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第65話  解き放つ鎖



「だから、携帯なってるってばっ」


 呆れたようなせっつくような口調で道香ちゃんにもう一度言われて、私は壁際に置かれたカラーボックスの中から鞄を引っ張り出した。


「陽の着信音って昔の音源一つのいかにもっていう着メロだから、すぐに分かるよね~」


 道香ちゃんの言葉に、部室にいる他の部員がふふっと笑っている。

 私が鈍い動作で鞄から携帯を取り出している間に、着信音は途切れてしまった。

 ディスプレイを確認すれば、そこには部活中にきていたのだろうメールの着信といまかかってきた電話の着信が表示されている。

 確認しなくても、メールの着信も電話の着信も誰なのか分かっているから、私は携帯を開かずにぎゅっと握りしめる。

 ほんの数秒、だけど私にはとっても長く感じる時間を使ってためらい、決意して携帯を開いてメールの送信者を確認する。

 それはやっぱり翼で、私の胸がチクっと痛みが駆け抜けていく。

 本当は朝、「部活は何時に終わるのか?」って翼からメールがきてたんだけど返事していない。

 試験前にクラスメイトの塚田君達が企画したカラオケが今日で、迎えに行くと言った言葉通り、翼は私にメールしてくれた。私ははっきりカラオケに行くは言ってないのに。

 でも。

 誘ってくれる翼の優しさが嫌じゃなくて、終わりにすると決めながら、決意が固まらなくて、突き放すことも出来なくて。

 結局、なんて返信すればいいのかわからなくて無視することしかできない。

 ただただ、翼と私の関係の終わりがちょっとでも伸びればいいと、その機会がめぐってこなければいいと逃げている。

 いまだって、「まだ部活?」とか「迎えに行くから連絡して」っていう翼からのメールを見て、私は返信できずに携帯を閉じた。

 相変わらずぼんやりしたままで着替えがなかなか終わらない私は道香ちゃんに何度も急かされながらなんとか着替え終わって、微妙に皺の残ったままの袴と道着を慌てて風呂敷に包んでカラーボックスの自分の場所に入れて部室を出た。その時、弓道場に忘れ物をしたことに気づく。部室棟の階段を下りながら、先に階段を下りきった道香ちゃんに声をかけた。


「道香ちゃん、私、かけ袋を弓道場に忘れたみたいだからとりに……」


 私の言葉は最後まで言い終わらなかった。それは道香ちゃんが不自然な場所で急に立ち止まっているのが見えたからで、階段を下りてる途中の私と振り返った道香ちゃんの視線があう。


「ひなた~、お迎えが来てるよ」


 言うと同時ににやりと笑った道香ちゃんを訝しげに見つつ、ちょっと早足で階段を下りきって、私はぴたっとその場に凍りついた……

 だって、部室棟の前に、翼がいるんだもの。いると思いもしない場所に突然現れたらビックリするでしょ!?


「ど、して……」


 かすれた小さな声だったのに、私の声を聞き咎めた翼は、もともと不機嫌そうな表情をさらに眉根を寄せて険しくする。

 壁に寄りかかっていた翼は、とんっと壁についていた足をけってそのままこっちに歩いてくる。その間に、道香ちゃんや他の部員が「お先に~」とか言って帰っちゃうし。私は視線で助けを求めたんだけど、ぜんぜん気づかずに、振り返らずに手を振っていってしまった。

 わ~ん、薄情者ぉ……

 いつの間にか私の目の前まで迫ってきた翼が、腰をかがめて私の凍りついた顔を覗き込む。


「どうして、はこっちのセリフなんだけど……、なんで携帯でないの?」


 優しく問いかけられて、私は視線を泳がせる。

 いつもみたいに馬鹿にするように言われれば、カッとなって言い返せるのに、翼が私を見つめる瞳が優しいから、どうしようもなく胸が切なくなる。

 顔を俯かせて答えないでいると。


「まっ、いいや。カラオケ行くぞ」


 そんなことどうでもいいというように翼は苦笑して、当然のように私の腕を掴んで歩き出そうとするから、私はとっさに掴まれた腕を自分の体の方へ引っ込めるようにして、翼の手を振り払ってしまった。

 ぴしっと空気が凍った気配に、私は恐る恐る顔をあげる。

 振り払われて不自然な場所で腕が止まったまま、こちらを見つめる翼の瞳は動揺に激しく揺れているから、心をつく。

 罪悪感が襲ってきて、でも、もう引き返せなくて。私はさっき翼に捕まれていた場所に手をあててぎゅっと握りしめる。


「私、行かない……カラオケ」


 翼の瞳が動揺から心配するようにくるっと揺れて、熱い眼差しが注がれる。


「どうした……?」


 心配するような声音が降ってきて、それでももう私の決意は揺らがなくて。掠れたような声を必死でふり絞る。


「もう、終わりにしよう……」




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