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第71話  信じてもいいですか?



 翼が向かったのは渡り廊下のさらに先、テニスコートと武道館の間にある街灯に照らされた薄暗い中庭。いつか私が翼を追いかけていった場所だった。

 背中を向けて黙り込んだままの翼を振り仰いで、それから繋がれたままの手に視線を落とす。

 もう十二月も終わりかけで、空は墨を塗ったような漆黒、時折吹き付ける風は肌を刺すようにひんやりしているのに、繋いだ手だけがやけに熱を帯びている。

 言いたいことも聞きたいこともたくさんあるのに、いろんな思いが込みあげてきて気持ちも思考もぐちゃぐちゃで声にならなくて。

 どうしてここに連れてきたのか聞きたい。

 期待してしまいそうになる気持ちを抑えて、唇を震わせた時。

 不意に翼が振り返り、視線が絡まる。その一瞬の出来事がやけにスローモーションに感じる。


「ごめん……」


 ボソッとこぼした声に、私はつい怒り口調で聞き返していた。


「なにが?」


 なにを謝るの?

 なんで私を連れ出したの……?

 いつだって翼に振り回されてる私は、その一言にいろんな想いをのせる。


「その……、強引に連れ出してごめん……」

「うん……」


 決まり悪げに視線を落とした翼の声は闇に溶けてしまいそうに弱弱しくて、詰ってしまったことを反省して静かに頷いた。


「俺のせいで女子に嫌がらせされてたのに気づけなくてごめん」

「…………」

「俺のせいでたくさん嫌な思いさせて、ごめん……」


 まだまだ続きそうな翼の言葉に、私はぎゅっと瞼を閉じる。

 そんなことないよ……、辛いことばかりじゃなくて好きになって幸せなこともたくさんあった。恋はナイフみたいに傷つくことが多いけど、でもそればかりじゃなかった。


「はじめて会った日、嫌がらせしてごめん」


 俯いたままこぼした翼の言葉に、私は込みあげていた涙を目尻に溜めて苦笑してしっまった。

 翼と初めて会った日。四人で行ったショッピングモールで四人分まとめて注文を受け取ってきてくれた翼が、まず春馬と杏樹にクレープを渡し、それから私の分を片手に持って突き出してきたから受け取ろうとして手を伸ばしたのに――

 私の手がクレープの包み紙に触れる前に翼が手をパっと開いて、べちゃっと無残に私のクレープは床に落ちてしまったのだ。

 その後の、それはそれは楽しそうに口角をつり上げてにやりと意地悪な笑みを浮かべた翼の表情を見て、わざとやったんだって思ってたけど。


「やっぱりそうなんだ、嫌がらせの自覚はあったんだね。でもなんで今頃?」


 ほんと、なんで今頃、しかもこのタイミングでカミングアウトですか?

 ただ単純に疑問に思って聞き返したら。


「気に食わなかったから……」


 忌々しそうにつぶやかれた翼の言葉に、ああ、やっぱりかって思って、気持ちがへこむ。初対面から私のこと無視するし、やることなすこと文句言うし、あげくにクレープ落とされて。翼に嫌われてるとは思ってたけど、その原因が思いつかなくてどうして?って気持ちが膨らんでいく。だけど。


「陽が、春馬ばかり見てるからだろ……」

「えっ……?」


 ボソッともらされた声に顔をあげれば、なんだか見たことない表情の翼がいて。

 もしかして、照れてる……?


「本当は陽と会ったのはあの日が初めてじゃないんだ。俺が留学する前、たぶん陽が転校してきてすぐの頃、学校で一度見かけているんだ。その頃から俺はずっと陽に心、囚われていた。でも、愛だの恋だの、俺には馬鹿らしいものでしかなくて、そんな自分の気持ちを認めることが出来なくて」


 そう言って翼はくしゃっと前髪をかきむしる。


「陽は、俺が杏樹を好きだとか誤解してるし。俺は俺で、はじめは単なる気まぐれで同盟を結んだ、それなのにどんどん陽のことが気になっていくことに戸惑って、陽に当たって。そんなことしてたから俺は陽に嫌われても仕方ないと思う。振り回すだけ振り回して、今更言えた義理じゃないけど――」

「ちょ、ちょっと待って!」


 前髪をかきむしりながら呼吸も継がずに話し続ける翼の顔の前に手を突き出してストップをかけた。

 なんか、いまスルーしちゃいけないようなこと言ってたよね……?

 眉間にたくさんの皺を刻んで首を傾げながら尋ねる。


「えっと、いまなんて言った? 翼は杏樹のことを好きなんじゃ……?」


 私の聞き間違いじゃない?

 恐る恐る視線をあげれば、言葉を遮られたことが気に食わないのか、すっごく不機嫌そうな表情の翼。だけど、はっきりさせておかないと。


「杏樹のことは恋愛感情を持って見たことはない」

「うそ!?」

「俺の口からは一度もそんなこと言っていないのに、いつのまにか陽が勝手に思い込んでいたんだろ。なんでそんな勘違いしたのか、こっちが聞きたいぜ」


 はぁーと呆れたようなため息をつかれて、ちょっとカチンとくる。


「だって、初めて会った時、すごく切なげな眼差しで杏樹を見つめてたじゃない!!」

「あー……?」


 すっごくガラの悪い、しり上がりの口調で聞き返しながら、翼の思考が過去に飛んでいくのがなんとなく分かった。苛立たしげに眉間に深い皺を刻んでいたのが、何かに思い当ったのか表情が険しくなる。


「あれは……」


 焦ってもごもご言う翼の態度を不審そうに斜めに見上げれば、こほんとわざとらしい咳払いをして、翼が掴んでいた手にぎゅっと力をこめるから、ドキンって私の心臓が強くなった。


「あれは杏樹を見てたんじゃなくて――その……、陽を見てたんだよ……」


 ボソボソっとあまりに小さな声で翼が言うから聞きとれなくて、聞き返そうと口を開きかけた時。ぐいっと掴まれていた腕が強くひかれて、一瞬、何が起きたのか理解できなかった。


「俺が好きなのは陽なんだよ、ずっと好きだったんだ」


 背中に回された腕にぎゅっと力がこもって、頬に逞しい胸を押し付けられて、翼に抱きしめられているんだって気づいた。


「留学前と変わらずに春馬を想いつづける純粋な瞳に見入っていたんだ。陽がまだ春馬を好きでも、他のやつを好きになったんだとしても、俺の気持ちは変わらない。陽を誰にも渡したくない――」


 あまりに強い力で抱きしめられて。だけど、愛おしいものを抱きしめるような包み込むようなやわらかさがあって、触れた場所から体に熱を帯びはじめる。

 これは夢なのだろうか……?

 翼が私を好き――?

 ずっと翼が好きなのは杏樹だと思っていたのは誤解で、その上、翼が私を――

 あまりにも信じられないことが続いて、これは夢なんじゃないかって思ってしまう。

 でも、背中に回された腕が優しく私を抱きしめて、触れ合うこの距離感に、これが現実なんだって思い知らせてくれる。


「その言葉を信じてもいいの……?」


 なんと言えばいいのか迷って、やっと出た声はあまりに弱弱しくて。

 言葉と一緒に、ポロッと瞳から涙がこぼれおちた。




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