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第49話  君は初恋



「えっ、付き合っているの!?」


 いきなり核心を突かれて、机に前のめりになって聞き返したら春馬に苦笑されてしまった。恥ずかしい……


「うん、中学に入ってすぐぐらいかな、烝と麻衣が付き合いだしたのは。ちょうど中一の時、同じクラスでさ、クラスの中で一番初めに付き合いだしたのがあいつらだったんだよ。なんかその勢いに押されたっていうか競うように、その後一気にクラス内で付き合いだすやつが増えてさ。今思えば恋愛なんて人と競ったりするもんじゃないんだろうけど、あの時は“付き合う”ってことに憧れてた感じで、ちょっと他の子よりも仲がいい女の子に付き合おうとか言ってた感じかな」


 転校して中高一貫の女子校だったから、ぜんぜん自分の中学時代には想像もしなかったエピソードに驚きを通り越して、ただ呆気にとられる。


「結構、数ヵ月単位で分かれた付き合ったとか、当たり前だったよ」

「へぇ~、春馬もそんなことしてたんだ」


 意外に思ってぽろっと口から出た言葉に、春馬の表情が強張る。瞬間、かぁーっと頬が赤くなっていく春馬を目を瞬いて見つけた。


「おっ、俺は……そういうのはなかったよ。付き合うならちゃんと好きな子とって思ってたから」


 顔を真っ赤にして視線を斜めにそらしてボソボソっと呟いた春馬があまりにも可愛くて、つい口元がにやついてしまう。

 うっわぁー、照れてる春馬かわいすぎなんだけどぉ!!


「やだなぁ~、冗談だよ。春馬はそういうタイプじゃないもんね。私は女子校だったからさ、クラス内で「誰と誰が付き合った~」とかそういうのはなかったから、なんか新鮮! 分かってはいたけどやっぱ共学と女子校じゃ違うんだね。近くに男の子がいないとときめきとかないし」


 そう言った私を、机の上に置いた腕に顔を乗せた春馬がまっすぐに見上げてくる。その表情が急に真剣になって、斜めに見すえる瞳にあざやかな光が浮かび上がって、ドキッとした。


「それって、小学校の時は近くにいる男子にどきどきしてたってこと?」

「えっ?」


 あまりに真剣な眼差しで見つめられて急速に心臓が早くなり、どきどきいい始める。


「え……っと、それは、いるよ……?」


 ここでいないって嘘をついて誤魔化すことは出来そうになくて言った言葉なのに、声が震えてぎこちない言い方になってしまった。


「クラスの中に好きな人がいてドキドキするとか、小学校の時だけだったなぁ。中高でクラスメイトにドキドキしてたらまずいしね?」


 あはは、って苦笑してなんとか誤魔化そうとした私に、春馬は真剣な表情からふわっと春の日差しのようにやわらかな笑みを浮かべる。


「ふ~ん、そっか。陽の初恋は小学生だったんだね」

「ぅえっ!?」


 ふわふわの笑顔でそんなことを言われて、声がどもってしまう。


「あれ、違った? もしかして幼稚園のときに経験済みとか?」

「経験済みって……、違くないですよぉー、どうせ遅いとか思ってんでしょ」


 誰かを好きになったのなんて片手で数えられるくらいだし――って見栄はってみるけど、私が好きって思ったのは春馬だけだし、春馬が初恋で、中高は女子校だったから恋愛からは遠かったし、全然恋愛経験がないっていうのは自分でも分かっている。だてに、翼に恋愛初心者のレッテル張られていませんって。自分で認めてる辺りちょっと悲しいけど……

 内心で愚痴ってたら、春馬が違う違うって苦笑する。


「遅いとか、そんなこと思ってないよ。陽からこういう話聞くの初めてだから」


 それは――、私が好きなのは春馬だから、春馬相手に恋愛話はできないよ……

 視線を横にそらしてははって乾いた笑いを浮かべる。


「ちょっと嬉しくて、いじめたくなっちゃった」

「!?」


 思いもよらない言葉に、反射的に春馬を振り仰げば、春馬は邪気のないふわふわの笑顔でのほほんとした口調で言う。

 いじめたくって……、どこの俺様かと思っちゃったよっ。春馬のキャラじゃないと思ったら、冗談だったらしくてほっとする。


「そっかー、小学校の時に初恋かぁ」


 しみじみとした口調で言った春馬は、机の上で組んだ腕の上に顔を伏せて、視線だけをちらっとこっちに向け。


「俺の初恋も……小学校だった……んだ」


 ぼそぼそっとあまりにも小さな声で、私はよく聞こえなくて首をかしげる。


「えっ?」

「はじめて一緒に水族館、行った時のこと覚えてる?」

「えっ、うん、覚えてるよ?」


 唐突に話が変わって内心首をかしげながら、この話は確か七月に一緒に出掛けた時に話したよなぁと頭の片隅で思う。

 小学校の時に住んでた市に家から自転車で二十分ほどの距離にあった県立の水族館。市に住む小学生は水族館の入館料が無料で、小学校の時、友人に誘われて初めてその水族館に行った時、春馬も一緒だった。私はその頃から魚が大好きで持って行ったスケッチブックを取り出しては水槽の前に陣取ってひたすら魚のスケッチをしていた。あまりにも長い間、一つの水槽の前から動かない私を友人らは呆れて、最後には私を置いて先に帰ってしまった。私も「待たせるの悪いから、先に帰ってて」って普通に言ってた気がする。夢中で魚のスケッチをして、もう友人たちは帰ってしまったと思っていたら、春馬はまだ帰っていなかったのだった。


「あの時、俺、魚を見てたって言ったけど、本当は水槽の前で夢中になってスケッチしてる陽の姿に見とれてたんだ、思えば、あれが俺の初恋だったんだ」




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