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第51話  想いを秘めて



 脳裏に浮かんだ翼の姿に、私の口からは無意識に言葉が出てくる。


「……ほら、私はいま翼と付き合っているし。春馬が翼はいいよって薦めてくれたんだよ? 春馬の初恋が私だったっていうのはすごく嬉しいよ。でもさ、昔の事でしょ?」


 私は殊更明るい口調で、表情筋をフル稼働していつもの親友の仮面を貼り付ける。


「春馬がそんなに杏樹と中条君の噂のことで悩んでいたなんて気づかなかったよ。もっと早く相談してくれたらよかったのに、友達じゃん!」


 にっこり笑顔を浮かべて、“友達”を強調する。


「別れるって言うけど、あの噂って春馬にとってそこまで思いつめるようなこと?」

「杏順の態度がコソコソしてるっていうかおかしいんだよ、メールもあまり来ないし電話も出ないし。それに俺は、杏樹と中条が休みの日に一緒に出掛けてるの見たんだ……」


 私の言葉に静かに耳を傾けていた春馬は、掠れた声で苦しそうに呟く。

 前に相談された時に、杏樹と中条君が一緒にいるところを実際に目撃したっていうのは聞いていたけど、それだけが原因とは考えられない。


「杏樹と噂になっている中条君って、杏樹とはクラスも部活も一緒なんでしょ? 一緒にいてもそんなに不思議じゃないじゃない?」


 これは本当にそう思っていること。


「もしかしたら、側に他の部員もいたとこか」


 そういう可能性もないとは言えないよね。

 私の問いかけにしばらく黙り込んでいた春馬は、気まり悪げに視線を横にそらした。


「二人だった……、しかも一度だけじゃない、夏休み中にも何度も見たんだ。しかも、俺がどこか遊びに行こうって誘ったのを断ったその日に」


 …………っ

 私はあちゃーって気分で、内心ため息をもらす。

 タイミングがいいというか、悪いというか……

 それはさすがに疑いたくもなるかも……


「杏樹はその日は用事があるとか家族で出かけるとか、そう言ったんだ。なんでもないなら、部活の用事って言うはずだろ……?」


 苦々しげに吐き出した春馬に、私は何も弁解する言葉がでない。

 杏樹はなんでそんな嘘をついたのだろう……?

 もしも私が春馬の彼女の立場で、やましいことがないなら部活の用事だってちゃんと言うはずで。

 考えても、私は杏樹じゃないんだから分かるはずがない。

 私は細い吐息を漏らして俯いて、それから顔をあげて春馬をまっすぐに見据えた。


「確かに、杏樹の誕生日当日に春馬との約束を断ってまで部活の用事を優先したっていうのは私も引っかかってはいたけど、学祭の買い出しだし、中条君の都合がつかなかったとかその日じゃないとダメだったとかいう理由も考えられるし」


 そう言いながら、私はなんでこんなに必死に杏樹を弁護してるんだろうって、内心首をかしげる。

 噂について心配がないと春馬に言った時みたいに、春馬と杏樹が仲良しじゃないと自分の苦しい想いに決着をつけられないとか、そんな自分本位な思いじゃない。

 目の前で、辛そうな表情をする春馬を何とかしてあげたくて。

 自分が抱えていた苦しい気持ちとちょっとだけ春馬が重なって、身につまされるから。

 杏樹に話を聞いた時、私もなにか引っかかる気はしてた。でも「春馬を好き?」って聞いた時、杏樹は強い意志を宿した真剣な瞳で「好き」だと言い切った。その杏樹の言葉に偽りはないと思ったし、なによりも、別れ話を切り出した春馬に対して「嫌」だと言った杏樹の言葉が、なによりも杏樹の本心を表しているのではないだろうか。

もしも、春馬の言うとおり杏樹が春馬から中条君に心変わりしたのなら、別れ話はむしろ喜んで受け入れるんじゃないの?

 春馬を好きだと言って、別れ話を嫌がる杏樹。だけど態度はよそよそしくて、メールや電話の回数が減ってて、中条君と出かける時に春馬に嘘をついている。

 矛盾する杏樹の行動に、春馬が疑ってしまうのは仕方ない気もする。

 でもやっぱり、杏樹が春馬を好きな気持ちが嘘とは思えない。それなら中条君が好きっていうこと以外の理由で、よそよそしい態度になってしまっているんじゃないかと、ふっと思い至る。


