第6話 大事な親友
「陽ってさ、好きなヤツいるの?」
あまりにも突然そんなことを問いかけられて、私は動揺を通り越して呆然としてしまって、手からグラスが滑り落としてしまった。ガシャンっていう派手な音がまるで自分とは無関係の遠い場所での出来事のように聞こえていた。
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ことの発端は、急に部活が休みになって春馬と杏樹と宇野君と四人で帰ることになった放課後。駅ビルに入っているカフェで。
一緒に帰ることになった時点で私の気分はかなり下がり気味だったんだけど、もちろんそんなことは顔に出せないし、いつも通りなんでもない顔で駅までの道のりを歩いた。
なんだかんだでこのメンバーでいることも多くて慣れ始めてしまったっていうのもあるし、諦めもあるし。
宇野君に対して苦手意識はあるけど、たいてい私は春馬か杏樹と話すことが多くて、宇野君と一対一になることがないから大丈夫と安心していたのに、なぜかずっと宇野君は私の横を歩いている。
宇野君が……っていうか、春馬と杏樹がずっと二人で話しながら前を歩いているから、自然と私と宇野君が後ろを並んで歩くって形になっているんだけど……
宇野君が留学から帰って来る前はこんなことはなくて、だいたい私と杏樹が並んで歩いていたし、宇野君が加わってからも、杏樹か春馬と歩くことが多かった。っていうか、こんなふうに宇野君と並んで歩くのは今回が初めてかもしれないと気付いて、その時から私の胸の中に小さな疑問が生まれていた。
まぁ、並んで歩いてるっていっても? まったくといっていいほど、宇野君との会話はなくて、だからといってその沈黙が嫌なわけでもなくて、心配していたよりはぜんぜん大丈夫だった。ただ。
『見てるこっちが痛い……』
とか言われて、それはこっちのセリフだしってちょっと突っ込みたくもなったけど、その後はやっぱり会話はなく、駅ビルのカフェに着いた。
このお店は駅ビルの七階にある雑貨店に併設のカフェで、カフェで使われている食器や各種調理器具、可愛い雑貨が置いてある。お茶を飲みながら雑貨を見れて、店内にはレシピ本なども置いてあるから料理好きの人にはたまらないカフェなのだろう。
つまり、杏樹のお気に入りのカフェというわけ。まぁ、調理器具には興味はないけど、ここのケーキは美味しいから私も好きなお店ではある。
窓側の席が空いていて、ソファー席が対面になっている四人席に窓側に杏樹、通路側に春馬、その反対側の窓側に私、その隣に宇野君が座った。
うん、この座り方にもちょっと「ん?」って思ったけど、気にしたら負けな気がして気にしないことにした。
いつもは席に座ってそれぞれ注文して一息ついた頃に杏樹は雑貨を見に行くんだけど、今日は注文したものが運ばれてきてすぐに、春馬が爆弾を落としたのだった。
なんで隣が宇野君??
