第43話 その男、不機嫌につき
夏休みが明けて二学期が始まると、目白押しに行事が待ち構えている。まず学園祭、その後すぐに中間試験があって、期末試験が終わるとダンスパーティーがある。
ダンスパーティーっていうのは三年に一度クリスマスに行われるイベントで、昔、男子校と女子校が合併して四季ヶ丘高校が出来た時に親睦を深めるために行ったのが始まりらしい。
会場設備やパーティーで振舞われる調理は業者が入って本格的なパーティーになるから、開催は毎年ではなくて三年に一回、高校生活の中で一度だけのイベント。もちろん正装だし、そして大切なのがパートナー制度。
パートナーつまりは、男女のペアでなければ会場に入ることができないという決まりがある。きっと合併したときの名残なのだろう。
その場限りのパートナーでもいいし、本当の恋人でもいい。そこはあまり厳しくはない。
ダンパの時期に恋人がいればそのままパートナーとしてダンパに参加するのが自然の流れだけど、恋人が他校生やいない場合は相手を見つけなければならない。
参加は強制ではないらしいけど毎回参加率は九割以上で、一日だけのパートナーを見つけてでも参加する生徒が多いらしい。
ダンパのパートナーがそのまま恋人になるってパターンも多いらしいけど。
三年に一度のダンパがあるこの時期、特に二学期になるとパートナーを積極的に探す子達が増えて、にわかに校内は試験前とは違うそわそわした空気になる。そして学祭ではパートナーを見つけるためのイベントも行われたりするらしい。
というのは、有志実行委員長である樹生先輩から聞いた情報。
先輩自身の参加は今回が初めてだから、有志実行委員に残っていた日誌からの情報みたいだけど。
まったく分からないよりは知識があった方が準備もしやすいと思って聞いてみたら、いろいろと親切に教えてくれた。
もちろん、新聞部はダンパについての特集を組んだりして、全校生徒に情報を提供している。
強制参加ではないから参加しなくてもいいんだろうけど、パーティーなんて滅多に参加できないだろうし、美味しい料理にも興味がある。
ただ、パートナーを見つけなければいけないんだよね……
そこが問題。
授業中にそんなことを考えていた私は、ちらっと視線だけを動かして横を見る。隣の隣には翼が座っている。
さらさらの黒髪、斜めに分けられた前髪の下の意志の強そうな切れ長の瞳はまっすぐに黒板を見ている。横顔でもその端正な顔立ちがはっきりと分かる。
翼は左腕は机に乗せて、やや体重を斜めにかけて座っているけど、そんな座っている姿さえため息が出るくらい決まっている。
ほんと見ているだけなら、カッコイイと思うんだけど……
黒板に向けた表情は感情を除かせず淡々としているが、夏休み最終日に見せたピリピリした空気をいまだに纏っているから、私は唇をやや突き出してため息をもらす。
翼の不機嫌の原因は考えたって分からないって知っているのに、あそこまで不機嫌にされたら考えてもしまう。
挨拶すればふつうに返してくれるし、話しかけてもいちおう会話にはなる。まあ、もともとが無口だし無表情か険しい表情だから普段と変わらないと言えば変わらないんだけど、でもやっぱりいつもりも不機嫌度が高いんだよね。それに。
ちらっと今度は視線を前に向ける。隣の列の一番前に春馬の後姿を見つけて、はぁーっとまたため息が漏れてしまう。
噂について杏樹に聞いて、春馬にも噂は噂だったって報告して、二学期に会った春馬と杏樹はいつもどおり仲良さそうに手をつないで登校してきた。それなのに、杏樹を一組まで送ってから八組の教室に入ってきた春馬はなんだか険しい表情でため息をついて自分の席に座った。
何かあったと分かるくらい沈んだ表情に、いつも通りに見えていつも通りではないんだと分かってしまった。
恒例の金曜日の昼休み、教室の扉から杏樹が除いている姿を見つけて、私は片手をあげて杏樹を呼ぶ。
「杏樹、こっち」
授業中、考え事をしていて板書をまだしていた私は杏樹を呼ぶと同時に、急いで教科書とノートをしまって机の準備をしようと立ち上がりかけて、首をかしげる。
昼休みでがやがやと賑やかになった教室内に春馬の姿が見えなくて不思議に思う。
七月に出掛けた時、翼が今後は四人で出かけるのはなしと宣言したけど、金曜日のランチは続行中で、いつもなら教室に来た杏樹に一番に春馬が気づいて出迎えるのに、その春馬の姿が見当たらない。
板書に夢中になってたから、春馬が教室から出て行ったのも気づかなくて。
そういえば翼の姿もない。
購買かお手洗いかなと考えて、とりあえずランチの席を準備することにした。
いまは三人席がバラバラになっているから、私達の席の周囲の机が空いているとこで机をくっつけている。
今日はちょうど私の周りの席の子達がいないみたいだから、前の席と右隣の席と四つ机をくっつける。杏樹も教室の中にやってきて、手伝ってくれた。
私の向かい側に杏樹が座って机にお弁当を出す。私も鞄の中からお弁当を出していると、翼が後ろの扉から戻ってきて、一度自分の席で鞄をガサゴソとあさってから大きなお弁当箱を持って私の隣の席に静かに座った。
「お手洗い?」
「ああ」
尋ねた私に、翼はこっちを見ずに素っ気なく返す。まっ、いつものことだけど。
「そっか。春馬も?」
その言葉に、初めて翼が首ごと動かして私を見下ろした。その表情は感情を表していないけど、僅かに瞳が見開かれている。
「春馬? いや、知らない」
「じゃ、購買かな?」
翼のほんのちょっとの表情の変化に気づきながら、私は気づかないふりをして杏樹の方を向いて笑いかける。
「わからない……」
杏樹はちょっと寂しげな表情で苦笑する。
春馬からメールきてないの? そう聞こうとして、やめておく。
なんとなく聞いてはいけない雰囲気に、私はにこっと笑顔を作ってお弁当の包みを手のひらで包み込む。
「じゃ、先に食べてようか?」
「……うん」
「…………」
杏樹が小さく頷き、翼は無言。
なんだか重たい空気に包まれて、いたたまれない。私はひきつりそうになる笑顔を二人に向けて、お弁当の包みを開けた。




