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第45話  そらされた視線



 ええっと、なんでこうなったんでしょう……?

 自分の運の悪さというか、じゃんけんの弱さを呪って、げっそりとした表情で俯いた。チョキの形の右手からは虚しい感じが漂っている。

 重苦しい昼休みを終えて六限目のロングホームルーム。九月末に迫った学園祭に向けて本格的に動き出すために話し合いが行われた。クラスの出し物自体は一学期中に巨大迷路をするということに決まっていて、今日はその準備と当日の役割分担を決めることになっていて、楽しみにしてたんだけど。

 はい、見事にじゃんけんに負けて買い出し係になってしまいました。

 じゃんけん弱すぎだ、私……

 まあ、買い出し係も面白そうだからいいけど。この時点ではそう思ってた。

 買い出し係は女子と男子それぞれ一人ずつってことになってて、いまは男女クラスの前側と後ろ側に別れてじゃんけんをしているところ。女子はまず数人ずつで分かれてじゃんけんして、その中で負けた人が集まってさらにじゃんけんをする形で、ストレート負けで女子の買い出し係は私にさくっと決まった。

 女子が集まっている黒板側の教室の前とは反対側、教室の後ろ側からわぁ~っと一喜一憂する男子の声が聞こえてきて視線を向ける。

 男子は一つの大きな輪を作って、男子全員一緒にじゃんけんをしているものだから、なかなか勝敗を決しない。決まったかと思うと、誰かしら違うのを出していてあいこが続いているみたいだった。まあ、二十人でのじゃんけんはなかなか決まらないよね。

 わぁ~とかおぉーとか興奮した声が聞こえてきて、すでに買い出し係が決まっている女子は苦笑を漏らした自分の席に戻ったり、男子のじゃんけんの輪を除いてにこやかに眺めている。

 仲良しクラスってほんわかした空気が流れてていいんだけど、私は買い出し係の相方が誰になるのか気になって、それでもじゃんけんの輪には近づかずに教壇から遠目に眺めていた。

 一際大きな歓声が上がり、落胆の声がその後からちらほら聞こえた。きっと、決着がついたのだろう。といっても八人に減っただけみたい。その中に春馬と翼の姿を見つけて、ドキっと胸が跳ねた。

 じゃんけんに負けた八人は小さな輪を作って掛け声とともにじゃんけんをはじめた。今度は人数が少ないからさっきみたいにあいこが続くことはなく、数回の掛け声で勝敗を決したのが分かった。

 その間、私の心臓はどんどんと鼓動が早くなっていく。


「男は飛鳥で決まりー」


 そばでじゃんけんの行方を見守っていた男子が黒板の前にいる学祭実行委員に向かって叫んだ。瞬間、こっちを見た翼と視線が合った。ばちっとか音がしそうなほど、強い眼差しで見つめられて、なにか言いたげな視線が射抜くように向けられるから、私は反射的に視線をそらしてしまった。


「あっ、女子の買い出し係は陽なんだ」


 教壇の方へ移動してきた春馬に後ろから声をかけられて、私はあまりの驚きにビクっと大きく肩を震わせた。


「えっ、あっ、うん、じゃんけんで負けちゃった……」

「うん、俺も」


 明らかにどもって挙動不審の私に対して、春馬はその様子を気にした感じもなく邪気のないふんわりとした笑みを私に向けられたから、喉の奥がきゅっと締め付けられた。

 昼休みの、お互い視線もあわさない気まずい雰囲気の春馬と杏樹を思い出して、胸の中にどんどんもやもやが広がっていく。

 慈しみにあふれた無邪気な微笑みは、私に向けられていいはずがない……

 杏樹には笑いかけることも話しかけることもしなかった春馬に、自分が笑顔を向けられることがたまらない。

 杏樹と春馬がギクシャクしている時に、学祭の買い出しとはいえ春馬と二人きりで出かけていいものか、悩んでしまう。

 クラス内ではすでに買い出し係から話題は別のことに移ってて、学祭の準備の話がどんどん進んでいく。

 準備の担当ごとに分かれて座ったり教室の端に集まっていたりして、教壇近くの空いている席に座った春馬は私を手招きして隣の席に座るように言う。

 いつまでも教壇の横で立っているわけにもいかず、私は戸惑いながらも春馬の横の席に腰を下ろす。春馬の方を向くことができなくて、準備の分担を決めていく学祭実行委員の声に耳を傾けるように見せかけて視線を黒板に向けた。