「ねえ、ほんとに杏樹は中条君って人のことが好きなのかな? ちゃんと杏樹の口から聞いた?」


 なか考えるように黙り込んだ春馬。


「……聞いたけど、杏樹は違うとしか言わないんだ」


 ほら、やっぱり。

 内心で手のひらを打って嬉々として思う私とは対照的に、春馬は暗い表情をしているから、明るい口調で言う。


「その言葉を信じようよ!」

「そりゃ、俺だって信じられたらどんないいいか……、聞いた時、杏樹は俺の目を見ようとしなかった。やましいことがないならまっすぐ目を見て話せるはずだろっ!?」


 吐き出すような、聞いたこともない怒りをはらんだ声で叫んだ春馬は、その表情も険しくて、私は息を詰めた。

 ずっと――

 私は杏樹が心変わりしたはずがないってことを主張していたけど、誰よりもそのことを信じたいのは春馬なんだって、この時になって思い知る。

 私が言った仮説なんて、とっくに春馬は何度も自分に言い聞かせたのだろう。

 なんて、馬鹿なんだ私……

 傷ついてるのは春馬なのに、こんな責めるようなことばかり言って、春馬を元気づける言葉は一つも見つからない。

 悔しさにぎゅっと唇をかみしめて俯くと、机越しにふっと苦笑する声が聞こえた。顔をあげれば春馬がちょっと困ったように眉尻を下げて決まり悪そうに私を見ていた。


「ごめん……、陽に怒ったんじゃないんだ。これは俺と杏樹の問題なのに巻き込んでごめん……」

「そんなっ、巻き込むなんて……、友達なんだから、相談に乗るのは当たり前だよ」


 私と春馬の関係を“友達”と言ったその言葉にいままでいちいち傷ついていたのに、ちくりとも痛まない胸にあえて気づかないふりをして、笑顔を返す。


「杏樹とはもう一度話し合ってみようと思う。でも話し合っても、もう無理だとは思うんだ……、こんなに隠し事されていままで通りにはできないっていうか……」


 語気を弱弱しく自嘲気味に微笑んで春馬が言うから、春馬が杏樹と別れようと思っていることも、私のことを初恋だって言って付き合えばよかったとか言ったのも、その場の勢いだけで言ったのではなくて、これ以上無理ってくらいいっぱい悩んで考えて出した答えなんだって思い知らされた。

 話し合えばどうとでもなる――

 どこかで楽観視していたのは、私がちゃんと誰かと付き合ったことがないからかもしれない。実際に付き合うのは、その人達にしかわからないような悩みとか問題があるのかもしれない。

 杏樹との関係がもうダメだという春馬の態度を頑なだと思っていたけど、そういうことじゃないのかもしれない。

 なにか春馬のためになることは出来ないかって考えても、やっぱり自分にはなにも思いつかなくて、少しでも気分が軽くなるように話を聞くくらいしかできない自分が情けなかった。


「……うん、杏樹とはちゃんともう一度話し合った方がいいと思うけど、春馬が決めたことなら私はそれを応援するよ。話を聞くくらいしかできないけど、言ってね」


 そう言ってぎこちない笑みを浮かべた私に、春馬が苦笑する。一度瞳を閉じてから、まっすぐに私を見た春馬の表情はどこかすっきりしていて、その瞳の奥には心配そうな光が浮かび上がる。


「ありがとう、陽が友達でいてくれてよかった」


 その言葉に弱弱しく笑い返す。

 

「陽もなにかあったら俺に相談してよ?」

「えっ?」


 特に春馬に相談するようなことは思いつかなくて首をかしげた私に、春馬は気づかうような視線を向けて、ちょっと戸惑いがちに言う。


「陽も翼となにかあったんじゃないの?」

「あっ……」


 その言葉に、私と翼もギクシャクしている状況だってことを思い出す。


「ええっと……」


 でもさ、私と翼は春馬達とは違って本当は付き合っていないわけで、別に喧嘩とか仲直りとかそういう問題でもなくて……

 なんと説明したらいいかわからなくて、曖昧な笑みで誤魔化すしかなかった。

 それと同時に、春馬と杏樹が別れたら、私と翼の同盟関係も終わるのだ――ということに気づいた。

 裏切りあう関係でもいいと言った。そう言うほど、杏樹のことが好きだってことだよね……

 胸がなにかに押しつぶされたように苦しくなって、はじけた気がした。

 どうして、こんなにみんなの想いは上手くいかないんだろう。

 好きな人が自分を好きだったらいいのに。伝えられない想いも、叶わない想いもなければいいのに。

 運命の相手はこの人だって、誰の目にも分かるように決まっていればいいのに。 

 そう思う反面――

 分からないからみんな恋に夢中になるのかな……?

 すべての恋が上手くいかないのなら――

 自分の想いはずっと伝わらなくていい。

 だからせめて、自分の好きな人には幸せになってほしいと強く願う。

 この想いは、私の胸だけに秘めておくから。

 私の初恋が春馬だったことも、私がいま誰を想って胸を痛めているかも――……




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