とか、気にしちゃダメとか思いつつそのことを考えてしまって、なんとなく窓の外を眺めながら頼んでいたアイスロイヤルミルクティーを手に持ちストローでくるくるかき混ぜていたら。
「陽ってさ、好きなヤツいるの?」
って、春馬が突然問いかけるから、細長いデザインのグラスが手から滑りぬけて、ガシャンっていう派手な音を立ててテーブルに落ちて倒れた。全く口をつけていないカフェオレ色の液体がさぁーっと机に広がっていくのを、春馬と杏樹と宇野君があたふたとアイスカフェオレがこぼれないようにおしぼりでせき止めたりペーパーナプキンを置いたりしているのを見て、私も数泊遅れて慌てておしぼりでテーブルを拭く。
「……わっ、ごめん!? 大丈夫!?」
言いながらテーブルを見渡して、それほどアイスカフェオレがこぼれてなくてほっとする。
「ごめん……」
なにやってんだろって自分の失態に突っ込みながらもう一度謝る。そうこうしている間に、店員さんが布巾を持ってやってきて、テーブルの上を綺麗に拭いて、新しいアイスカフェオレまで持ってきてくれた。
はぁーっと息を吐いて、運ばれてきたグラスを私はテーブルの中ほどに手で押しやった。
今は飲みたい気分じゃないっていうか、またこぼさないようにテーブルの真ん中あたりにおいて、また窓の外に視線を戻したのだけど。
「でさ、陽は好きなヤツとかっている?」
って、春馬が右手で頬杖を突きながら私をまっすぐに見据えて聞いてくるから、私は目を大きく見開いて春馬を見返す。
できれば、蒸し返さないでスルーしてほしかったのにな……
そうは思っても、春馬の薄茶の瞳がしっかりと私の瞳をとらえていて、早々に諦める。こういう時の春馬は、答えを聞くまで諦めないって知っているから。
「どうしたの? いきなり……」
驚くのは当たり前でしょって、ちょっと苦笑して聞くと、春馬はなにかを考えるように眉根を寄せて視線を上げ、それから優しい表情を浮かべる。
「んー、陽のそういう話ってあまり聞かないからどうなのかなって思って、なっ?」
春馬はそう言って杏樹に同意を求め、視線を受けた杏樹ものほほんとした笑みを浮かべて相槌を打つ。
それをみて、ちょっと確信する。
もしかして、今日はそういう話をしたくて、一緒に帰ろうって誘った……?
そう考えれば、杏樹と春馬が並んで座ったのにも納得できる。
ここは慎重に答えなければと、私は急速に思考を働かせて一番適格な答えを探し出す。
「聞かないもなにも、なにもないから。好きな人もいないし」
前半はごく軽い口調で言って、後半はしっかりと春馬の目を見てゆっくりと言う。
それは嘘になるけど、そういうしかないじゃん?
視界の端にこっちを見ている宇野君の姿が映って、その瞳が一瞬鋭い光を増したように感じたけど、きっと気のせいだろう。
「ほんとに?」
そう聞く杏樹の声はどこか嬉しそうに聞こえて、内心首をかしげる。でも、ここで頷いてしっかり肯定するのが大事だと思った。
「うん」
頷いた瞬間、杏樹と春馬がちらっと視線を交わした気がした。
「でも告白とかされるだろ? その中にさ、いいなって思うヤツとかいないか?」
「えっ……、されないよ?」
戸惑いがちに答えると、春馬が隠さなくてもいいんだぞって感じに苦笑する。
「昨日、呼び出されていただろ?」
「…………」
その問いに、私は答えられなかった。
確かに、クラスメイトの男子にちょっと話があるって呼ばれていったけど……
内容は、まぁ、告白だったんだけどさ……
そんなこと言ったら春馬だって、たくさん女子に呼び出されてるじゃない――っていうのは、杏樹の前では言わないけど。
答えないのを肯定と受け取ったのか、春馬は相変わらず優しい笑みを浮かべている。
「陽のこと可愛いって言ってるヤツいっぱいいるからさ、陽はどうなのかなぁ~と思って……」
最後まで言って春馬は苦笑する。
その笑顔を見て、春馬がこの先何を言うのか予想出来てしまって、胸が切なくなる。
「陽はさ、俺と杏樹にとって大事な親友だから幸せになってほしいんだ。お節介だって分かってるけど、陽も誰かと付き合ってみたらどうかなって、俺は思うよ?」
春馬の瞳は真剣で、その奥に優しさが潜んでいることが分かるからどうしようもなく胸をつかれる。
春馬は私から視線を隣の宇野君に移す。
「翼もいまは好き子はいないんだよな?」
とってつけたような春馬の言葉に宇野君を見れば、宇野君はいつにも増して鋭い視線で春馬を睨んでいた。その視線を受けた春馬は困ったように苦笑して私を見るから。
ああ、そういうこと……って気づいた。