「買い出し、いつ行こうか? 放課後は陽は部活だから、日曜日がいいかな?」


 小声で問いかけられて、視線だけを動かして春馬を見る。春馬はあいかわらず屈託のない笑顔を浮かべていて、喉の奥がぎゅーぎゅー締め付けられる。

 なんて答えたらいいのか――

 必死に思考を動かして、一番いい答えを探し出そうとして、私は背中に感じた視線に振り返った。

 教室の後ろの方に固まったグループの中、立っている翼はじっとまっすぐに私を見ていた。突き刺すような激しい眼差しに、息をのんだ。

 瞬間、翼なら私を助けてくれるかもしれないという考えがよぎって、翼の名前を呼ぼうと声を出そうとしたのだけど、唐突に翼が視線をそらして、呼ぼうとした名前が声にならなかった。

 その時、タイミング悪くチャイムが鳴り、担任が簡単に帰りの連絡事項を済ませて教室から出て行った。

 学祭について決めなければならないことをもう少しあって、放課後も話し合いを続けるってことになったけど、強制ではなく部活やバイトがある人は先に帰ってもいいと実行委員が言い、ぱらぱらと何人かの生徒が教室から出ていく。話し合いが長くなりそうだからパックのジュースを購買に買いに行く人やお手洗いに行く人もいるのだろう。


「陽、日曜日でいい?」


 チャイムで会話が途中になっていたから、春馬が首を傾げ問いかけてくる。

 私は立ち上がりながら、視線を教室の後方に視線を巡らせた。翼の姿を探して。

 こういう時、いつも翼は助けてくれる。すがりつくような思いで振り返った私の視界には、後方の扉から教室を出ようとしている翼の姿。一瞬こっちを見て、素っ気なく視線をそらして翼はそのまま教室から出て行ってしまった。

 確かに、私と視線が合ったはずなのに、翼が視線をそらしていってしまったことが切なくて、ぎゅっと唇をかみしめる。

 初めに視線をそらしたのは自分なのに、翼に無視されたことがこんなにも苦しいなんて。

 いつも私が困っている時、翼は私が何も言わなくても助けてくれて、今だって視線だけでも私が助けてほしいって思っているって翼なら気づいていそうなのに、助けを求めた視線を素っ気なく無視されてしまった。

 伸ばした手を取って助けてくれたり、簡単に振りほどいたり、コロコロ変わる翼の態度に翻弄される。

 苦しくて、どうしようもない想いが胸に渦巻いて、私は視線を床に落とした。


「陽……?」


 うかがうような心配そうな声にはっとして、顔を覗き込むように腰を折って私の横に立つ春馬に笑顔を向ける。


「買い出し、日曜日だよね? うん、日曜日で大丈夫だよ」


 なんでもないよって笑顔に張り付けて春馬の方を向くと、春馬がちょっと心配そうに眉を動かしてそれからほっと吐息を漏らす。


「じゃ、日曜日に。陽はこの後、部活行くんだろ? 時間とかはメールするよ」

「うん、わかった」


 私を気づかって言ってくれた言葉に胸を震わせることもなく、私は頷き返すと早歩きで窓側の自分の席に向かい、荷物をまとめて鞄を持つと教室を飛び出した。

 どこに――?

 なんのために――?

 そんなのわからない。本当はわかっている。

 ぐちゃぐちゃの気持ちを胸に抱えたまま、私は廊下を駆けた。




更新遅くなりすみません。

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