言う。


「だからね、私は――」


 そこまで言って、視界の端に映る翼の体が小刻みに震えていることに気づく。不審に思って振り仰げば、翼が口元を手で覆って震えている。

 翼……?

 どうしたのだろうと声をかけようとしたら、こっちを翼の視線に絡めとられる。途端に。


「ふっ、あははは……」


 こらえきれないと言ったように声を出して笑いだされて、頭の中がハテナマークだらけになったけど、すぐに、なんで翼が笑ったのかに思い至って、むくむくと怒りの感情が湧いてくる。


「もしかして、わざとだったの……?」


 さっきは緊張で震えた声が、今は怒りで声が震えている。

 苛立ち交じりに翼を睨みあげれば、からまった視線がふっと細められる。それが答えだった。


「聞こえていたのに何度も聞き返すなんて、最低っ! 信じられないっ!!」


 私は決死の思いで言ったのに、わざと聞き返すなんて酷い。

 簡単には納まりそうもない苛立ちに睨みつけたのに、翼はふっと微笑む。


「だってなぁ……」


 ため息交じりにそう言い。


「抱きしめても嫌がらなかったから嫌われてはいないだろうとは思うけど、やっぱ、陽の言葉でちゃんと聞かないと落ち着かないからな」


 だからってからかうことないじゃない――

 そう思ったけど。

 強い意志の宿った勝気な瞳で食い入るように睦められて、あまりにも魅惑的な笑みを浮かべるから、瞳だけでなく心まで絡めとられる。

 こういう顔した時の翼には、勝てた試しがないんだ。

 悔しいけど、嫌じゃない自分がいるから、仕方ないんだ。惚れた弱みってやつ……?

 不意に引き寄せられて、気がついたら私は翼に抱きしめられていて。

 突然の事に頭は真っ白だし、こんな人通りの多いところでって、顔は真っ赤になったけど。


「陽、今度は、俺の本物の彼女になってよ」


 甘い囁きのような翼の言葉が胸がきゅっと締めつけられる。

 ついさっき、私がもやもや考えていた気持ちを見透かしたように翼が言うから嬉しくて泣きそうになる。

視線をあげれば、息も触れそうな距離で翼が見下ろしてきて、ふわりと穏やかな笑みを浮かべた。


「翼、あのね」


 つま先立ちになって翼の耳に唇を寄せ、私はそっと囁いた。

 愛の言葉と明日に続く約束を。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↓コメントいただけると嬉しいです!↓

↓ランキングに参加しています。ぽちっと押すだけです↓
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