第7話 片思い同士
「うん……ありがと。でも、いまは部活が楽しいから……」
春馬の視線と口調から、それとなく宇野君がいまはフリーで付き合う相手としてどうかって薦めていることに気づいて。それでも、気付いてないふりで精一杯普通の口調で言ったのに、自分の声なのかって疑いたくなるほど震えていて困ってしまう。
いつもは友達の仮面を上手にかぶれているのに、不意打ちの状況で簡単にずれてしまうんじゃ意味がないじゃない……
自分で自分に駄目だしする。
でも、本当に不意打ちだったから。
春馬に面と向かって大事な親友って言われたことも、宇野君と付き合ったらどうかって薦められた言葉も、鋭利で巨大な氷の塊のように胸に突き刺さって苦しい。
その後、ほんの少しの間、気まずい雰囲気が流れたけど、それまでの会話がなかったかのようにコロっと話題が変わって他愛もない話を少しして、杏樹が雑貨を見たいと言って春馬と一緒に併設の雑貨店へと行ってしまった。
っといっても、なに話したか私はぜんぜん覚えていない。
どうにかずれた友達の仮面は直せたけど、直前の衝撃から心の方は立ち直れなくて、春馬の声も杏樹の声もぜんぜん耳に入ってこなかった。
無意識にアイスカフェオレをかき混ぜながら視線を向かいの席に向け、いまは二人が目の前にいないことがすこし助かった。でも。
つまり、座席には私と宇野君の二人っきりっていうことで、これはこれで気まずいったらない。
隣に並んで座っているから視線が合わなくて変に意識しないで済むけど、さっきの会話を思い出して私の気分はどんより曇り空。
なんでこんなことになっちゃったんだろう……
改めて今の状況を考えて、私はため息をついた。
なんとなく、今日の春馬と杏樹の様子が気にはなっていたけど、宇野君を薦める流れに持っていこうとしていたから?
それにしては直球だったよね……、まあ、春馬らしいけど。
そもそも、春休みに留学から戻ってきたばかりの宇野君を私に引き合わせた時点でそういう意味で紹介していた、とか?
幸せになってほしい――そう言った春馬の真剣な瞳を思い出して、胸の奥が苦しくなる。
親友として大切に思ってくれていることが分かる。
嬉しいけど、嬉しくない――……
認めちゃいけない、気づかれちゃいけない。
春馬に五年ぶりに再会したあの日、私の胸をくすぐったく震わせた気持ちに蓋をして、友達として接してきた。私にとっても春馬は大事な親友のポジションなのに、親友って言葉に傷ついている矛盾した自分の気持ちに窓の外に視線を向けたまま自虐的な苦笑を浮かべる。
親友じゃない、本当は、私は――……
そこまで思って、でもやっぱり続きは心の中でも言うことができなかった。
春馬がただ単に再会した男の子だったらよかった。杏樹の彼氏が春馬でなければよかった。そうしたらこんなに苦しむことはなかったかもしれない。春馬の言葉を素直に受け取れただろう。
でも一番辛いのは、自分の気持ちを自分さえ認めてあげることができないこと。
どこで間違えたんだろう……
そんなふうに考えても答えなんて見つかるわけがなくて、私は窓の外から視線をアイスカフェオレに落とす。
春馬は宇野君をフリーっていってたけど、宇野君は杏樹のことが好きなんだよね。そのことを、親友だといっても春馬には言ってないだろう。むしろ言えない。だって、杏樹は春馬の彼女なんだから。親友の彼女を好きだなんて、言えるはずがない。
宇野君を薦めるような発言をした春馬は悪くないけど、私も宇野君も好きな人がいる。それが実らない恋だって分かっていても、簡単に気持ちを割り切ることはできない。
さっきの会話、宇野君はどう思っているんだろう?
そんな疑問がふっと浮かぶ。
「ねぇ、宇野君は好きな子いないの?」
私はその答えを知ってるけど、そういえば春馬の質問には答えずに睨んでいただけだったなと思って聞いてみた。横を見れば、宇野君は相変わらず鋭い視線を私に向けるだけでうんともすんとも言わない。
まあね、返答がないのは想定内よ。
私もとくに気にせず、宇野君を見たまま言葉を続ける。
「いるよね。片思いでしょ?」
落ち着いた口調で尋ねると、宇野君の片眉が上がって瞳の鋭さが増す。怪訝な表情をしたのは一瞬で、宇野君は感情の読み取れない素っ気ない表情をカフェに併設された雑貨店で買い物する杏樹と春馬のほうに向ける。つられて私も視線を向け、ぼやくように話を続ける。
「どうして好きな人がいる人を好きになっちゃったんだろう……」
宇野君には嫌われているし、態度も最悪だけど、私は宇野君を嫌いなわけではない。ちょっと苦手っていうか、どう接したらいいか分からないっていうか。でも、約一ヵ月クラスメイトとして接して冷淡な態度とか俺様な態度に慣れてきたのもあるし、宇野君が杏樹に片思いしているのを知ってるから、出口のない片思いをするもの同士の同志って勝手に思っている。
だから、きっと、心を許しているっていうか、傷をなめ合うっていうか、宇野君にならこの迷宮の答えが見つけられような気がして、そんなことを聞いてしまっていた。
もちろん、答えが返ってくるなんて思ってなかったんだけど、予想外に宇野君は言葉を返してくれた。
「好きな人がいるヤツを好きになったんじゃなくて、好きになったヤツがたまたま好きな人がいるヤツだったんだろ」
「それはそうだけど……、やっぱり好きになったらいけない人には変わらないでしょ?」
「好きになっちゃいけないヤツなんて、いないだろ」
その声は馬鹿にするような口調じゃなくて、ちょっと憂いを帯びた切なくなるような声で、私は思わず宇野君を見上げた。
「なんだよ?」
不機嫌そうに片眉を上げるから、私は慌てて首を横に振る。
「ごめん。あの、ちょっと意外で……」
「なんだよそれ」
宇野君は鋭い視線で私を見下ろす。だけど、すぐに視線はそらされて。
「聞いたから答えただけだろ……」
ぼそっと呟いた宇野君の横顔がほんの少し赤くなっている気がして、照れているんだって気づいた。
好きになっちゃいけない人なんていない――
その言葉はきっと宇野君が自分自身に言った言葉なんだろうけど、すぅーっと私の胸の中に溶け込んできて、心を穏やかにしてくれる。
まっすぐな言葉から、杏樹のことを真剣に好きなんだなって伝わってきて、宇野君に対する苦手意識が少し薄れた気がした。
「片思い同士だね」
へらって笑うと、氷雪の眼差しで睨まれてしまった。やっぱり苦手かも……
でもさっきまでの気まずい空気がなくなったのは、宇野君がちゃんと会話してくれるからだろう。