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第46話  裏切りあう関係でもいい



 鞄を片手に廊下を走り、階段を駆け下りて、私の足は自然にそこに向かっていた。

 昇降口を出て右手沿いに校舎を回り、校舎の目の前の第一グラウンドの端を進んで、横にあるテニスコートとグラウンドの間の道を通り、さらに奥にある武道館とテニスコートの間にひっそりとある中庭の手前で、ぜいぜいいう呼吸を肩で繰り返しながら足を止めた。

 この中庭は第一グラウンドの奥、テニスコートと武道館の間にある場所で、知る人ぞ知る場所という感じ。テニス部員か武道館を使う部員くらいしかこの場所を知らないんじゃないかというくらい、奥まった場所にひっそりとある。

 テニスコート沿いに植えられた今は青葉を茂らせた桜並木の間には、ところどころにベンチが置かれた青々とした芝生の間に岩を敷き詰めたような小道がある。そのベンチの一つに、足を組んで寝そべっている翼の姿を見つけて、私はまだ荒い呼吸を整えるように一度息を吐いて、大きく吸い込んだ。

 走ったせいか、鞄を握る手のひらにじっとりと汗がにじんで鞄の取っ手を掴む手に力を入れる。ゆっくりと翼に近づくと、私の影が翼の体にかかり、翼が顔だけをこっちに向けた。

 その拍子に、さらさらの前髪が額にかかりる。日が当たって艶やかに輝く黒髪、斜めに分けられた前髪の下の意志の強そうな切れ長の瞳が私に気づき、一瞬苛立たしそうに揺れたのが分かった。

 翼は反動をつけて上半身を起こしてベンチの背に体重を預けて座りなおすと、私を正面からじっと見つめた。その強い眼差しに絡め取られて、わずかにたじろぐ。

 感情を覗かせない無表情、冷たい眼差し。だけど、その表情の中にわずかな苛立ちを感じとって、私は言い知れない不安に襲われる。それと同時に私の中にも苛立ちが生まれる。

 なんで私が睨まれなきゃならないの――!?


「どうして、無視したの?」


 苛立ちのまま口を開いて、一息に言い切る。そんな私に対して、翼は淡々とした口調で尋ねてくる。


「なにが?」


 その一言に苛立ちが募る。

 声に出して翼の名前を呼んだわけではないから正確には無視ではないし、こんなの八つ当たりだって分かってるけど、そう言わずにはいられなかった。


「分かってるくせにっ、私が春馬と買い出し係になって困ってるって」

「俺には春馬と買い出し係になれて喜んでいるように見えたけど?」

「なっ……」


 翼の見下すような笑みを浮かべた言葉に、苛立ちで声にならない。


「違うって言えるのか? 春馬と杏樹がギクシャクしてるこのタイミングで、二人で買い出しなんてラッキー、そう思ったんじゃないのか?」


 あまりな言われように、私はぎゅっと唇をかみしめた。

 心の奥底で、春馬を好きな私が喜んでいたかもしれない。でもそれ以前に、私は春馬と杏樹とは友達で、二人がギクシャクしていることを喜んではいない。そんな風に翼に思われていることがショックだったし、それと同時に、翼が杏樹を好きだということを痛感させられる。

 翼は、春馬と杏樹がギクシャクしている今の状況を、喜んでいるの――……?

 自分がそう思っているから、私もそう思っていると言ったの……?


「利用……してたの?」


 自分の声なのかっていうくらい、震えてか細い声が漏れる。

 お互い辛い片思い同士で、お互いの片思いを知っている。春馬と杏樹を安心させるための偽の恋人同盟だったけど、話す機会が増えてメールのやり取りをするようになって少しずつ翼のことを分かっている気になっていた。

 同じ想いを胸に抱えているから心を許していると思っていたのは私だけだったのかもしれない。

 個人のプライベートには踏み込まない。どちらかが恋を実らせるか、はたまた違う人を好きになった時点で同盟は終了。初めからそういう約束だった。

 私が少しずつでも春馬に対して気持ちの整理ができるように努力していたから、翼もそうなんだと思っていた。

 だけど翼は違っていたんだ。

 いまもこれから先も、好きなのはずっと杏樹ただ一人。

 春馬とギクシャクして別れることを待ち望んでいるような挑発的な視線と言葉に、その揺るがない想いを思い知らされて胸が押しつぶされたように苦しい。


「恋人のフリして、春馬と杏樹が別れるのを待ってたんだ……? そのために私を利用しただけなんでしょ……?」

「陽だってそうだろ? 俺のことが好きで付き合いだしたわけじゃない、春馬のためなんだろ?」


 翼は瞳をギリッと光らせていまいましそうに舌打ちし、すっと私から視線を逸らした。


「そんなことは……」

「ないって言えるのかっ!?」


 戸惑いがちに否定した私の言葉に被せるように、翼は怒りを露わに吐き捨てた。

 私から視線をそらして横を向いた翼の表情は、今は無表情ではなく明らかに怒りに支配されている。


「酷い……、どうしてそんなふうに言うの……?」


 私は目の端に浮かびそうになる涙をぐっとこらえて、でも掠れた声が漏れる。

 確かに春馬を安心させるために始めた同盟だった。それでもそれなりに翼との信頼関係を築いてきたと思っていたのに。

 ガラガラと音を立てて崩れていく翼との関係に、苦しげに眉根を寄せると。


「陽こそ――」


 翼が苦々しげな小さな声で吐き出す。


「……酷いのは陽のほうだろ。そんな春馬を好きですって顔して、俺と付き合っている振りし続けるとか。俺は――俺を好きな子にしか優しくしないんだ」


 語尾をはっきりとした口調で言い切った翼は、顔をあげて突き刺すような眼差しで私を見た。その眼差しの激しさに刃物をつきつけられたような気がして、私の鼓動が一気に駆け出す。


「俺に惹かれてくれるなら、裏切り合う関係でもいい――」




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